弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2021年6月29日

公務員という仕事

社会


(霧山昴)
著者 村木 厚子 、 出版 ちくまプリマ―新書

高知県に生まれ、高知大学を卒業して労働省でキャリアの国家公務員として働きはじめ、37年間に22のポストを歴任し、ついには厚労省の最高ポストである厚生労働事務次官に就任した著者による公務員の仕事論です。
もちろん、途中で郵便不正事件で逮捕され、苦しい刑事裁判のすえ、画期的な無罪判決をもらっています。検察官によるインターネット記録の書き替えが発覚したのでした。
事務次官を退任したあとも、今なお華々しく活躍しておられることは周知のとおりです。この本は、基本的には、若い人に向けて、公務員とは、こんなにやり甲斐のある仕事なんですよ、と積極面を強調したものです。漠然と官僚を志向したこともある私にとっても異論のない記述が続きます。
でも現実は、内閣人事局による幹部人事の一元管理が強まり、忖度行政があまりにも目立ち、つくづく嫌になるばかりです。これでは公務員志望が減るのも当然です。森友学園での国交省、加計学園での文科省、アベノマスクでの経産省、桜見る会の総務省、思い出すだけでも反吐(へど)が出そうなキャリア官僚たちの不様(ぶざま)さは、哀れそのもの、見てられませんでした。
人が自分の一生の仕事を選ぶときに大切にしたい三つの要素。その一は、人の役に立っている、価値があると思えること。その二は、楽しく働けること、そして、その三は、自分がその仕事によって成長できるかどうか。本来、国家公務員は、これにあてはまるはずですよね。でも、内閣人事局の手の平の上で踊らされて、苦しい、心にもない国会答弁をさせられているキャリア官僚たちが楽しく働いているとは、とても思えません...。
公務員の仕事は翻訳だ。国民のニーズや願いを汲みとり、それを翻訳して制度や法律の形につくりあげていく翻訳家のような仕事だ。なあるほど、そんな表現もできるのですね...。
自分の名前で仕事をしたい人には公務員は向かない。うむむ、そうなんですか...。組織として仕事をするからなんでしょうね。
公務員にとって大切なものは、感性と企画力。世のなかのニーズを感じ、汲みとれる力のこと。そして、企画力は経験で補うことができる。頭がいいだけではダメ。
もうひとつ、公務員には説明力も求められる。弁護士には、言葉だけでなく文章による説明力が求められます。
弁護士の仕事と公務員のそれとの違いは、お金の額がケタ違いだというところにもあります。著者たちは、ある仕事を達成するためには1兆円の予算がほしいと考えた。しかし、財務省は5000億円といい、最終的には7000億円を獲得したというのです。このスケール感(観)は、弁護士にはまったくありえないものです。
この本で唯一私が笑ったのは、「セクハラ」というコトバに財務省がクレームをつけてきたというところです。財務省は、セクハラというのは週刊誌ネタで、神聖なる予算要求の企画書にセクハラなんてコトバを載せたら、予算はつけられないというのです。そこで、「セクハラ」を「非伝統的分野への女性労働者の進出に伴うコミュニケーションギャップ」に急いで書き換え、予算要求が認められたそうです。信じられません...。
国家公務員に必要なのは、一に体力、二に気力、三、四がなくて五に知力。いやはや、国家公務員にならなくて、本当に良かったです。私は弁護士になって徹夜仕事をしたことが一度もありません。土曜も日曜も仕事をすることは昔も今も苦にはなりませんが、夜12時すぎまで書面を書いていたというのは30年前に何回かあったくらいです。
私はいつも仕事は前倒しでするようにしています。そうでないと、追われてしまい、心にゆとりをなくします。そして、モノカキの時間がとれなくなります。そんなの嫌ですから...。
(2021年3月刊。税込946円)

  • URL

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー