弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2021年6月17日

満州国軍朝鮮人の植民地解放前後史

韓国


(霧山昴)
著者 飯倉 江里衣 、 出版 有志舎

大変貴重な労作です。韓国軍トップの過去の黒い背景、そしてそれは日本帝国主義の負の遺産そのものだということを痛感させられました。
大韓民国政府が解放直後から朝鮮戦争期間までに韓国の人々に加えた暴力は、日帝強占期の暴力以上のものだった。それは日帝警察と同じ、あるいはそれ以上に残酷なものだった。
何が彼らにそれほど残忍な行動をとらせたのか...。果たして、同胞、同じ民族という事実は、人々の残酷な行動を抑制することができなかったのか。同じ民族であるにもかかわらず、否、同じ民族であるからこそより残忍であった。いかなる状況で、これほど残酷になれるものなのか...。
その答えは...。日本軍による虐殺イデオロギーのもと、中国の河北省で抵抗する民間人を「共匪(きょうひ)」とみなして虐殺した朝鮮人たちは、解放後の南朝鮮においても「共匪」は殺さなければならないというイデオロギーを持ち続けた。つまり、解放後の満州国軍出身朝鮮人たちにとって、同胞であるかどうかは重要でなく、「共匪」であるかどうか(「共匪」とみなせるかどうか)が決定的な意味をもっていた。
満州国軍出身の朝鮮人にとっては、麗順抗争時の鎮圧作戦を経て初めて、共産主義者が殺さなければならない存在に変わったのではなく、「共匪」は殺さなければならないという日本軍による虐殺イデオロギーが、その思想として解放後まで引き継がれていたのだ。
済州島事件に連動する麗順抗争のとき、満州国軍出身の金白一は、鎮圧作戦下の虐殺にもっとも積極的に加担した人物の一人だった。そして、このとき、「戒厳令」下の「即決処分」(処刑)は、何ら法令の根拠をもたなかったが、「緊急措置」として正当化されてしまった。
アメリカ軍は、このようにして進行する虐殺の一部始終を見ていたが、一貫して傍観者であり続け、民間人への多大な暴力を「秩序の回復」過程としてとらえていた。また、この虐殺は、韓国軍にとっての良い経験になると認識していた。
韓国軍の根幹は、日本軍そして満州国軍出身の朝鮮人によって構成されていて、日本軍の虐殺イデオロギーが引き継がれていた。これは歴史的事実である。
ところで、関東軍(日本軍)は、根本的に朝鮮人を信用していなかった。最後まで、朝鮮人に対する不信感を払拭できなかった。朝鮮半島を軍事的に支配していたとしても、日本軍は心の底で日本からの独立を願っている朝鮮人を恐れていて、いつかは裏切られるかもしれないとビクビクしていたということなのでしょうね...。
そこで、関東軍が満州国軍内に抗日武装闘争を展開中の東北抗日聯軍と対峙する間島特設隊を創設したとき、指揮官には多くの朝鮮人を登用したが、最高指揮官である隊長と、その下の連長の大半は日本人をあてた。朝鮮人兵士たちと、彼らを管理・指揮する朝鮮人を常に日本人が監視できる体制をつくった。日本の軍事教育を受けた人々が、いつ団結して日本人に銃口を向けるか分からないという恐怖心が朝鮮人指揮官は最小限に留めるという方針になった。
間島特設隊は、1938年9月に創設され、中国の河北省において、部落の民間人と八路軍を区別するどころか、いかに中国人部落の民間人の抵抗を抹殺して自分たちに服従させ、人々から八路軍についての情報を得るかに奮戦していた。そして、そのためには民間人の虐殺もいとわなかった。そこには、「共匪」は民間人かどうかを問わず殺さなければならないという日本軍の虐殺マニュアルがあり、それを実践し、身につけていた。
大変に実証的な研究の成果だということがよく分かり、とても勉強になりました。引き続きのご健闘・健筆を心より期待します。少し高価な本ですので、図書館に注文して、ご一読してみてください。
(2021年2月刊。税込7480円)

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