弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2016年8月 1日

カラスの補習授業

生物(鳥)

(霧山昴)
著者  松原 始 、 出版  雷鳥社

 ゴミ出しは、カラスとの知恵比べです。我が家のゴミには生ごみが入っていませんので、あまりカラスが狙わないはずなのですが、ゴミ袋をつついて内容物を散乱させられたことは数知れません。ネットをかぶせ、ブロックの重しをしていてもダメなことがあります。弱点を巧妙に攻めあげるのです。
朝早くからカラスがカーカーと鳴くと胸騒ぎがしてしまいます。連中がきっとよからぬことを企てているに違いないからです。カラスの集団にやられてしまったら、もうどうしようもありません。ヒヨドリ軍団なんてものではありません。被害のレベルが違います。
この本は400頁近くありますが、前の本に続いてカラスの生態に迫っています。
カラスは南米とニュージーランドにはいない。なぜ、なんでしょうね・・・。
カラフルなカラスはいない。全世界のカラスは白黒か灰色というツートンカラーのみ。日本には、ハシブトガラスとハシボソガラスの2種のみいる。
東京都心のビルが建て込んだ場所にいるのはハシブトガラスだけ。ハシブトは、森林か市街地に住む。ハシボソは田畑や河川敷が大好き。
ハシブトガラスは基本的に地面が嫌いで、あまり降りてこない。カラスが人間を「攻撃」するのは、ヒナの巣立ちの時期。
カラスの集団は若い個体の集まり。カラスのペアは、よほどのことがなければ、ずっと続く。
カラスの寿命は野性でも20年。飼育下では40年も生きたハシボソガラスがいる。
鳥に食べさせてはいけないのがチョコレート。チョコレートに含まれるテオプロミンは鳥にとって毒となる。またアルコールもダメ。
カラスは大型の毛虫を食べる。また、毒をもつヒキガエルも食べる。ヒキガエルの腹側をつついて食べる。毒のある皮だけを残して、きれいに食べているという証拠を残す。
すべての鳥が鼻を利かせることができないというのは間違い。
カラスをふくむ多くの鳥のエサ探知は、視覚に頼っている。鳥の目は良い。高速で動くものを捉える能力だ。
朝、カラスが行動を始めるのは、夜明けの時間ほど・・・。
鳥は耳のいい動物だ。鳥の耳の感度は高い。これは高密度で生えた感覚毛のせいだ。
カラスについて、さらに知りたいと思っている人には最高のプレゼントになる本です。
(2015年12月刊。1600円+税)

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2016年8月 2日

もうひとつの「帝銀事件」

司法

(霧山昴)
著者  浜田 寿美男 、 出版  講談社選書メチエ

 1948年に事件が起きました。東京は池袋の帝国銀行椎名町支店で銀行員16人が青酸性の毒物を飲まされ、12人もの人が亡くなったという大事件です。
「帝銀」というのは、今の三井住友銀行のことです。犯人は、現金16万4千円と1万7千円の小切手を持ち去り、小切手は翌日、換金されていました。
この帝銀事件と同種の事件は前年末から2つも起きていて、まったく同じ手口でした。しかも、犯人が銀行員に飲ませた青酸性の毒物は、青酸カリではありません。つまり、青酸カリなら即効性があり、20人もの人が飲んで、しばらくして死に至るという経過をたどりません。ですから、犯人は戦前「731部隊」にいた毒物扱いに慣れた人物としか考えられません。ところが犯人として捕まり、裁判で有罪とされたのは著名の画家であった平沢貞通でした。平沢には毒物扱いの経験はありません。
著者は、平沢の「自白」が信用できないということをさまざまに論証しています。なるほど、なるほどと大きくうなずきながら私は読みすすめました。
青酸カリのような無機青酸化合物は即効性がある。被害者は数分間生きていたし、飲まされた16人のうち4人は生き残った。すると、旧日本軍が開発していた遅効性の有機青酸化合物ではなかったかという疑いがある。ところが、茶碗が洗われていて、科学的な解明ができない。
平沢貞通は33歳のとき、狂犬病の予防注射を受け、その副作用として記憶障害を主症状とするコルサコフ症候群を発症した。そのため、平沢は、誰にでも分かるようなその場かぎりの作話をするようになった。
平沢は、目撃者からの情報によってではなく、「松井」名刺の線から「犯人」として浮びあがったというだけ。平沢を有罪とした判決はいくつもあるけれど、結局、平沢の「自白」と目撃者の供述だけ。帝銀事件を平沢につなぐ客観的な物的証拠は何もない。
平沢には詳細な「自白」がある。しかし、その「自白」によってあらたに暴露された事実というのは何もない。平沢の「自白」については、それを「補強すべき証拠」が物的証拠に関する限り皆無である。
平沢は「青酸カリ」の入手経路を語ることも出来なかった。青酸カリではないだろうとされているのに、青酸カリの入手経路も明らかにできない「自白」を裁判所が信用するなんて、とんでもないことですよね・・・。
平沢は、こんな「自白」もしています。
「ただ困ったことは、腕章も手に入らず、薬も手に入らないので、どうして人殺しが出来たか、それでつじつまが合わないので困ります」
ええっ、こんな「自白」があるのでしょうか。他人事(ひとごと)ですよ、これって・・・。
自分の体験していない「事実」を、自分の体験であるかのように語るときの、その奇妙な感覚を、平沢は実に自然に語っている。私も、本当にそう思います。これは無茶ですよ。こんな「自白」を信用した裁判官なんて、よほど予断と偏見に満ちているとしか言いようがありません。
「自白」した平沢は帝銀事件の実際を知らなかったのである。
「私は、もう現し身ではなくて仏身なのです。だから、頼まれれば何にでもなりますよ。帝銀犯人にでも何にでもなりますよ」。これが平沢の言葉でした。これだけでも、私は平沢は帝銀事件の犯人なんかじゃないと確信します。
平沢は取調の場で、何回となく反省と謝罪の言葉を繰り返し、それを短歌や漢詩にも反映させている。平沢は、「自白」したあとも、犯行の具体的なところを語りきることが出来なかった。その「語れなさ」こそが平沢「自白」の大きな特徴だった。その「語れなさ」を埋めるかのように、その謝罪の表現では「犯人になりき」った。平沢は、顕著な空想性虚言者だった。「自白」は明らかに間違いだった。この「自白」で、40年も獄にとらわれ、95歳で獄死した。
本当に恐ろしいことです。誤判した裁判官の責任は重大だと改めて思いました。
(2016年5月刊。1850円+税)

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2016年8月 3日

ゲルダ

世界(フランス)

(霧山昴)
著者  イルメ・シャーバー   出版  祥伝社

 解説を沢木耕太郎が書いていますので、キャパの撮ったとされている例の有名な写真「崩れ落ちる兵士」に至る状況もよく理解できます。その意味では、『キャパの十字架』(文芸春秋)を先に読んでおいたほうがいいと思います。
 この本は、この有名な写真をとったのはキャパではなく、パートナーだったフランス人女性、ゲルダ・タローだとし、その一生を明らかにしています。
 ゲルダ・タローの本名はゲルダ・ポホリレ。オーストリア西部のユダヤ人の娘としてドイツで生まれた。そして、コミュニスト(党員)ではなかったが、そのシンパとして、行動をともにしていた。だから、ゲルダは、女性であり、コミュニストであり、ユダヤ人であるというマイナス三要素をもつ存在だった。そのせいか、ゲルダはキャパの名声の影に埋もれてしまった。
 若く美しく、27歳になる寸前に、スペイン内戦を取材中、戦闘の混乱状況から味方の戦車にひかれて死亡した。
 ユダヤ人であるゲルダの家族はホロコーストによって全滅している。両親や兄弟がどこで亡くなったのかという記録すらない。
 ヒトラーが政情を握った1933年当時のドイツの状況が次のように描写されています。
 「誰かが怯(おび)えると、しだいに皆が怯えるようになった。災難がふりかかるのは自分なのか、それともあの人なのか・・・。社会主義者が知人にいる、親戚が共産主義者だ。そんな理由で、人々は次は自分も何らかの責任を問われるのではないかと思い始めた。そんな不安は新たな状況を生み出した。そのような状況下では、政治的な活動によって自分の存在を示さなくてはいけない・・・。」
 ゲルダはフランスに逃れることが出来た。率直で人なつっこいゲルダの性格は、最大の長所だった。ゲルダは両親に周囲から信頼される人間になるように育てられた。
 ゲルダは子ども時代から、大人の中で定位置を見つけ、自己主張を身につけなくてはならない環境にいた。そこでは自身や適応力が必要とされ、自分は誰と与(くみ)すればよいのかという判断力や、繊細な感受性が表れた。
ゲルダとキャパは、パリで日本人のジャーナリスト(川添浩史、井上清一)や岡本太郎(タロー)と面識があったようです。ゲルダ・タローのタローは岡本太郎に由来するようなのです。
 戦場で、いい写真をとるため、キャパもゲルダも、かなりの無茶をしたようです。
「きみがいい写真を撮れないのは、十分に近づいていないからだ」
これはキャパの言葉です。
 戦争(戦場)写真を撮るには、かなりの無謀さが求められるのです。
 キャパも戦争写真家として世界的に有名になりましたが、1954年5月、ベトナムで地雷に触れて亡くなりました。
 ゲルダ・タローは、戦場ではかなり無謀な行動をとっていたようですが、それも、いい写真を撮りたかったからなのでしょう。
 27歳の誕生日の寸前に事故死してしまい、ずっとキャパの名声に隠れてきましたが、こうやって少しずつ再評価されるのは、うれしいことです。美人であり、愛想もよかったゲルダは自由奔放に生きた女性でもあったことを知り、より一層の親近感を与えました。
(2016年6月刊。1300円+税)

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2016年8月 4日

灰色の狼、ムスタファ・ケマル

トルコ

(霧山昴)
著者  ブノアメシャン   出版  筑摩書房

 トルコの国は、いま大きく揺らいでいるようです。クーデター騒ぎのあと、強権的政治が強まり、EU加盟の条件として廃止された死刑が復活するかもしれないとも報道されています。
 この本は、オスマン・トルコ帝国のあと、苦難の道をたどったトルコの「救世主」と言われているケマル・パシャの一生をたどっています。
 ムスタファ・ケマルが登場したのは、没落がその最低点に達し、オスマン・トルコの最後の足跡が世界地図から抹殺されようとしていたときである。
 トルコのムスタファ・ケマルとサウジアラビアのイワン・サウドは、誕生日がわずか数週間ちがうだけの同世代である。
 ムスタファ・ケマルと呼ぶときのケマルというのは、「満点」を意味する。それだけ優秀な成績をとっていたということ。士官学校の校長は次のようにコメントした。
 「気むずかしく、非常に資質に恵まれた性格の青年。しかし、この性格では、他人と深い交りを、結ぶことは不可能である」
 1905年、ケマル中尉は、陸軍大尉の肩書で陸軍大学を卒業した。24歳のときのこと。
 ムスタファ・ケマルはコーランに基礎を置く司法組織を忌み嫌った。それは邪悪にみち、愚劣きわまる掟という掟をこの世にのさばらしているから。
 1921年8月、トルコ軍はギリシャ軍に攻めたてられた。サカリアの作戦である。両軍は死闘を展開した。最後にトルコ軍が勝利したのは、ムスタファ・ケマルの強力な個性による。彼がそこにいるということで、兵士たちは振い立った。
 ムスタファ・ケマルの意思は、兵士たちに歯を食いしばり、石にしがみつき、ひとかけらの土地も渡すまいとして抵抗する勇気を与えた。
 トルコ軍がついに勝利したあと、トルコ議会はムスタファ・ケマルに対して、「ガージ」つまり「キリスト教徒の破壊者」の称号を授けた。これはイスラム教徒に与えうる最高の栄誉にみちた称号である。
 ムスタファ・ケマルは、民族主義者であるという枠内で、卓絶した反帝国主義者だった。
 戦争に勝利したあと、戦いは軍事面から政治面へ移った。
 1923年10月、トルコは共和国が宣言され、ムスタファ・ケマルは初代大統領となった。
 「独立した、団結した、同質のトルコ国民」。これがムスタファ・ケマルの目指した目標だった。国民の同質性を脅かしていたのは、クルド人、アルメニア人、ギリシャ人という三種の住民集団だった。
 クルド人の虐殺、アルメニア人の絶滅、ギリシャ人の追放は、ムスタファ・ケマルの生涯において、光栄あるものではなかった。
 ムスタファ・ケマルは、こう言った。
 「血は流れた。それは必要なことだった。諸君、革命は流血のなかで、築かなければならない。血のなかにに築かれない革命など、決して長続きはしない」
 ケマル・パシャは独裁者として、自らに反抗する人々を多く死に追いやったようです。同時に、新生トルコのために大変革に取り組んでいます。農業改革、教育改革、女性の解放などなどです。
 ムスタファ・ケマルは、1938年に57歳で亡くなりました。
 新生トルコの再生を閉ざした英雄の光と影を知ることのできる本です。
 四半世紀前に書かれた本ですが、トルコという国の歴史を知ることができました。

(1990年12月刊。2470円+税)

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2016年8月 5日

キリング・フィールドからの生還

カンボジア

(霧山昴)
著者  ハイン・ニョル   出版  光文社

残念ながら映画のほうは見逃してしまいました。その映画に出演したカンボジア人が、ポル・ポト政権下の大虐殺のなかを生き延びた苛酷な体験を語っています。
カンボジアをポル・ポトとクメール・ルージュが支配したのは1975年から1979年にかけてのこと。国王だったシアヌークがクメール・ルージュと統一戦線を結成し、ポル・ポト政権が誕生しました。1979年にベトナム軍が侵攻するまで、ポル・ポト政権が続いたのです。
 ポル・ポト政権はインテリを徹底的に抹殺しました。単なる追放ではなく、文字通り大量虐殺したのです。だから、医師として働いていた著者はタクシー運転手だと詐称せざるをえませんでした。
 医師だったことを知っている人が密告して危い状況に何回も陥りましたが、一度も医師だと自白しなかったことから、なんとか命拾いをすることができました。
 クメール・ルージュがプノンペン侵攻してくるとき、交際中の彼女は著者に対して「いまなら抜け出せる」と誘ったのですが、たかをくくっていた著者は、その誘いを一蹴してしまったのです。
これは、ナチス・ドイツに全面支配される前に逃げ出そうとしなかったユダヤ人同士の会話とまるで同じです。昨日と同じ平和な生活が明日も約束されているという危想にとらわれていたのでした。平和はたたかってこそ守れるものなんですよね・・・。
逃げ遅れてポル・ポト派に捕まった著者たちは、農村へ追いやられ、そこで食うや食わずの極貧生活のなかで重労働を強いられます。生活の隅々まで、若い連中から見張られ、スパイされるという息苦しい生活が続いていきます。
 クメール・ルージュが農民に配給するのは、一日おきにエバミルクの空缶一杯のお米だけ。空腹を満たすため、野原で食べものを探す。野ネズミ、赤アリ。赤アリはスープに入れて歯触りを楽しみ、タンパク資源とする。アリの卵も料理につかう。このほか、トカゲ、タケノコ、セイヨウヒルガオ、その他の野菜をとって食べる。
 住民が健康を害していた最大の原因は、栄養失調にあった。身体の抵抗力が弱っているなかで汚い水をのんで赤痢にかかる人も多い。
 クメール・ルージュには少年兵が多い。少年たちは、まだ年端もいかないうちにスパイになり、10歳で兵士になる。
 ことのはじまりは、カンボジアを植民地支配していたフランスがカンボジア人に独立の根を植えつけてくれなかったこと。フランスは自国を統治するのに必要な教育程度の高い実力のある中産階級をつくり出してくれなかった。アメリカは、1970年にカンボジアが中道から右極化する後押しをしたため、そのせいで政治的は不均衡が始まった。そして、ロン・ノルが政権を取ったとき、アメリカはロン・ノルに腐敗政治をやめさせることが出来たし、、自らの爆撃を中止することも出来たが、そうしなかった。その誤りに気がついたときには、もう遅かった。
 アメリカの爆撃とロン・ノルの腐敗政治がカンボジアの右極化に拍車をかけた。
 コミュニストの側についた中国がクメール・ルージュに武器とイデオロギーを与えた。
 ベトナムのコミュニストは自国の利益を第一にした。そして言いたくはないが、カンボジアを崩壊に導いた一番の責任はカンボジア自身にある。ポル・ポトもロン・ソルもシアヌークも、みなカンボジア人なのだ。
カンボジア人は、面子を大事にする。カンボジア人は英語を学びたがらない。しぶしぶ覚えた単語も使おうとしない。用のないかぎり、白人とは口をきかない。
新生カンボジアの発展を祈ります。この本は1990年に発行されたものです。本棚の隅にあったのを引っぱり出してきて読みました。
(1990年5月刊。1700円+税)

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2016年8月 6日

潜水艦の戦う技術

社会

(霧山昴)
著者  山内 敏秀 、 出版  サイエンス・アイ新書

 日本が国産の潜水艦をつくっているのは私も知っていましたが、アベ政権になってから、日本がつくった潜水艦を海外へ輸出しようとしたのには驚いてしまいました。
アベ政権は、世界の戦場へ日本人の若者を送り出し、そこで殺し、殺されを企図していますが、同時に戦争で金もうけをしようと企んでいるのです。アベ首相こそ、まさしく「死の商人」と言うべき存在です。昔の帝国陸軍のときと同じように、軍需産業から大金(政治献金)をせしめるつもりなのですよね。許せません・・・。
潜水艦の内殻づくりのときには、部材のなかに応力が残らないように、ゆっくり時間をかけて慎重に曲げていく。
潜水中の潜水艦は、受ける浮力と重量が釣りあっていないと安定して海中を行動することができない。潜水艦のなかでは、日々、燃料や食料を消費する。魚雷の発射もありうる。だから、潜水艦の重量は日々刻々と変化する。
そして、海水の状態も一定ではない。冷水塊に入ったり、暖流に入ったり、また深度を変えると、浮力にも影響が出る。こまめに調整するために調整タンクがある。
潜水艦に風呂はない。シャワーがあるのみ。汚水はタンクにいったん溜めて、一杯になると艦外に排出する。このサニタリー・タンクは、トイレ、シャワー室そして調理室の近くに装備されている。
全長84メートルほどの潜水艦に70人が乗り組んでいる。艦内には、70人の男臭さだけでなく、ディーゼル・エンジンの油のにおいもあり、調理のにおいもある。
潜水艦が海中を走行しているときには、進路と速力から現在の位置を知る。進路は、ジャイロ・コンパスから、速力はログ鑑底管という速力をはかる装置から得る。
潜水艦は、ホバリングできるが、これは潜航指揮官の腕の見せどころ。
潜水艦は、海水の比重の変化を、音の速さの変化で見ている。電波は水中ですぐに減衰してしまうので、レーダーでは水中の潜水艦を探知できない。水中では音が核心的な地位を占めている。ソナーは、音を媒体とするセンサーである。潜水艦では、低周波帯域の音が活用されている。
個別の潜水艦が出す音が「音紋」として記録されている。潜水艦内では、無用の音を出さないように工夫されている。たとえば、靴は音の出にくいスニーカー。ドアは突然の開閉で「バタン」と音がないように固定しておく。冷蔵庫なども停止させる。「動いているものは必ず音を出す」ので、冷蔵庫や冷凍庫も停止させる。
潜水艦は、自ら音を出すのを嫌うのと同じく、電波を出すのも嫌う。通信は、放送によって一方的に流され、潜水艦は受信するだけというのが原則。
電波は、ある程度の深さまで届く超長波(VLF)を使っている。日本では、宮崎県えびの市にVLF送信所があり、潜水艦向けに送信している。
魚雷は長さ6メートル、直径は533ミリ。水圧発射の魚雷と、自走発射の魚雷の二つがある。また、直進魚雷と誘導魚雷がある。また、現在は、対艦ミサイルも積んでいる。
70人の乗組員が階級差別のある狭くて閉ざされた社会をつくって何ヶ月も過ごすのですから、パワハラの温床にもなるのですね。いくつかの裁判記録を読みましたが、おぞましいばかりのパワハラがあっていました(自死案件)。
潜水艦についての基礎知識を身につけることができました。
(2016年3月刊。1100円+税)

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2016年8月 7日

女騎兵の手記

ロシア

(霧山昴)
著者 N・A・ドゥーロワ 、 出版 新書館 

ナポレオンのロシア遠征戦争のころ、ロシア軍に従軍した騎兵の手記です。
この本を読みながら、私は前にも紹介しました『戦争は女の顔をしていない』(群像社)を思い出しました。その本をまだ読んでいない人は、ぜひ手にとって読んでみて下さい。戦争の悲惨さが惻々と伝わってくる、心をゆさぶられる忘れえない本です。その本は、ヒトラー・ドイツ軍に抗してソ連軍の一員として戦った女性兵士の話です。
この本の著者は、ナポレオン軍と戦うロシアの騎兵将校の一員として大活躍し、ロシア皇帝から勲章をさずかり、総司令官の伝令までつとめました。
ところが、なんと男装した女性騎兵だったのです。どうして女性が騎兵将校になったのか、また、なれたのか・・・。その生い立ちに理由があります。貴族の家に生まれ、幼いころから父親の影響から乗馬を得意とし、騎兵を志したのでした。ところが、それを母親は認めようとしません。女の子は刺しゅうをして、男性に従属した地位に甘んじるのが幸せだという考えです。母と娘は決定的に対立しました。娘は14歳のときに家を出て、コサック連隊にもぐり込み、ついにロシア正規軍に入るのでした。
やはり、女性でも昔から兵隊に憧れる人はいたのですね・・・。
いま、アメリカでも日本でも、女性兵士、自衛官は少なくないようです。そして、軍隊・自衛隊内のセクハラ・レイプ事件が頻発しています。人間らしさを奪われた存在は、女性を自分と同じ人間とは思わなくなってしまうのですね・・・。
ナポレオン軍は、ロシア遠征のときに家族連れだったことを初めて知りました。そして、ナポレオン軍がロシアから敗走するとき、たくさんの家族が置き去りにされたようです。そのなかで例外的に生命拾いをしてロシア人の家庭で育てられたフランス人の少女の話も登場しています。
本棚の奥にあり、気になっていた未読の本をひっぱり出して読んでみたのです。
(1990年12月刊。2000円+税)

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2016年8月 8日

三池炭鉱・宮原社宅の少年

日本史(戦後)

(霧山昴)
著者 農中 茂徳 、 出版 石風社 

戦後生まれの団塊世代が昭和30年代の社宅生活を振り返った本です。
炭鉱社宅は筑豊だけではなく、三池炭鉱をかかえる大牟田にもありました。著者の育った宮原社宅は私の育った上官町のすぐ近くです。三池工業高校の表(正門)側と裏(南側)という関係にあります。
私の実家は小売り酒屋でしたから、宮原社宅へ酒やビールを配達した覚えはありませんが、子どものころ、きっとどこかですれ違っているはずです
炭鉱社宅は、基本的に閉鎖社会でした。石塀で囲われていて、出入り口は世話方の詰所があります。その代り、このなかには共同風呂があり、巡回映画もあって、ツケのきく売店(売勘場。ばいかんば)があるので、炭鉱をクビにならない限り、生きていけました。
三池争議の前は、社宅内の人間関係は濃密でしたが、争議が始まり、労働組合が分裂して、第一組合と第二組合とが激しくいがみ合うようになると、大人社会の対立抗争が、子ども社会にまで悪影響を及ぼしてきました。
著者の語る少年時代の思い出話は、社宅生活をしたことのない私にも、十分に理解可能です。というか、そのほとんどを見聞きしています。
 ラムネン玉やパチというのは、この地方独特の呼び方です。それぞれ同じ枚数のパチを高く積み上げ、一番上に狙いを定めて、その一枚だけをフワッと返す(飛ばす)。すると、積み上げた相手のパチを総取りできるのです。これはもう、見事なものです。今も鮮やかに思い出せますが、ここまでくると一級の芸術だと子ども心ながら驚嘆していました。
 六文字、長クギ倒しなど、たくさんのなつかしい子どもの遊びが紹介されています。ただ、なぜかカン蹴りがありません。馬跳びは、中学1年生のとき、学校で休み時間にやって担任の教師に叱られました。まだまだ小学生気分だったのです。
中学生になると、上級生からの脅しに直面したこともあります。それでも、あまり大問題にならなかったのは、1クラスに50人以上いて、13クラスもあったからでしょう。一つの中学校に2000人からの生徒がいると、もう「不良」連中の統制も効かないのです。それでも、同級生のなかから傷害事件を起こして少年院に入ったとか、成人して暴力団に入ったという話をいくつも聞きました。
この本には、父親がウナギ釣りによく行っていて、夏の保存食がウナギのかば焼きだとか、弁当のおかずが毎日ウナギだったという話が出ていますが、信じられません。私にとって、ウナギは夏に大川のおじさん宅に行ったとき、堀(クリーク)干しで捕まえたウナギを食べた記憶があるくらいです。そのとき、じっと見ていたおかげで、私は弁護士になってから、娘が祭りで釣り上げたウナギをさばいて蒲焼をつくることが出来ました。
チャンバラごっこで使った木の枝がハゼの木だったので、ハゼまけ(ひどく皮膚がかぶれる炎症を起こします)にかかったというのは、私も同じ体験をしました。1週間、学校を休みました。だって、顔がお化けのようになってしまったのです。
炭鉱社宅の子どもたちがあまりに勉強していなかったように書かれていますが、実際には、子どもの教育に熱心な親は多かったのです。そろばん塾や寺子屋みたいな学習塾がたくさんありました。住んでいる地域によって階層格差が歴然としていることから、なんとか子どもだけは底辺から上がってほしいと考える親が少なくありませんでした。
昭和30年代の子どもの目から見た炭鉱社宅の生活を生き生きとえがいた貴重な本です。
(2016年6月刊。1800円+税)

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2016年8月 9日

戦火のマエストロ、近衛 秀麿

日本史(戦争)

(霧山昴)
著者  菅野 冬樹     出版  NHK出版

 この本の主人公、近衛秀麿(ひでまろ)は戦争中に首相をつとめた近衛文麿(ふみまろ)の」弟です。文麿は戦後、敗戦の責任を負って自死しています。
秀麿は、なんと戦前のヨーロッパでオーケストラの指揮者として活躍していました。
この本は、秀麿が単に指揮者として秀れていたというだけでなく、「コンセール・コノエ」という近衛オーケストラをつくって、ユダヤ人や反ナチの優秀な音楽家を救って海外に逃がす活動をしていたのではないかという点を解明しています。
  近衛秀麿が1924年(大正13年)に、ベルリン・フィルハーモニーの指揮者となったのは、25歳のときだった。
 秀麿は、ドイツのシュテルン音楽院で、基礎を学ぶかたわら、楽譜を片っ端から買い漁り、また図書館にしかない総譜はひたすら書き写す作業に没頭した。その結果、総譜を読み解き、和声を分析する能力は教授陣も認めるほどのものとなった。
 ヒトラーは、過去に例がないほど、音楽好きの政治家だった。皮肉なことにドイツにいる優れた音楽家の多くがユダヤ人だった。
 ゲッペルスは秀麿に対して、「ナチ服従せよ。分かっているだろうな」と言った。それに対して秀麿は、「いつ、いかなるときにも、私は、どこにも属さない自由な音楽家でありたい」と返答した。
秀麿はナチス・ドイツの高官ゲッペルスにおもねることもなかったのです。たいしたものです。まさしく気骨ある音楽家だったようです。
 秀麿は、ことユダヤ人に関する限り、ナチス・ドイツ政府のなすことは絶対に協調できない。純然たる人道上の問題として、力の及ぶ限りユダヤ人の国外脱出を援助すべきだと決意した、と書いている。
 駐独大使だった大島浩と秀麿は、お互いを目の敵にしていた。
 秀麿は、大島について戦争を推進した「軍閥」の代表格であり、日本を戦争に突入させた責任者だという烙印を押していた。
「コンセール・コノエ」は才能に恵まれた演奏家の兵役逃れのため、あるいはナチに追われて行き先を失ったユダヤ人音楽家を救済するために結成された。ナチの目をごまかすため、「親独」を装ったオーケストラをつくる必要があり、「近衛」の名前を冠した。
 その救出作戦は秘密裡にすすめられたため、その全貌は今も不明のようです。それにしてもすごい日本人がいたのですね。
1973年6月秀麿は74歳で亡くなった。
「他人(ひと)がやらないことを、50なり100なりやってから生涯を終える」と語っていたそうですが、文字どおり、それを実行した一生のようです。
(2015年8月刊。2500円+税)

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2016年8月10日

靴下バカ一代

社会

(霧山昴)
著者 越智 直正 、 出版 日経BP社 

今どき、こんな経営者もいるのですね。見上げたものです。とても勉強になりました。やはり、ビジネスの極意は、自分だけがもうかればいいというのではありませんよね。
我以上に、相手よし。そして、我が社を支える社員を大切にするということです。そうやってこそ、企業は社会に貢献できるのです。下請企業の単価をいかに切り下げるか、それしか考えない大企業がいかに多いことでしょうか・・・。
「奇天烈(きてれつ)経営者」の人生訓というサブ・タイトルがついています。なるほど、常識の枠からは相当はみ出しているようです。でも、本人がやりたいことを精一杯やっていて、それで客も社員も、取引先もみんな喜んでいるのだったら、何も言うことありませんね・・・。
靴下専門店の店「靴下屋」をあちこちで見かけます。全国チェーン店なんですね。著者はその会社(タビオ)の創業者(会長)です。
この会社は、すべて国産の靴下をつくっていて、今や海外にまで店を構えて売っているそうです。原料となる綿までつくり出したというのですから偉いものです。
靴下の弾力を確かめるためには、嚙むのが一番。いい靴下は、嚙んだあとに歯形が残らず、自然と原状に戻る。品質の落ちる靴下は噛み跡が残ってしまう。ただ、噛み方にはコツがあって、数分間、一定の力で噛み続ける必要がある。そのため、水を張った洗面器に顔をつけて息を止める練習までした。
靴下なんて、どれも同じ。どれを履いても、そんなに変わらない。そう思うかもしれないが、少しの違いでも、こだわり続けたら、商品に差が出てくる。その差を生むのが、靴下屋の心なのだ。
うむむ、これはスゴイ言葉ですね・・・。
著者が丁稚奉公をしていたときの経営者の言葉。
「万事、まず頭を使え。次に体を使え。銭は切り札だ。銭を使ってやるんなら、バカでも出来るんじゃ」
「一生一事一貫」。一生を通じて、一つのことを貫き通すということ。著者は靴下で、これを実践してきた。私の場合は、それは弁護士ですね。40年以上も弁護士をやっていますが、これほど自分にあった仕事はありません。
経営に奇策なし。経営者に必要なのは、原理原則を身に付けること。本を読んで、もし難解で分からないところがあれば、今の段階で、その部分は不要だということ。
「おまえに起こってくる問題は、人の生き死に以外は全部、おまえが解決できるから起こった人や。だから、おまえが本気になったら、解決できる。おまえが逃げ腰になっとるから、解決できないんや」。なーるほど、そういうものなんでしょうね・・・。
借金したときには、必ず約束した返済期限を守る。よそから借りてでも必ず返す。
この二つが借金の大原則。他人から借金するときには、初めは、その人がもっていると思う額の半分を借りるのが借金の極意。
得意先になってくれた店は、とことん面倒をみる。価格競争はしない。デザインで競うこともしない。「3足1000円の靴下」なんかで勝負はしない。あくまで、より良い品質の靴下を適正な価格で提供する。仕入れを値切ることはしたことがないし、支払日も守り通した。
品質にこだわった商品をつくっていくには、工場との信頼関係を築くのが一番大切。
いい本でした。今度、この店で靴下を買って、はいてみたいと思いました。
(2016年5月刊。1800円+税)

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2016年8月11日

戦車の戦う技術

社会

(霧山昴)
著者 木元 寛明 、 出版 サイエンス・アイ新書 

著者は防衛大学校を出て、自衛隊に入り、戦車一筋の人生を過ごしています。
戦車小隊長、戦車中隊長、そして戦車大隊長、戦車連隊長をつとめました。
乗った戦車は、アメリカ軍供与のM4A3E8戦車、国産の61式、74式、90式戦車です。最新の10式戦車は引退したあとなので、乗らなかったようです。
国産の61式戦車は100%マニュアル。74式戦車はオートマチック操縦。90式戦車は完全オートマチック操縦。コンピュータ制御による射撃統制システム。10式戦車となると、ほとんどロボットに近い戦車。
戦車の世界は人車一体。火力、機動力、防護力と乗員がコラボしなければ、戦車は単なる鋼鉄のかたまりに過ぎない。
戦車のもっとも強力な敵は戦車。現代の戦車は120ミリ級の長大な戦車砲を搭載し、最新式の徹甲弾を発射する。徹甲弾は、マッハ5(秒速1600メートル)という猛スピードで飛翔する。
90式戦車の暗視能力は3000メートルで敵戦車を発見し、射撃できる。これに対してロシア軍の主力戦車T-72とT-80の夜間暗視能力は1000メートルしかない。
90式戦車のサーマル・センサは、目標(戦車)が発する熱と周囲の温度差により映像を形成するパッシブ型暗視装置。
劣化ウラン弾は、安価で貫徹力が大きいので、徹甲弾の弾芯として使われている。装甲板に命中すると、高熱で貫通し、酸化ウランの金属微粒子(放射性物質)を周辺に飛散させる。
90式戦車は砲塔上部まで水没させることができる。
ロシア軍の戦車は、水深5~6メートルでも潜水渡渉できる。これは、ヨーロッパの大河を想定しているため。
戦車というものの初歩を学びました。
(2016年6月刊。1100円+税)

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2016年8月12日

キリンビール高知支店の奇跡

社会

(霧山昴)
著者  田村 潤 、 出版  講談社α新書

 売れているビジネス書なので、どこか参考になるところがあるだろうと思って羽田空港の書店で買い求め、読んでみました。
私はビールを飲むのを5年前に止めましたし、飲んでいたときもキリンとアサヒ、サッポロの味の違いは分かりませんでした。エビスだけは味がなんだか違うなとは思いましたが・・・。
だから、キリンのラガービールがキレのいい味だったと言われても、そうなのかなと、思うだけです。そして、アサヒのスーパードライの味も違いが分かりません。ちなみに私はビールを飲むのを止めてからはノンアルコールのビールも一切飲みません。
海外で日本企業がたたかうにしても、日本の地方のあるエリアで勝ち方をきわめていることが非常に大事なこと。そのエリアをよく見て、エリアの特性や住んでいる人、国土とかチャンネル全部をひっくるめて、もっとも適切な正しい手を打って実績をあげることが出来た人間こそ、海外にいっても通用する。
 ふむふむ、なるほど、恐らくそういうことなのでしょうね・・・。
価格営業とは、安売りのこと。価格を下げたり、リベートを厚くしたりすると、一時的にはそれで売上伸びるかもしれないか、長続きはせず、自分の首を締めるだけ・・・。
 それまでのキリンのラガービールは、喉にガツンとくるコクと苦味が特徴だった。それをスーパードライと同じように若者や女性層に受けようと、飲みやすいタイプに変えた。これが大失敗だった。
上に立つリーダーは、自分が考えて確証の持てることしか部下に言ってはいけない。
また、総花的な営業もダメ。多くの施策を適当にこなしているだけで、競争に勝てるはずもない。大切なことは、約束した目標を達成すること。
結果が出なくても、ガマンして4ヵ月も営業の外まわりを続けていると、みな身体が慣れてきた。すると、いい反応がすこしずつ返ってくるようになった。
ほとんどの客は、ビールの味にはそれほど差がないと思っている。ビールは情報で飲まれている。
高知の人は、なんでも「いちばん」が大好き。離婚率が全国第1位から2位に下がっても悔しがるというのが高知の県民性。
 ええっ、本当でしょうか・・・。
 営業マンの行動スタイルを変えることができるかどうかは、簡単にいうと、視点や心の置き方を変えてみられるかどうか。人によっては身を捨てられるかどうかということなのだ。
1997年に37%に落ち込んでいたシェアは1998年に反転し、2001年に44%となり、高知県では、トップの座を奪回した。ところが、同じ2001年に、キリンビール全体では、40数年ぶりに2位に転落した。
高知支店のがんばりを紹介する本なのですが、あっと驚くような奇抜な策がとられたわけでは決してありません。
著者は高知から名古屋へ転勤し、名古屋でしたのは、会議廃止。
 会議を廃止したため、内勤の人数を減らし、現場の営業を増やすことが出来た。
 日本企業の勝ちパターンは、ひとりひとり、個人では勝てなくても、チームでならば勝てるということ。部分最適の考えを捨てて、全体最適を達成する。そこに成長がある。
 さすがです。売れる本には、なるほど学ぶべきところがたくさんあると感心しました。
(2016年4月刊。780円+税)

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2016年8月13日

決戦!川中島

日本史(戦国)

(霧山昴)
著者  宮本昌孝・矢野隆ほか  出版  講談社
 川中島の古戦場には、私も1回だけ行ったことがあります。しばし往事を愢びました。
古戦場というと、なにより印象深いのは、越前朝倉の一乗谷です。織田信長に滅ぼされて焼け野原となったあと、地中に埋もれたのが発掘され、武家屋敷の一部を復元して広大な公園として整備されています。
 関ヶ原の古戦場には二回行きました。石田三成の陣跡に立ち、家康のいた桃配(ももくばり)山を眺めました。安土城にも二回か三回のぼりました。天守閣跡に立ち、ここに信長も立っていたのかと少しばかり感傷的になりました。島原の乱のあった原城跡にも行ってみましたが、まさしく感慨一入です。
 まだ行っていませんが、ぜひ行きたいのは武田勝頼の軍勢が壊滅的な打撃を受けたという長篠の地(鉄砲の三段撃ちは本当にあったのでしょうか・・・)、そして今川義元が滅びた桶狭間の地です。やはり歴史を愛する者として、なるべく現地に行って、その場所に立って何かを考えてみたいと思います。
 この本は、7人の作家が、それぞれ異なる登場人物を主人公として書いています。競作です。武田信玄、上杉謙信、山本勘助そして真田昌幸ほかです。その心理描写がさすがにプロだけあって、いずれも見事です。もちろん動きだけでなく、合戦の状況も真に迫って活写されています。
 景虎の卓越している点は、最前線にあっても広い視野が発揮されることにあった。小高い場所で、床風に腰かけ、じっと戦況を見ているのと同じ眼差しを、自ら太刀を振るいながら保つことができた。そのような才能、あるいは阿鼻叫喚の激戦においても視野が曇らぬ胆力は、そうそう万人が持てるものではない。
 またさらに、その虎視をもって、勝機を逃さず、つかむ力もずば抜けていた。機を見る敏。機を窺うに静。機を制するに剛。好機と、みるや間髪をいれずに号令を発し、それまではひたすら冷静に戦況を見極め、いざ動いたときには圧倒的な力で、相手をねじ伏せる。常に相手の一瞬の隙をとらえて就く景虎の戦いぶりは、相対した者からすれば、いつどうやって攻められたかも分からぬほどで、気がつけば、陣形は崩壊し、味方はみな壊走しているという有様だった。
 これは、上杉謙信についての叙述です。読んでいるとむくむくとイメージが湧いてきますよね。プロ作家の想像力には圧倒されます。
 (2016年5月刊。1600円+税)


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2016年8月14日

世界一のおそうじマイスター

社会

(霧山昴)
著者  若月 としこ   出版  岩崎書店

 私も羽田空港の利用者の一人ですが、「世界一美しい空港」に選ばれているとのことです。たしかに、羽田空港にはチリひとつ落ちていませんし、トイレも清潔感にあふれ、安心、快適です。そこで、清掃のプロとして働いている新津春子さんの半生と清掃の極意が紹介されています。
 清掃の仕事は誰でも出来そうだし、「下等な仕事」と見下されそうですが、プロ意識をもって日夜を問わず働いている大勢の人がいることを知ると、決して生半可な仕事ではないことが理解できます。
主人公の新津春子さんは17歳のときに日本へやってきた(帰国した)在留孤児の一人です。中国でいじめにあったり、日本でも大変な苦労をされたようですが、素敵な笑顔で毎日がんばっています。頭の下がる思いです。
 新津春子さんは、ビルクリーニング技能競技会で、日本一になりました。見事な技です。
 羽田空港の利用者は毎日20万人。従業員は3万人。そして清掃チームが500人。
 職業訓練校には建築物衛生管理系ビル衛生管理科という部門があるそうです。新津春子さんは、そこに入って学びました。
新津春子さんは、1個5キロのダンベルを左右にひとつずつ持って、顔の前で、上下に動かす運動を毎朝20分間も続けているそうです。これで両腕だけでなく胸筋、腹筋、背筋をきたえているのです。そして毎日1万7千歩は歩いています。
 新津春子さんがつかっている洗剤は80種類以上もある。用途別に使い分ける。
 さすが清掃のプロです。
 小学校高学年から一般向けの本です。大人が読んでも、もちろんいいのですが、子どもたちが読むと、清掃することの意味を再認識させられ、とても意義深くなると思いました。
(2016年4月刊。1400円+税)

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2016年8月15日

重火器の科学

社会

(霧山昴)
著者  かの よしのり   出版  サイエンス・アイ新書

 著者は、国民が銃の使い方を知っていることは、民主主義の基礎だと主張します。
 徴兵制がなく、戦争放棄を定める平和憲法の下で育った私には、とても違和感のある主張です。
 軍事を理解するには、重火器を理解しなければならない。現代の陸戦では、死傷者の4分の3は砲爆弾によって生じており、重火器をつかった戦闘に勝利できれば、もう小火器をつかう戦闘をする前に勝敗は、ほぼ決している。
 軍事は、政治の重要な部分であり、民主主義国家の主権者たる国民は、軍事を理解しなければ主権者失格である。
 これは正論なのかもしれませんが、実際には、軍事のことが新聞・テレビで語られることはほとんどありませんので、軍事だなんてまったく別世界の話でしかありません。
 大砲はカノン(加農)砲、榴弾砲、臼砲に三分類される。カノン砲は、砲身の長さが口径の30倍以上あり、弾の速度が速いもの。水平に近い角度で発射し、弾速も早いので、弾道は低伸する。
 榴弾砲は、砲身の長さが口径の10倍以上、20倍未満で、射程の長さよりも、大きな弾を飛ばすことを重視している。弾道は、いかにも放物線という形をとる。
 臼砲は砲身の長さが口径の10倍未満で、文字どおり臼(うす)のように太く短い砲身から弾を発射する。極端に上向きの角度で発射されるので、敵にとっては真上から弾が落ちてくる感じになる。射程は極端に短い。
 榴弾(りゅうだん)は、内部に爆薬を仕込んだ砲弾のこと。徹甲弾は、ほとんど鉄の塊で、爆薬は少ししか入っていない。貫通力を強めるため。
 劣化ウラン弾は、爆発するのではなく、比重が大きいので貫通力がある。
 砲身命数は、大口径ほど、また弾の速度が速いものほど短くなる。
 重火器の初歩として、少しだけ知ることができました。
(2014年12月刊。1200円+税)

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2016年8月16日

明仁天皇と戦後日本

日本史(戦後)

(霧山昴)
著者  河西 秀哉 、 出版  洋泉社歴史新書ソ

天皇の生前退位を想定していない皇室典範でいいのでしょうか・・・。
先日の天皇のビデオレターは国民に問いかけました。この発言を天皇の政治的行為とみるのは人道的に許されないことだと思います。天皇に基本的人権の保障はありませんが、天皇という肩書の生身の人間にまで基本的人権を認めないというのには無理があります。
私自身は、天皇制はいずれ廃止してほしいと考えています。生まれただけで差別(優遇)するのは良くないと思うからです。貴族制度の復活なんかしてほしくありませんし、同じように皇族という特別身分もなくしてほしいと思います。
それはともかくとして、現在の明仁天皇夫妻の行動には畏敬の念を抱いています。パラオとかペリュリュー島にまで出かけていって戦没兵士、そして現地で犠牲になった人々を慰霊するなんて、すごすぎます。心が震えるほど感動しました。
明仁天皇がまだ皇太子だったとき、戦後すぐの4年間、クエーカー教徒だったヴァイニング女史(アメリカ人)が家庭教師をつとめていたのですね。クエーカー教徒とは平和主義を標榜する人々なのでした。
1953年に皇太子としてヨーロッパへ外遊したとき、明仁は戦争の記憶が消え去っていないことを実感で認識させられた。
明仁が平民である正田美智子と結婚するのを、母の香淳皇后は反対し、皇族からも強い反対の声があがった。それは、旧来の秩序のなかで天皇制を思考するグループにとっても同じだった。
今回の生前退位に向けた流れに反対しているのは、本来、天皇を敬愛しているはずの「右」側の人々です。要するに、天皇を手玉にとって利用したい人々にとって、国民に親しまれる天皇なんて邪魔者でしかないのです。ですから、今回の天皇の率直な声については耳をふさいで、聞こうともしません。
明仁は、象徴なので政治的な発言をすることは許されていないことを自覚しつつ、問題を質問形式でとりあげて気がついてもらうようにしていると発言しています(1969年8月12日)。
これって、すごいことですね。さすが、です。なるほど、と思いました。
今も、天皇は現人神(あらひとかみ)であるべきだと考えている人たちがいます。つまりは、奥の院に置いておいて自分たちの「玉」(ぎょく)として利用するだけの存在にしようと考えている人たちです。戦前の軍部がそうでしたが、今も同じ考えの人間が少なくないのです。
そんな人々が「開かれた皇室」を非難します。古くは美智子皇后への「批判」であり、今の雅子妃への非難です。天皇や皇太子を直接批判できないので、その代わりに配偶者を引きずりおろそうというのです。
平成の象徴天皇制を特徴づけているのは二つある。戦争の記憶への取り組みと、国民との距離の近さ。どちらも、天皇を「玉」として手玉にとって思うままに動かしたい勢力の意向に真向から反するものです。
天皇制度の存続の是非についても、この際、徹底的に議論したらいいと思います。
そして、それは女性天皇の可否というだけでなく、歴代天皇陵の発掘解禁へすすめてほしいと思います。それこそ、本当に「万系一世」だったのか、科学的に議論したいものです。
(2016年6月刊。950円+税)

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2016年8月17日

戦地の図書館

アメリカ

(霧山昴)
著者  モリー・グプティル・マニング   出版  東京創元社

 いい本です。読書は人に欠かせないもの、本を読むと人間は楽しくなる、そんなことを実感させてくれます。
根っからの活字中毒症である私にとって、我が意を得たりの思いで、満足感もありました。ナチスドイツは大学生に本を読むなと言って、禁書を燃やす「祭典」をしました。なんと野蛮なことでしょう。アメリカは、その反対に戦地にいる兵士へどんどん本を送り届けました。
そのなかにはボストンで禁書とされたような本まで含まれていました。そして、そのために国民の本の供出を呼びかけ、さらには軽いペーパーバックの兵隊文庫まで大量生産したのです。そして、戦場で傷ついた兵士から、本を読んだ感想文が作家のもとに届きます。
戦友が死んでいくのを見た日から、ぼくは世の中が嫌になり、冷笑的になった。
何も愛せず、誰も愛せなくなった。心は死んで、動かなくなり、感情を失った。
ところが、本を読んでいるうちに感情が湧いてきた。心が生き返った。自信まで湧きあがり、人生は努力次第でどうにでもなるんだと思えるようになった。
兵隊文庫には、すばらしい物語がある。軽くて携行に便利なペーパーバックで、手に入れやすかった。兵隊文庫をもっていない兵士はほとんどいなくて、みな尻ポケットに入れている。
ナチスドイツが葬り去った本は1億冊。アメリカは1億2千万冊の兵隊文庫を兵士に無料で提供した。
アメリカが戦争に勝ったのは物量の差だけではなかったのですね、初めて知りました。
兵隊文庫の本に入った作家は、多くの兵士と文通友だちになった。兵隊文庫は数知れぬ兵士の心を動かした。精神面で勝利すれば、戦場で勝利できるだろう。戦場で負傷した多くの兵士が、本を読むことで癒され、希望をもち、立ち直った。読書には心身の傷を癒す効果があることが証明された。
1939年に販売されたペーパーバックは20万冊。それが1943年には400万冊をこえた。
あれこれ迷うな。一冊つかめ、ジョー。そして前へ進め。あとで交換すればいいんだから。
これは兵士たちへの呼びかけ。人気の本は兵士たちに徹夜で読まれ、他の兵士へまわされた。
日本軍との死闘がくり広げられたサイパン島には、海兵隊の先発隊が上陸して4日後に兵隊文庫を満載した船が到着し、その3日後には、図書館が建設された。
これでは日本軍が負けるのは、ごくごくあたりまえ、必然ですよね・・・。
戦争前には読書週間のなかったアメリカの青年が読書好きとなり、アメリカは世界最高の読書軍団を擁することになった。だから、戦後、復員した元アメリカ兵は大学に入って勉学にいそしむのです。その年齢制限も徹廃されたのでした。
戦争の実相についても、いろんなことを教えてくれる本でした。
(2016年5月刊。2500円+税)

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2016年8月18日

シンドラーに救われた少年

ポーランド

(霧山昴)
著者  レオン レイソン 、 出版  河井書房新社

 映画「シンドラーのリスト」は感動に震えました。この本は、そのシンドラーのリストに載せられた一家がどうやって生き延びたかを語っています。
 ナチス・ドイツがポーランドを1939年9月に占領したとき、著者は10歳。解放されたときも、まだ15歳だった。
 オスカー・シンドラーが1940年に雇った250人の労働者のうち、ユダヤ人にはわずか7人だけ。残りは全員キリスト教徒のポーランド人だった。
シンドラーはポーランド人低い賃金で雇えたし、ユダヤ人にはただ働きをさせた。人件費を最小にして、軍需品を生産したため、シンドラーは莫大な利益をあげた。
 著者は絶滅収容所に入れられながらもなんとか生きのびていきました。
 そして、シンドラーのリストに載って助けられるはずのところ、その名前が棒線で消されていました。そのとき、少年はどうしたか・・・。
 「ぼくはリストに載っています。それなのに、誰かがぼくの名前を消したんです」
 「母もリストに載っています」
 「父と兄は、もう向こうにいるんです」
ドイツ語で少年が言うと、ナチスの将校は、シンドラーのキャンプに向かう集団に入れるように合図したのです。見かけはドイツ人そっくりの、いかにも賢こそうな10歳ほどの少年が正面からドイツ語で訴えたので、ナチ将校も無視することができなかったのでしょうね・・・。下手すると、その場で射殺されたかもしれない危険な賭けに、少年は勝ったのです。
 シンドラーは、工場に入ると、あちこちで労働者と話した。シンドラーはたくさんの人々の名前を記憶できる不思議な能力があった。ナチスにとって、ユダヤ人は名前をもたない存在に過ぎなかったが、シンドラーは違った。ユダヤ人一人ひとりを気にかけていた。シンドラーは人間としての敬意をもってユダヤ人に接し、ユダヤ人を底辺の存在とする序列を築いたナチスの人種差別イデオロギーに抵抗していた。
 著者は2013年に83歳で亡くなっています。ユダヤ人には賢い人が多いとよく言われますが、イディッシュ語、ポーランド語、ヘブライ語、ドイツ語を自在に操り、ソ連占領下のクラクフで亡命ロシア人かと疑われて逮捕されるほど流暢なロシア語を使い、難民キャンプではハンガリー人から同国人と思われるほど自然なハンガリー語を話し、そのうえチェコ語や日本語(戦後、アメリカ軍の一員として沖縄にもいました)、そしてスペイン語も少し話しました。もちろん英語はアメリカの大学で教員として学生に教えていたほどです。さらに、柔道は黒帯、テニスもうまく、ボウリングも得意でした。
 著者はシンドラーについて、英雄だと断言しています。英雄とは最悪の状況で、最善をなす、ごく普通の人間だという定義にしたがってのことです。
 シンドラーのリストにのった最年少の少年がアメリカで活躍していたことを初めて知りました。読んで元気の湧いてくる本です。
(2016年4月刊。1650円+税)

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2016年8月19日

元検事が明かす「口の割らせ方」

司法

(霧山昴)
著者  大澤 孝征 、 出版  小学館新書

相手の心情をある程度は分かってやったうえで、相手のプライドを立ててやるのも口を割らせるために必要なこと。
元検察官で、いまは弁護士をしている先輩法曹による体験に裏付けられた「白状」のさせ方を公開した本です。とても実践的なので、実務にすぐ生かせそうで勉強になりました。
罪を犯した人が嘘をつくのは、人間の防御本能として自然なこと。だから、被疑者にいくら「嘘をつくな」と言っても通用しない。
取り調べられる側にとっては、自分が助かるかどうか、自分の処罰がどうなるかのほうに関心がある。
被疑者の話を持ち出すのは、被疑者自身が自分の行動や感情を吐露することで自分の内面をつかみ、しおらしい気持ちが出てきたあとにしたほうがよい。
それより、まずは自分自身の話をさせるのが先決。まずは相手のホンネを聞くこと。
詐欺師は、騙す相手のことを淡々と探りながら、相手が何を大事にしているのか、何を欲しているのかを見きわめている。
取調べにあたるときには、「自分にはできる」と前向きに、自信をもってのぞむことが大切。こちらに自信がないと、それは相手にも伝わってしまう。もし自信がなくても、さも自信があるように見せる必要がある。
取調べの過程において、相手を断罪してはいけない。
相手から話を聞き出すことと、相手の評価をすること、この二つはしっかり分けておく必要がある。話を聞くときには、「きみの言うことは理解できる」という態度をとらなくてはならない。
すぐに事件の核心を話してくれない被疑者に対しては、雑談から入っていく。そのとき大切なことは、「事件の話」という、当方の関心を押しつけるのではなく、相手の関心がどこにあるのかを探り、そこにこちらが合わせていく。そのためには、他愛もない話をどれだけ豊富に、相手の話にうまく合わせて出していけるかである。
話を聞く側は、相手をほめることを忘れないこと。人間は、この相手は自分を決して否定しないと分かると、安心するもの。
相手の話し方にあわせて、自分も話す。ときには、ガツンとやることも欠かせない。
事件を担当する裁判官がどんな人物なのか、詳しく調べ、それを前提として、たたかっていく必要がある。用意周到に勝負にいどむのだ。
とりわけ若手弁護士には読んで役に立つ本として、一読をおすすめします。
(2016年8月刊。780円+税)

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2016年8月20日

作家はどうやって小説を書くのか・・・Ⅱ

社会

(霧山昴)
著者 パリ・レヴェー・インタヴュー 、 出版 岩波書店 

登場人物の名前は、どうやって決めるのか?
電話帳とか死亡広告の記事とか・・・。
そうなんです。私も名前には苦労しています。主人公の名前はありふれておらず、印象に残りやすいものに工夫します。そして、その他、大勢の人は印象薄い名前でいいのです。
ハリウッドのお金は、お金じゃない。あれは、凍った雪なんだ。手にもつと溶ける。自分以外のなんにも残らない。
ヘミングウェイは立って書く。タイプライターと書見台が、ちょうど胸の高さで相対する。作品に取りかかるときは、いつも鉛筆から始める。書見台の上に斜めに紙を置き、左腕で書見台を支え、手で紙を固定し、手書きで紙を埋めていく。
タイプライターに切り替えて、書見台を省略するのは、速く順調に書けているときが少なくとも彼にとってシンプルな、会話を書いているときだけ・・・。
文章を書く作業は、プライベートな孤独な作業であって、書き上がるまでは証人など必要としない。これがヘミングウェイの考えだ。
毎朝、明るくなったら、できる限り早くから書きはじめる。そして、まだ活力が残っていて、なおかつ次の展開が分かっているところで書くのを止め、なんとか我慢して翌日まで待ち、また取りかかる。毎日、前日に書き終えていたところをまず書き直す。それから先に進む。ゲラで最後の書き直しをする。
作品を仕上げるには自分を律する力が要る。規律が必要だ。仕事を邪魔するのは、電話と来客だ。私も書面と格闘しているときには、なるべく電話に出ないようにしています。思考の中断を恐れるからです。
作品の出来がいちばんいいのは、もちろん恋をしているときだ。これには、私もあやかりたいと常々考えています。
健康でないのは良くない。それはいろんな悩みを生み出すきっかけになるし、悩みは意識下の領域を攻撃して才能をつぶす。
読書は絶えることのない活動であり、喜びである。いつも本を読んでいる。あるものを、ありったけ。せっせと補充している。こっちの貯えがなくならないように。作家は、観察をやめたら、おしまいだ。
私は、道行く人の顔と表情をよく見るようにしています。いろんな顔と表情があり、これを文章にしたらどんな言葉になるのだろう・・・と考えるのです。これってとても難しいですよ。
作家も商売をしている、大工が家を建てるように、話をつくる者は、読者が時間をムダにしてしまったと思わないようにする。読者の余暇の時間を拝借するのだから・・・。
ジャーナリストは、メモをいっさいとらずに長時間会話をすること。あとで、その会話を思い出して、自分の受けた印象を書く。目の前でテープレコーダーがまわっていると、意識してしまう。
私は、大学時代のセツルメント活動のなかで、1時間あまりのグループでの会話を記憶のみによって文章で再現する訓練を課し、なんとかモノにすることができました。これは、いま弁護士の仕事にとても役に立っています。
物書きは、みんなそうだけど、小さいときから本を読むのが大好きで、手あたり次第、それこそ食べ物を食べるみたいに本を読んでいた。
私も、まったく同じです。小学校以来、図書室は一番心の休まる、ワクワク感のある場所でした。
(2015年11月刊。3200円+税)

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2016年8月21日

前に進むための読書論

司法

(霧山昴)
著者  山口 真由 、 出版  光文社新書

 東大法学部を首席で卒業して財務省に入り、今は弁護士をしている著者が、どんな本を読んできたのか、それを知りたくて読んでみました。
児童文学やファンタジーをたくさん読んでいるとのこと。これはいいですね。もちろん、私も、多少は読んでいますが、著者ほどではありません。ノンフィクションやエッセイにも、私と重なる本は多くはありませんでした。日本と海外の小説も、いくつか重なるだけでしかありません。
でも、私は著者が読書をすすめる文章には、まったくもって同感です。
読書が好きだということは、とても幸せなこと。それは「前に進む力」がすでに備わっているということ。読書には、自分と向き合う力、前に進む力という、とてつもないパワーがある。
著者にとっての読書は、現実の世界から離れること。小説のなかで、まったく違う人生を生きることが出来る。これは、私も実感しています。そうやって弁護士生活40年以上を生きてきました。
実用・合理性・短期的視点だけでは、人間は前に進めない。前に進むためには、実務能力とともに、人間性という推進力が必要。この人間性を育てるためには、読書ほど有用なものはない。
読書をしているとき、本を読んでいる自分自身と主人公になりきろいうとするもう一人の自分をつくる。これが自分と他人との距離感を取るときに、とても有用な訓練となる。
著者にとって、一日の仕事を終えて書店に行くのは至福の時間。1時間から2時間、店内を見てまわる。本は、ネット書店では買わないようにしている。
私も似たようなものです。新聞の書評のチェックは欠かしませんが、書店まわりも大好きです。というか、私の行く店と言ったら、本屋くらいしかありません。あとは、本を読むために喫茶店に入るくらいです。買い物するために店に入るということはありません。
読書と学力は関係している。「読む力」以上に「書く力」が育つことは絶対にない。自分の読める文章以上のものを書くことが出来る人はいない。
忙しいから本を読めない。嘘です。忙しいからこそ、たくさん本を読めるのです。私は、もう20年ほども年間500冊の単行本を読んでいますが、それは忙しくて、気力が充実しているから可能なのです。暇になったら、恐らくとても無理だと思います。
敬愛する著者に対して、歴史の本、そして生物と宇宙の本を、もし読んでいなかったら、ぜひ読んでほしいと思いました。いずれも、人間とは何か、自分はいかなる存在なのかを考えるうえに必要な本だと考えています。
ちなみに、私は自慢するわけではありませんが、大学で「優」をとったのは一つもなかったように思います。大学では3年あまり学生セツルメント活動に没入していて、授業についていけませんでした。ですから、全「優」なんて、どうやったら取れるのか不思議でなりません。
(2016年7月刊。740円+税)

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2016年8月22日

なぜ蚊は人を襲うのか

生物

(霧山昴)
著者  嘉糠 洋陸 、 出版  岩波科学ライブラリー

 ガーデニングの天敵こそ蚊です。冬のガーデニングは蚊がいないので、防寒に気をつけるだけですみます。ところが夏は、熱中症対策だけでなく、蚊から身を守るための装備を欠かせません。
蚊が人間の血液を吸いとったとき、そのお返しに残すのは、痒みだけではない。望まないお土産として、感染症の原因を体内に送り込む。
蚊は病原体の有力な媒介者である。マラリア、フィラリア症、デング熱、日本脳炎、西ナイル熱、そしてブラジル・オリンピックで注目されたジカ熱をもたらす。
蚊は、病原体を充塡した注射器が空を飛んでいるようなもの。
平清盛そして、光源氏はマラリアに襲われた。平安時代は比較的温暖だったことから、マラリアがあたりまえの国土病として存在していた。
著者は研究室で蚊を数万匹の単位で飼育しているとのこと。驚異です。
蚊のオスもメスも、自然界では、花の蜜やアブラムシの排出する甘露をエサとしている。ふだんはそれだけで十分に生きられる。ところが、オスの精子を受け入れたメスは、吸血に対する欲求が高まる。これに対して、処女メスは人間の匂いには全然反応しない。メスの蚊は、卵を少しでもたくさんつくるために、血を必要とする。
蚊は、飛行機に乗って移動する。車輪の格納庫に入り込む。そこはマイナス50度の世界なのだが、蚊は10数時間ほどのフライトなら、その環境下でも生きのびる。
蚊は、人間から遠いところではなるべく最短で標的に向かう。近くなるとジグザグに飛行し、匂いや熱の助けを借りて着地点である肌を探す。
蚊に刺されたくなかったら、明るい色の服を着たほうがよい。
蚊は、血をしこたま吸ってしまうと、それで満足する。血の種類には、まったく無頓着である。
1回の産卵サイクルで生み出す卵の数は、ハマダカラで200個、アカイエカは100~150個。そしてネッタイシマカとチカエイカは100個未満。
蚊についての基礎知識をたっぷりいただきました。
クーラーをつかわない生活をしていますので、蚊取り線香に毎晩お世話になっています。
(2016年17月刊。1200円+税)

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2016年8月23日

韓国軍と集団的自衛権

韓国

(韓国)
著者 裵 淵弘 、 出版 旬 報社 

 日本でも安保法制が施行され、いつ日本の若者たちがアフリカの戦場で殺し殺されるか分からない事態が迫っています。戦後70年間、一人の戦死者も出さなかった日本ですが、戦死者続出という事態になれば日本社会の雰囲気が一変し、今より一層ギスギスした社会状況になるのではないかと本気で心配しています。もちろん、被害者になるだけではありません。加害者となり、「敵の一味」として、テロリストによる報復を恐れなくてはならなくなるでしょう。新幹線や地下鉄、飛行機に安心して乗れない、50ケ所以上もある原発が狙われてしまったら、狭い日本列島どこにも住めなくなってしまいます。
安倍首相のいう国際安保環境が激変してから、しまった、あのときアベに反対しておくんだったと後悔しても手遅れだった、、、。   
そんな日が来ないことを、私は心から願っています。
べトナム戦争のときの、日本アメリカからの参戦要求を断ることができました。安保法制がなかったからです。お隣の韓国は、アメリカの命じるまま大量の韓国軍をベトナムに派遣しました。その結果、韓国社会には経済的発展がもたらされた一方で、多くの韓国の若者たちが人知れず泣きました。その深刻な実情が明らかにされています。
1964年から1973年までの8年あまりの間にベトナムに派遣された韓国兵は25万3000人。今も生存しているのは19万人。うち14万人がベトナムで浴びた枯葉剤による後遺症に苦しんでいる。 除隊後に病死した6万人の死因も疑わしい。
ベトナム帰りの元韓国兵の平均年齢は70歳。韓国人の平均寿命は80歳なので、死亡率がとても高い。しかも、6万人近くの人が重篤な患者だ。
アメリカがベトナムでつかった枯葉剤の毒性は強く、イペリットやサリンよりも強力。10億分の1グラムでガンを引き起こす。
ベトナム戦争に従軍したアメリカ兵は259万人。その1割に枯葉剤の被害が認められる。
ところが、当時は誰もが害のない除草剤か殺虫剤だと思い込み、アメリカ軍隊から散布された霧状の薬品を、わざわざ服を脱いで浴びていた。そうすると気持ちがいいし、蚊にも刺されなかった。
朴正煕大統領は、在韓米軍の削減を恐れていた。そして、アメリカの要求にこたえることで、1億5000万ドルが韓国に提供されることになった。日本とアメリカの援助によって、朴大統領は「漢江の奇跡」を演出することができた。
国家存亡にかかわる安保危機が経済建設の利権に様変わりした。
アメリカの求めに応じて戦闘部隊を送り出したのは韓国だけだった。オーストラリア4533人、フィリピン2063人など、派遣はしたが戦闘部隊ではなかった。
しかし、現地で指揮をとった韓国軍司令長官は、誰より戦争に悲観的だった。
「ベトナムでのゲリラ戦に勝つ見込みはない」
行かないわけにもいかず、しかも勝つこともできない戦争だった。
韓国軍の戦費は、兵士の月給をふくめて、すべてアメリカ政府から支給された。兵士の給料の8割は本国に送検され、残り2割も現地で韓国産テレビを買わせるなどして、100%が韓国に流れ込んだ。それは総額2億ドルをこえ、高い失業率と外貨不足に悔やんでいた韓国経済を救った。
ベトナムに「現代建設」や「韓進高事」がアメリカ軍の下請として入って、事業規模を大きく拡大し、韓国の高度経済成長を牽引していった。ベトナム特需は10億ドルに以上のぼった。
 いま、韓国でも兵役を拒否する人がいる。10年間で5723人。毎年500人以上の若者が兵役に応じず、刑務所に入っている。
 大変勉強になりました。考えさせられます。憲法違反の安保法制を一刻も早く廃止しましょう。
(2016年 6月刊 1400円+税)

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2016年8月24日

クリントン・キャッシュ

アメリカ

(霧山昴)
著者  ピーター・シュヴァイツァー 、 出版  メディア・コミュニケーション

 アメリカで民主党の大統領候補として、社会主義者を自称するサンダースが予想以上に健闘して、アメリカの民主主義もまだまだ捨てたものじゃないと思いました。
 大富豪のトランプに比べたらヒラリー・クリントンのほうがよほどましな候補だと私は考えています。ところが、この本は、ヒラリー・クリントンがオバマ政権の国務長官だったころ、夫のビルと組んで「違法」な荒稼ぎをしていたことを暴露しています。
 その手口は巧妙なので、「違法」とは言いにくいかもしれませんが、汚れた権力者たちと一緒になって汚い金もうけをしていた事実は隠せません。
 ヒラリーもビルも、やっぱりアメリカの大統領として金持ち本位の政治しかしていないんだな・・・、そう思うと、悲しい気持ちにもなりました。
 クリントン財団は、これまで外国の政府、企業、資産家から巨額の資金を受けとってきた。そして、それは「愛のしるし」だと説明されている。
 クリントン夫妻は、しばしば外国の団体からお金を受け取っている。
 その結果、クリントン夫妻は現在、異常なほど裕福になっている。
 2001年から2012年にかけてクリントン夫妻の総所得は少なくとも1億3650万ドル。
 ビル・クリントンの個人純資産は5500万ドルと推定されてる。
 つい先日の新聞では、クリントン夫妻の年収は10億円だと報道されていました。
 ビル・クリントンは、年平均で800万ドルを世界各地での講演料として受け取った。
 1回あたり50万ドル(5000万円)、75万ドルをこえることもある。
 なぜ、そんなに高額の講演料が支払われるのか、一体誰がそんな巨額のお金を支払うのか・・・。
 クリントン大統領は、任期最後の日に、マーク・リッチに対して恩赦を与えた。マーク・リッチは石油トレーダーであり、資産家であり、脱税犯であり、逃亡者だった。
 ヒラリーが上院議員であるあいだに、ビル・クリントンが得た巨額の講演料の3分の2は外国から入ってきた。ヒラリーが国務長官になってからは、さらに膨れあがり、数千万ドルがサウジアラビアやクウェート、アラブ首長国連邦といった外国政府や海外の資産家からクリントン財団に流れ込んだ。
 ビル・クリントンの講演料と国務長官時代のヒラリーの意思決定とのあいだには相関性が認められる。
 クリントンの講演料は大統領を退任したあと、減っていった。ところが、ヒラリーが2009年に国務長官になると、ビルの海外での高給の講演は劇的に増えた。ヒラリーが国務長官として外国に直接的な影響を与える問題について絶大な力をもっているときに、ビルの講演料は高額だった。
 クリントン夫妻は、クリントン財団への主要な寄付者の名前を公開していない。
 クリントン財団の評議員のうちの4人は、金融犯罪で告発され、有罪判決を受けている。独裁者や王族、法的な問題をかかえた海外投資家がクリントン財団への主要な寄付者にいるのは間違いない。
 こうなると、トランプにしろ、ヒラリーにしろ、「1%」のための大統領でしかないということになりますね。それをアベ首相が見習っているわけです。なんとかして早く変えたいものです。
(2016年2月刊。1800円+税)

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2016年8月25日

これから戦場に向かいます

社会

(霧山昴)
著者  山本 美香 、 出版  ポプラ社

 4年前の夏(2012年8月)シリアで取材中に銃撃を受けて亡くなった女性カメラマンの文と写真です。その尊い犠牲を少しでも無駄にしてはいけないと思って写真集を買って眺めました。
 さすが戦場カメラマンです。緊迫した状況がひしひしと伝わってきます。
 でも、彼女の言葉が良いのです。まったくそのとおりです。平和のための戦争が大好きなアベ君に、よく言いきかせてやらなくてはいけません。
 一度動き出した戦争の歯車は簡単には止められない。
 だからこそ、戦争を始めてはいけない。
 ミサイルも爆弾も、まだ普通に生活していた人々の上に落ちた。そこで死ななければならなかった人たち。あまりにも無念だ。
 力でねじふせるやり方は、即効力があるから、表面的には効果があるように見える。しかし、人間の心に刻み込まれた憎しみは何かの拍子に爆発し、暴走するだろう。
 戦場で何が起きているのかを伝えることで、時間はかかるかもしれないが、いつの日か、何かが変わるかもしれない。そう信じて紛争地を歩いている。さあ、現地に到着だ。
 45歳という、油の乗り切った若さで、「戦死」してしまった彼女の無念さを私たちはきちんと受けとめなければいけないと思います。
 戦場でたくさんの人を殺した人ほど英雄視されるなんて、間違っています。
 自爆犯を志願する若者に、ほかにやるべき何かがあることをみんなで伝えたいものです。
 私は、戦場の無惨な写真を見るたびに中村哲さんのアフガニスタンでの、砂漠を緑の大地に変える壮大な取り組みを想起します。こんな取り組みこそ、日本が官民あげて協力すべきこと、もっと日本の若者を現地に送り出したいものだと思います。自衛隊員をアフリカに送るより、素手の日本人が砂漠の緑化工事に関与できる状況を一刻も早くつくり出したいものです。
 貴重な大判の写真集です。 ぜひ、あなたも手に取って眺めてみて下さい。
(2016年7月刊。1600円+税)

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2016年8月26日

奪取、振り込め詐欺・10年史

社会

(霧山昴)
著者  鈴木 大介 、 出版  宝島スゴイ文庫

 この本は、一人でも多くの人に読まれるべきだと強く思いました。
 騙されないように気をつけましょう。銀行のATM操作でお金を受け取るつもりが送金させられてしまいかねません。郵パックで現金送れは詐欺です・・・
 そんな警告をいくらしても、詐欺被害は一向になくなりません。なぜなのか・・・。
 この本は加害者側の分業体制がすすんでいる内情を明らかにすると同時に、騙される側の情報がなぜ「犯人」たちに筒抜けになっているのか、名簿屋の最新の情報入手先を明らかにしています。そして、なぜ、被害者が被害を申告しないのか、多くの人が泣き寝入りしている、その理由も究明しています。
 私も、弁護士として何件もの被害者からの相談を受けましたが、大半は泣き寝入り状態で、被害回復はほとんど出来ていません。すぐに口座凍結はするのですが、すでに引き出されてしまっているものばかりですから、ほとんど実効性がありません。
 振り込め詐欺は何段階も進化をとげている。思いもよらないほど大きな組織と巧妙に仕組まれたネットワークがある。
 末端の集金役としての「ダシ子・ウケ子」。被害者に電話をかけるプレイヤー。それらを統括する番頭。組織の外部協力業者としての「名簿屋」と「道具屋」。天上人として現場に直接たずさわらず、組織に種銭(たねせん)を投げて収益を得る「金主」。犯罪である以前に、あくまで営利を追求する組織だ。
 何があっても頂上の金主だけは摘発されないという至上命題の下、組織は巧妙に合理化され、より多くの収益を上げるために詐欺のシナリオやターゲットの絞り込みを極め、現場要員の育成も徹底する。その企業活動としての振り込め詐欺組織の理念や組織論は、もはや一般の企業がぬるいと思えるほど卓抜したものとなっている。
 名簿屋の最新の入手先は二つ。一つは訪問介護事業者。介護事業の現場で働くホームヘルパーから、詐欺に適した高齢者の情報が商品として売られている。
 もう一つは、住宅のバリアフリーリフォームをした顧客リスト。バリアフリーが必要になる年齢で、リフォーム代金をポンと出せる人の名簿だ。
 そして、「下見屋」がこする。こするとは、情報を精査する作業のこと。
 かたり調査というのは、国勢調査とか市役所からの調査を装って電話をすること。高齢者は、暇で寂しいから、雑談をまじえると、どんどん必要ないことまで話してしまう傾向がある。
 つまり、名簿屋も親名簿をひっぱってくる収集班、下見班そしてパッケージの3段階に分かれている。
 最近すごく高値で取引されているのは「三度名簿」。詐欺で3回だまされたことのある人だけをのせた名簿。3度やられた人は、リスクも高いけれど、4度目も騙される可能性は高い。
 詐欺ではなく、恐喝まがいの脅し文句で迫るケースもある。声だけで怖い奴がいる。ターゲットの家の住所、携帯番号どころか、息子や孫の名前、勤め先を会話の端々に出す。もう逃げられない。報復が怖い。とりあえずお金さえ言われるまま支払っておけば、この問題から逃げられる。被害者が怯えてしまっているケースだ。
 いやはや本当に勉強になる本でした。ぜひ、みなさん、ご一読ください。

                   (2015年3月刊。720円+税)

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2016年8月27日

大脱走

社会


(霧山昴)
著者 荒木 源 、 出版 小学館

就職に苦労した末に入社できた住宅リフォーム会社は典型的なブラック企業。
そんな会社に入ったとき、どうしたらよいか・・・。
とにかく契約をとること。新人がまずやらされるアポインターというのは、アポをとるのが、すべて。そのためには、まずたくさん「叩く」。
インターホンを押し続ける。200枚の名刺をわずか半月で使い切る。
アポインターは、あとを引き継ぐクローザーが、客と商談をすすめる材料を集めるお膳立ても整えておかなければいけない。
どんな仕事でも、仕事のない恐怖に比べれば、まだまし。
もちろん、サギまがいの住宅リフォーム会社に騙される客ばかりが世の中にいるわけではありません。逆に、騙したはずの客に会社が脅かされてしまうことだってありうるのです。そんなときには、会社は、それは現場の人間が社の方針とは違ってやったことで、社は責任がないと突き放してしまいます。怖い仕組みです。
そんなことを許していいのか・・・。社員が結束してブラック会社を変えよう。そう思っても、一緒に行動してくれる人はほとんどいない。みんな、自分の身が可愛い。じゃあ、どうする、どうなる・・・。
救いのあるような、ないような、身につまされるストーリー展開の本でした。
なかなか、こんなブラック企業って、なくなりませんよね。どうしたらいいんでしょうか・・・。
(2015年11月刊。1400円+税)

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2016年8月28日

当選請負人、千堂タマキ

社会

(霧山昴)
著者 渡辺 容子 、 出版 小学館文庫

東京・横浜のベッドタウンでの市長選挙の実情の一端を描いた小説です。読ませます。
選挙とは、自分の主義主張と心の内面をこれでもかというほど裸にして、それを公衆の面前にさらけ出して審判を受けるという厳粛なる儀式である。
本当は、そうなんですよね。でも、実際には、イメージ選挙のほうが先行しているし、強いです。その根本的な理由は、「べからず選挙」とまで言われる公選法による規制です。戸別訪問を禁止するなんて、とんでもない間違いです。選挙のときこそ、国民が自由に政治を語るべきなのです。
そして、マスコミです。お金さえあれば、マスコミ操作は出来ます。それに権力がともなえば、マスコミなんて、ちょろいものです。かの「アベさまのNHK」に堕してしまった悲惨さは、残念無念というほかありません。
「選挙で勝つには、政策も大事です。ポスターもビラも決しておろそかには出来ません。ですが、もっとも大切なのは、候補者の人間力なのです」
現実には、候補者に「人間力」が全然なくても当選する人が少なくありません。「政策は当選したら勉強します」と臆面もなく言ってのけて当選してしまうタレント候補が昔も今も少なからずいます。
地上戦とは、支持者・支持団体を回って投票を訴え、地道に票を掘り起こしていく活動をいう。空中戦とは、選挙カーや街頭、そしてインターネットを介して広く世間に政策を訴え、浮動票の獲得を図る戦術をいう。
マイクを握るのは左手が基本。右手、また両手でもつと、集まった人々から握手を求められたときに、マイクを持ち替えなければいけない。
「カクダン」とは確認団体のこと。選挙期間中に、特定の政治活動をすることが認められた政党その他の政治団体をさす。
カクダンのビラには、選挙活動用のビラと違って、枚数や回数に制限がない。何枚配ってもOK。ただ、ビラには候補者の名前や顔写真は載せられない。
選挙には多くの人がかかわっているから、誰かのシナリオや思惑どおりに物事が運ぶなんていうことはありえない。それどころか、選挙期間中には、自陣のミスや相手方のミスによって、まったく予期していなかった事件やハプニングが必ず起きる。
想定外の出来事がおきたとき、どれだけ冷静に、かつ素早く事態を掌握し、状況を脱するための方策を練るか。どんなピンチに陥ったときでも、頭を使えば、最悪の状況を打破して、それをチャンスに変えてしまう面白いアイデアがひらめくものだ。
実は、私も、選挙には何回もかかわりました。もちろん、候補者としてではなく、後援会の役員として、です。ですから、街頭での訴えの難しさは身にしみています。歩いている人の足を停めさせるような話をしたいのですが、なかなか出来ません。自分の体験を語り、自分の言葉で候補者への支持を訴えるようにしています。
結局、自分の身近な体験した話題を切り出して、話を具体的に展開するしかないと思いました。
日本人は、もっと真正面から政治とか司法のあり方を議論すべきだと思います。
政治になんか関わりたくないと思っても、政治のほうは私たちを放っておいてくれません。その意味で、投票率54%でしかないという現状を変える必要があります。
(2014年9月刊。670円+税)

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2016年8月29日

虫のすみか

生物

(霧山昴)
著者  小松 貴 、 出版  ペレ出版

 私たちの身のまわりには、庭にも道ばたにも土の中にも、虫たちの不思議な巣であふれているのですね。そのことを満載した写真によって実感できる、楽しい虫の本です。
アリジゴクの主(ぬし)は、ウスバカゲロウの幼虫だったんですね。アリジゴクは、獲物をつかまえると食べるのではなくて、巨大なキバを獲物の体内に突き刺して、中身を吸い取ってしまう。そして、アリジゴクは糞をしない。成虫(ウスバカゲロウ)になったとき、まとめて大きな糞をする。ええっ、そんなことが可能なんですか・・・。
ハチやアリ、シロアリの多くは集団で分業して社会生活を送る。まるで人間のように洗練した高度な社会をもっている。だから、ある高名の昆虫学者が「利口ムシ」だと評した。それに対して、一人で好き勝手に食べて寝て暮らすだけの虫は「馬鹿ムシ」だと評する。しかし、著者は逆だと主張します。
群れなければ何ひとつまともな生活が出来ず、ひとりにされたら惨めに野垂れ死にする社会性昆虫こそ「馬鹿ムシ」であり、誰に教わるわけでもなく、たった一人で精巧な巣をつくり、毒針で狩りをする狩人蜂こそ至高の「利口ムシ」だと・・・。なるほど、ですね。
ヤマアリは強力な蟻酸をもっている。鳥のなかには、わざとアリ塚の上に降り立って暴れ、アリの蟻酸攻撃を受けることで、羽についた寄生虫を退治する「アリ浴び」の習性をもつものがいる。人間も、戦争中、服を洗うことが出来ないとき、ノミやシラミが湧いて困ったら、服をアリ塚に突っ込んで消毒していた。
うひゃあ、そんなこと知りませんでした。そんなことも出来るんですね・・・。
軍隊アリは、ジャングルにはなくてはならない存在である。軍隊アリは、ジャングルの空間にいちばん多く優先して生息する生物を一掃してしまうので、その区画内に「空き」が生まれる。そのことによって、森の生物の種の多様性をつくり出している。なるほど、そういうこともあるんですね。
東南アジアの国にはツムギアリの「アリの子」を食用にしているところがある。アリの幼虫をスープに混ぜたり、お米と一緒に炊いて食べる。かなり酸味の利いた味。まずいというのではないが、決して美味しくもない。そして、ツムギアリの巣を落として、その幼虫を鳥の餌にもしている。
攻撃的なツムギアリは、しばしば害虫駆除のために活用される。
たくさんのカラー写真とともに丁寧に解説されているので、素人にもよく分かります。
(2016年6月刊。1900円+税)

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2016年8月30日

鉄客商売

社会

(霧山昴)
著者  唐地 恒二 、 出版  PHP研究所

 国鉄が解体して、JRという民間会社になり、良い面だけが一方的にもてはやされる風潮に私は納得できません。私の好きなフランスでは、いまもフランス国鉄ががんばっています。もちろん労働組合もストライキもフランスでは健在です。
 今や日本ではストライキは死語同然。労働組合というのも労務担当(労務屋)の別称で出世階段の一つというイメージが強くなっています。労働組合が弱くなって大きな社会問題になっているのが非正規雇用とワーキングプアーです。
 若者にとって正規社員として就職する可能性がないとか、ブラック企業で死ぬまで酷使されていても耐えるしかないというのは、どう考えても異常な社会です。
 この本は国鉄解体をすすめ、営利本位になったことを自慢している本だと言って切り捨てることも出来ます。労働者は、経営者の言うままに働く存在であればいいという考えが底流にあるのでしょうね・・・。
 まあ、そんな先入観をもって読んでも、商売の論理を実践した本だと割り切って読むと、たしかに参考になるところがあります。
 ただ、「JR九州大躍進の極意」とサブタイトルにありますが、やっぱり列車は安全第一で運行してほしいし、事故対応もきちんとしてほしいという不満を私はもっています。ホームの無人化だなんて、最悪ですよ。安全性無視はいけません。
 1992年度のJR九州の飲食店は大赤字をかかえていた。原因は何か・・・。「気」がない。覇気がない。活気がない。元気がない。やる気がない。気づきがなり。死んだような店になっている。外食事業部門は、はじき飛ばされた人間が中心になって支えていた。
 ノウハウ本の大切な読み方は二つ。
 一つは、気に入った本を一冊、何回も読み返す。
 二つは、書かれていることをまるまる信じ、書かれているとおり全部を実行する。
 半信半疑で、適当につまみ喰いしても、うまくはいかない。
 会社の強さは店長会議で決まる。店長会議では、トップが一人で、方針のすべてを繰り返し語る。聞き手は前の話をほとんど忘れているから、トップは大事なことを何度も語る。
 売上に対して原価率が30%、人件費率が30%あわせて60%というが、もうかる店の標準だ。飲食店の従業員の大半がパートかアルバイト。
 その割合の全国平均は90%いろんな分野で、金持ち層をターゲットにした商業が発展しています。JR九州で、いうと「ななつ星」です。高収入を目ざすには良いことなのでしょうが、そんな超高級の旅行とは縁のない人々も多いということを、JR九州としても忘れてほしくないと思ったことでした。くり返しますが、駅の無人化はやめてください。とりわけ新幹線駅の無人化なんて怖すぎます。
(2016年6月刊。1500円+税)

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2016年8月31日

姉・米原万理

人間


(霧山昴)
著者  井上 ユリ 、 出版  文芸春秋

 私は米原万里のファンです。彼女の本のすべてとは言いませんが、かなり読みました。
 毒舌に近い、舌鋒鋭い文章に何度となくしびれました。私よりいくらか年下ですが、尊敬していました。まだ56歳という若さでなくなってしまったのが残念でなりません。本人も本当に心残りだったと思います。
 ロシア語通訳として「荒稼ぎ」もして、「グラスノチス御殿」を建てて鎌倉にすんでいたようです。結婚願望がなかったわけでないようですが、「終生、ヒトのオスは飼わな」かったというのも、男の一人としてなんとなく分かる気がしています。
 妹から見た姉・万里の実像が惜しげもなく紹介されていますので、読みごたえがありました。父親の米原いたるは鳥取の素封家に生まれ、共産党の代議士にもなった大人物です。 
両親とともにチェコに渡って苦労した話から始まります。両親は、どちらもかなりおおらかな人柄で、娘たちを伸び伸び、自由奔放に育てたようです。
 米原家は、みんな大食い、早食いだったとのことです。そして、食べ物に目がなく、食べ物を愛したようです。料理研究家である著者は、まさしく、その趣向を一生の職業としたわけです。
 タルタルステーキの話が出てきます。私が初めてフランスに行ったとき、マルセイユで同行してくれたフランス人が目の前でいかにも美味しそうにタルタルステーキを食べました。生の牛肉に生卵をのせた料理です。私も食べたかったのですが、旅行中なのでお腹をこわしたらいけないと思って、なんとか我慢しました。日本に帰ってから探しても、タルタルステーキを食べさせてくれるところはなかなか見つかりませんでした。魚のカルパッチョはあるのですが・・・。ついに東京のホテルでメニューを見つけたとき、すぐに注文しました。
 怖いもの知らずの万里は、実は、知らないもの、食べなれていない物はダメだった。食べ物に限らず、新しい事態にぶつかると、ちょっと怖じけて、二つの足を踏んだ。
 ええっ、これは意外でした。そして、万里はアルコールコーヒーもたしなまなかったというのです。ウォッカなんて何杯のんでもへっちゃら、そんなイメージのある万里なのですが、意外や意外でした。そして、万里は抹茶をたしなんでいたとのこと。びっくりします。
 そして、米原万里はモノカキになる前、詩人だったのですね。なかなか味わいのある詩が初公開されています。たいしたものですよ・・・。
 トルコあたりのリルヴァというお菓子が世界一おいしいとのこと。私もぜひ食べてみたいと思いました。
 米原万里ファンの人なら必読の本です。


(2015年6月刊。1500円+税)

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