弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2021年4月17日

心の歌よ

人間


(霧山昴)
著者 伊藤 千尋 、 出版 新日本出版社

世界中を取材して歩いているジャーナリストの著者は、日本ほど歌の種類が豊富な国は珍しいと断言しています。そして、全国民がなべて歌う文化を持つのは、日本のほかにはヨーロッパのバルト三国くらいだとも言います。
歌は人生と時代の産物。どの歌にも、生み出した人の人生や思考が反映されるし、歌が生まれた時代や社会などの背景を投影する。歌を追求すると、日本と日本人が見えてくる。
なるほど、この本に取り上げられている歌は日本人の「ふるさと」そのものだという気がしてきます。著者は、その点をジャーナリストらしく足で運んで調べあげ、言葉として表現してくれました。読んでいると、いつのまにか耳の奥に歌が流れてくるのです。その心地良さに浸りながら平日の昼に、昼食をはさんで長い昼休みをとって一気に読み上げました。
「赤とんぼ」を作詩した三木露風は、実際に5歳のときに母親と生き別れてしまったのでした。それで、毎日、母が今にも帰ってくるかと山道を駆けのぼって待ち続けたというのです。この歌は、その心境を言葉にしたものでした。
著者は、「童謡赤とんぼのふる里」まで出かけていき、三木露風に宛てた実母の巻紙(手紙)の実物をみています。5歳で母と生き別れになったあと、母に代わって露風の世話をした子守の娘(姐(ねえ)や)が実際にいたのですね。この姐やは、15歳になってお嫁に行き、実母からの便りもなくなったという実話を元にしているというのです。5歳の孫が身近にいる身なので、涙が止まりませんでした。ともかく、そのころは、何をさておいても母が一番なのですから...。
そして、この「赤とんぼ」の歌は立川にあったアメリカ軍基地の拡張に反対して起きた砂川闘争のとき、警察機動隊の前で学生50人が歌って武力衝突を防いだという伝説の歌だというのです。なるほど、この歌をしみじみ聞いていたら、猛々(たけだけ)しい心も沈静化してしまいますよね。
灯台守(とうだいもり)の夫婦をテーマとする映画「喜びも悲しみも幾歳月」の主題歌の話も心にしみるものがありました。福島県の塩屋崎灯台で夫婦して仕事・生活をしていた人の手記が映画化されたのです。初めは佐田啓二と高峰秀子、そしてリメーク版は加藤剛と大原麗子の主演です。
なにしろ、水道も井戸もなく、雨水を貯めての生活。お産は、夫が赤ん坊のへその緒を切った。ところが、それでも子どもは10人うまれ、娘3人は灯台と関係した人生を歩んだというのです。著者は娘さんたちにも会って取材しています。さすがです。
千昌夫が歌った「北国の春」。作詞は「いではく」。作曲は遠藤実。歌詩をうけとると5分で作曲した。「北国の春」の作詞家、作曲家、歌手の3人に共通するのは、少年時代が「冬の時代」だったこと。貧しい家庭に育ち、母の手で育てられ、「しばれる冬」を体験した。でも、北国の人特有の粘りと努力で、春を求めてはい上がった。
こんな歌の背景を知れば、歌うときの姿勢も変わってきますよね。聞くほうも、心のもちように違いがあります。
綺羅(きら)星のような歌の成り立ちを知れば、涙のあとに生きる勇気が湧いてくる。このオビのフレーズは、まさしくそのとおりです。
週刊「うたごえ新聞」に月1度のコラムを連載中の著者が一冊の本にまとめました。ちょっとコロナ禍で疲れたなという気分の人には特に一読をおすすめします。
(2021年2月刊。税込1760円)

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