弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2018年8月20日

学ぶ脳

人間・脳

(霧山昴)
著者 虫明 元 、 出版  岩波科学ライブラリー

休んでいるときでも、脳は想像や記憶に関わる活動をしている。
最新の脳科学の研究によると、作業したりして活発に精神活動をしているときだけ脳は活発に活動しているのではなく、ぼんやりとしていて、一見すると休んでいると思われる安静時にも活発に活動している。
計算などに関わる脳の場所と安静時に活動する場所は、シーソーのように、片方が動くともう片方が休み、しばらくすると活動する場所が交代する。
安静時にも活発に活動している場所(基本系ネットワーク)は、脳のネットワークの集まる中心、つまりハブであり、脳全体を統合する役割を果たしている。このような安静時の脳活動の発見によって、脳の活動は、休んでいるときにも常にネットワーク単位で切り替わりながら活動し続け、揺らいでいることが明らかになった。
自分の意思どおりに何かをできるという自己効力感は、何を学ぶときにも基本となる喜びである。子どもにとって、遊びは、自発性を促し、達成感を通して学びの姿勢を育む貴重な機会である。
海馬は、大人になっても細胞が新しく生まれる数少ない脳の場所である。つまり、海馬は、ページ数が次々に増える日記帳であり、予定帳のようなものである。ただし、古い記憶は大脳皮質にアーカイブとして記憶され、海馬には依存しなくなる。
人は、一般的に損失については過度に敏感で、損失が回避できるなら多少のリスクを冒しても絶対に損を出したくないと感じる。
生物界においては、遺伝性だけでなく、社会的な相互作用で多様性が形成され、その多様性が大切なのである。
性格は多面的であり、状況によってはいくつも別の性格特性が発現してきても不思議ではない。一人の人間に潜在的に複数の性格特性があり、状況によってそれぞれ違った性格特性が発現してくる可能性がある。
創造性に優れた人ほど、脳のグローバルなネットワークでの情報のやりとりの効率性が良い。
脳と性格、そして人間とはいかなる存在なのかを改めて教えてくれる本です。126頁という薄い冊子ですが、一読して決して損はしません。
(2018年6月刊。1200円+税)

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2018年8月19日

戊辰戦争の新視点(上)

明治

(霧山昴)
著者 奈倉 哲三 ・ 保谷 徹 ・ 箱石 大 、 出版  吉川弘文館

幕末から明治にかけて戦われた戊辰戦争のとき、諸外国がどのようにみていたのか、興味深いものがあります。
日本での内戦は欧米の死の商人たちにとっては絶好のビジネスチャンスだった。大量の武器弾薬が開港地で取引されることになった。1868年に横浜から輸入された小銃は10万6千挺、長崎でも3万6千挺だった。新政府の下にあった横浜・兵庫・大坂・長崎で輸入された銃砲・軍需品は総額273万ドル、箱館だけでも5万ドルの取引があった。
戊辰戦争は開港地の支配をめぐるたたかいでもあった。なかでも焦点になったのは新潟・・・。
フランスのロッシュ公使は江戸幕府と強い結びつきをもっていたので、一貫して新政府に不信感をもち続けた。結局、ロッシュは帰国を命じられた。
アメリカの新政府承認も大きく遅れた。アメリカのヴァルケンバーグ公使は、ミカド政府を復古的な政権と考え、排外主義に傾くのではないかと疑っていた。アメリカは、日本の内戦が長引くものと予想していた。
戊辰戦争のとき、奥羽越前列藩同盟の事実上の軍事顧問であり、「平松武平衛」と名乗っていたシュネルはオランダ領事インドに生まれ、ドイツ語圏そのあとオランダで成長した。そして、横浜のプロセイン領事館で書記官として勤め、ブラント公使の通訳として働いていた。武器商の弟エドワルトとともに同盟諸藩への武器調達の仲介をしていた。
ブラント公使は、北海道について、ドイツ人の植民拠点となりうるという報告をドイツ本国に送っていた。ドイツは大英帝国に遅れをとっていて、それへの対抗心があった。
幕末から明治にかけての動きのなかで、欧米諸国の視点は見逃せないこと、その果たした役割は決して無視できないものだと痛感させられる本でした。
(2018年2月刊。2200円+税)

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2018年8月18日

鉄道人とナチス

ドイツ


(霧山昴)
著者 鴋澤 歩 、 出版  国書刊行会

ナチス・ドイツのユダヤ人大量虐殺を可能にした有能な道具はドイツ鉄道でした。
そのドイツ国鉄総裁を長くつとめていたユリウス・ドルプミュラーに戦争責任はないのか、そんな問題意識で書かれた本です。
本人は、戦後まで生きのびて、ユダヤ人大量絶滅作戦なんて知らないと言い通したようです。そんなはずはありませんよね・・・。
ユダヤ人迫害は、その資産の略奪・没収する側にまわった人間にとっては、決して不合理でも非経済でもなかった。
ドルプミュラー総裁以下のライヒスバーンは、組織全体としては、基本的に受け身で場当たり主義的な対応に終始した。結果的には、組織内外のユダヤ人への迫害を重ねたが、輸送という鉄道業本来の業務によって大量虐殺への直接的関与を大々的におこなうには、やはり第二次世界大戦の勃発という契機が必要だった。
ドルプミュラーたちは、ユダヤ人大虐殺の事実を知っていながら、知らないふりをし、ユダヤ人という他人の運命に無関心を通した。
ドルプミュラーは、ユダヤ人虐殺について、くわしいことは何も知らなかった。都合の悪い事実は、すべて忘れることにした。
列車によるユダヤ人移送のピークは1942年だった。本数にして270本、14万人が移送された。狭い車両に押し込められ、ものすごい密集状態で運ばれたという体験、それだけが生き残った犠牲者の思いだせることだった。
まさしく、隣は何をする人ぞ、という世界へいざなっていきます。
ナチスとドイツ官僚とのあいだに若干の矛盾があったことは間違いないでしょう。しかし、ヒトラーのユダヤ人絶滅に手を貸した責任はやはり免れないものです。
(2018年3月刊。3400円+税)

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2018年8月17日

権力と新聞の大問題

社会


(霧山昴)
著者 望月 衣塑子 ・ マーティン・ファクラー 、 出版  集英社新書

日本のマスコミは本当に大丈夫なのかと、ときとして不安にかられます。とくにテレビ、そしてNHKです。
そんななかで、大いに気を吐いているのが我らがモチヅキ記者です。なにしろ、あの鉄面皮のスガ官房長官に対して「分からないので訊いています」と何回も鋭い質問を浴びせ、タジタジさせたという猛者(つわもの)です。それにしても、質問力を喪った記者って、ジャーナリズム失格ですよね・・・。
そして、我らが「エナーシュカ」(フランス語読みです)は、どうなってるんでしょう。大量死刑執行前夜に万歳する法務大臣、豪雨災害で警報が発令しているのに飲んだくれている国土交通大臣と防衛大臣、そしてそれを統括するアベ首相は、災害初動の遅れは他人事(ひとごと)ですまします。いやはや、「天下泰平」(ではありません)の日本のデージンたちです。
Jアラートが鳴る前、不思議なことにアベ首相は珍しく首相官邸に泊まりこんだ。それを追及すると、スガ官房長官は、目を吊り上げて、「あなた北朝鮮の肩をもつんですか?」と逆襲した。とんでもない権力者です。
アベ政権は北朝鮮へ圧力(制裁)一本槍の政策できた。ところが、トランプ大統領が金正恩委員長と米朝会談を成功させると、さすがアメリカと絶賛するものの、日本のマスコミは金正恩への警戒一色に染めあげる。「金正恩に騙されるな」と・・・。
では、いったい、日本の平和と安全をどうやって守るというのでしょうか。朝鮮半島で戦争を終結させることのどこが悪いというのでしょうか・・・。
日本のマスコミのトップはアベ首相との食事会に喜々として参加し、その模様を報道することはない。この食事会の源資は、例の月1億円のつかい放題の内閣官房機密費に決まっています。
美味しいものを腹いっぱい食べさせられ、手土産もってハイヤーで自宅へ帰ったら、アベ首相の提灯もちの記事の一つでも書きたい気になることでしょう。でも、その裏には、自然災害で泣いている多くの被災者がいて、日本の民主主義がダメになっていくのを許せないと思っている市民がいるのです。
アベ首相、あんまり日本の市民を舐めすぎたらいかんぜよ。
そう叫びたくなる日本ジャーナリストの対談集です。
(2018年6月刊。860円+税)

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2018年8月16日

ソウル・ハンターズ

ロシア

(霧山昴)
著者 レーン・ウィラースレフ 、 出版 亜紀書房

シベリアに住む少数民族、ユカギールの社会を研究した学者の本です。
ユカギール人は、トナカイ牧畜によって生活している。イヌが唯一の家畜である。
ユカギール人は、エルクを狩猟によって得ると、狩猟者たちのあいだで、森の中でシェアされる。
分け前は、集団内の狩猟者の数に応じて山積みにされ、全員が年齢や技術に関係なく平等な分け前を得る。
村に戻ると、肉は再びシェアされる。狩猟者は全員と分け合う義務はなく、親戚にだけそうする義務がある。親族は「よこせ」と言う。そこには「お願いします」とか「ありがとう」という言葉はない。肉が調理されてしまうと、それは再び、その場にいる者、通常は、世帯の全員にシェアされる。肉が保存とか貯蔵されることは、ほとんどない。ユカギール人は、新鮮な肉を食べることを好む。
ユカギール人の狩猟者は、森に行くとき、わざと食料は2日か3日分しか持っていかない。古い世代のユカギール人は、野草を食べることをかたくなに拒絶する。赤くて脂肪の多い肉が何より重要視され、そんな肉のない食事は、まったく正しい食事ではないと、ほとんどの人は考えている。
ユカギールの子どもたちは、寄宿学校に入れられて学ぶよう義務づけられるが、ほとんど6年くらいで脱走して、両親の元へ戻った。
学校を必要としない社会、親と子のつながりで生きていける社会もあるのですね・・・。
(2018年4月刊。3200円+税)

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