弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2015年12月 1日

「大国」への執念、安倍政権と日本の危機

社会

(霧山昴)
著者 渡辺治・岡田知弘ほか 、 出版  大月書店

  アベ政権は本当に怖いと私は考えています。ところが、一般的な支持率が4割もあるというのです。不思議でなりません。安保法制とかTPPや、労働法規制などでは、圧倒的に不評なのですが・・・。
  安倍政権は、戦後の歴代政権のなかで特異な性格を有する政権である。その特異性とは、安倍政権が一方では保守支配層が長年にわたり実現を待望しながらできなかった課題を強行する支配層待望の政権であると同時に、保守支配層が望まないことまでやってのけるという、きわめて扱いにくい政権だという二面性があるから。
  安倍政権は、発足以来、つねにマスメディアに話題を提供し続けている。
  欧米のメディアが注目しているのは、アベ政権のタカ派的言動への警戒と懸念である。
  もう一つは、アベノミクスへの関心である。
  なんとも厄介な政権だということは、一方で、アベでなければ出来ないことをやってくれるが、他方、その制止を振り切って歴史修正主義にこだわるから。
  二つの顔は、当のアベにとっては何ら矛盾していない。それどころか、どちらの顔もアベにとって、なくてはならない顔なのである。
  アベ首相の目指す「大国化」は軍事大国になることを意味する。そのためには、自衛隊の海外派兵の自由は不可欠の土台である。
  アベ政権は、日本の大国化を、あくまで対米従属、つまり日本同盟の枠内で、日米同盟を強化する方向でしか展望していない。アベ首相の言う「強い国家」とは、第日本帝国以外にない。
アメリカのオバマ政権も日本の財界も決断した。こんなアベでなければ、長年の課題達成は無理だ。アベの見るからに危険な顔を前面に出さないようにコントロールしながら、アメリカ政府はアベ政権をいつものように、なんとかの一つ覚えのように全面的に支えてきた。
  アベ政権は、官邸主導の集権的意思決定の体制をつくりあげている。
  自民党は弱体化し、新自由主義の抵抗体とはならなくなった。
  自民党って、かつての民主党と同じほど、古臭くて、非民主的な政党ですよね。
  アベ首相は、全世界を専用機で飛び回っています。しかし、残念なことに、そのとき憲法9条の素晴らしさ、教訓がまったく生かされていません。
「政治主導」を標榜し、官僚機構に敵対した民主党政権のもとで、むしろ、政権の依存度は高まった。
  アベ内閣の閣僚のほとんどが日本会議の国会議員である。
  アベ政権内でハト派の政策と政治的影響力が低下している最大の原因は、グローバル競争国家に対抗する独自の国家構想がないからだ。
  先の9月国会で「成立」した安保法制法については、古賀誠、与謝野馨、加藤紘一、山崎拓など自民党の元有力議員が名前を出して否定ないし消極だった。
                  (2014年10月刊。2400円+税)


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2015年12月 2日

下流老人

社会

(霧山昴)
著者  藤田孝典 、 出版  朝日新書

  いま、日本に下流老人が大量に生まれている。下流老人の存在が日本社会に与えるインパクトは計り知れない。
  下流老人とは、生活保護基準相当でクラス高齢者とその恐れがある高齢者のこと。
  下流老人には、次の3つがない。
  第1に、収入が著しく少ない。
  第2に、十分な貯蓄がない。
  第3に、頼れる人間がいない。困ったときに頼れる人間がいない。
65歳以上の一人暮らしが増えている。1980年には、男性19万人、女性69万人だった。2010年には、男性139万人、女性341万人。
  下流老人は、あらゆるセーフティネットを失った状態。
  下流老人には、日本人の誰もがなりうる。つまり、私たちの問題なのである。
  団塊世代より上の層の老人には、日常生活力が驚くほど乏しい。仕事一筋できた男性は老後に離婚しないこと、されないことが必要。
  これからの日本社会には、もはや中流は存在しない。いるのは、ごく一握りの富裕層と大多数の貧困層だ。
  自己責任論、努力不足論が、明日のあなたを殺す。
  下流老人になったのは怠けていたからだ、自己責任だと現役の正規労働者の多くが考えている。しかし、現実はそうではない。
  自民党の片山さつき議員は、生活保護を受けるのを恥ずかしいと思えと言わんばかりのことを言っている。しかし、社会保障制度を利用するのは憲法上の権利であって、何も恥ずかしいことではない。国会議員のインチキパーティーなどで金もうけしているほうがよほど恥ずかしいことではないでしょうか・・・。
  生活に困ったら、困る前に、変なプライドなんか捨てて、公的援助制度を利用すること。
  私も本当に、そう思います。軍事予算が5兆円をこすというのは、福祉や教育予算を切り捨てたうえでのことです。とんでもないアベ政治は許せません。

(2015年10月刊。760円+税)

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2015年12月 3日

人質460日

世界(アフリカ)

(霧山昴)
著者  アマンダ・リンドバウド 、 出版  亜紀書房

  2008年、カナダ人のフリー・ジャーナリストのアマンダ(女性)は、元恋人のカメラマンとともに誘拐され、1年半におよび監禁生活を過ごした。
  その体験記です。読んでいくと、本当に気が滅入ってしまいます。もちろん、本人たちのほうがもっと大変だったと思います。殺されそうになったりもしますが、ともかく身代金の交渉がまとまり、生きてカナダに戻ることができました。最後まであきらめなかった精神力には頭が下がります。
  生きのびるためにイスラム教徒に改宗したり、コーランを覚えたりもしたようです。
  一度は隠れ家から脱走に成功したこともあったのですが、結局は地域の人々が味方してくれなくて、誘拐犯グループに戻されてしまいます。そこが、ソマリアという地域のお国柄なのでしょうね。誘拐ビジネスが経済を与えているのです。
  今は、ケニアで難民生活を送っているソマリア人女性のための学校をつくる手伝いをしているとのことです。すごいですね。その行動力に敬意を表します。
解放のために支払われた身代金は100万ドルを上回ったとされています。二人で、等分したということです。1億円の半分ですから、5000万円でしょうか。大変な金額ですよね・・・。
  ムスリムになりたかったら、心をこめて信仰告白をすればいい。場所はモスクである必要はないし、指導者(イマーム)に証人になってもらう必要もない。儀式めいたことは、ほとんど行われない。改宗にあたっては、アラビア語で簡単な誓いの言葉を唱えるのだが、肝心なのは、その言葉を心から信じるという確信だ。誠実さが問われる。
  アッラー以外に神はなく、ムハンマドはアッラーの使徒であると誓った。
  イスラム教の教えは、天国は常にあなたを手招きしているというもの。信者は来世を目ざして生きている。現世で手にすることができなかった喜びも、長きにわたって縁がなかった慰めや富や美貌も、天国に入ればその人のものとなり、痛みや試練や争いはすべて消え去る。天国はどこまでも広く、完全無欠の楽園だ。誰もが美しい衣をまとい、食べきれないほどのご馳走が並び、宝石で飾られたふかふかの寝台が置いてある。木が生い茂り、山にはじゃこうの香りが漂い、川が流れる涼やかな渓谷がある。完璧な場所なので、果実は決して腐らず、人は33歳のまま老いることはない。地上での苦しみには終止符が打たれ、門の向こうには永遠の至福がまっている。
  私は、イスラム教を信じている人は、それはそれでいいと思います。ともかく、どんな宗教であれ平和に共存できる世の中でありたいと心から願っています。
  来世も大切でしょうが、現世はもっと大切なのです。だって、私たちは、今を生きているのですから。その一点で、宗教の違いをこえて、みんな平和のうちに生きていたいと願います。みんな違って、みんないいのですから、、、。
(2012年10月刊。2700円+税)

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2015年12月 4日

涙のあとは乾く

社会

(霧山昴)
著者 キャサリン・ジェーン・フィッシャー 、 出版  講談社

  日本に住むオーストラリア人の女性がアメリカ軍の兵士にレイプされ、不屈にたたかっているというのは、ときどきのニュースで読んで知っていました。今回、その真相と女性の心境を知ることができました。
 痛ましい話です。誰かが飲みものにデートレイプドラッグを入れたというのです。これって、本当に許せませんよね。冗談として見過ごせる話ではないと思います。
 問題は、日本で起きたレイプ事件が刑事手続でどう処理されるのか、ということです。
 まず、犯人がアメリカ兵だということです。結局、アメリカ兵は、公務遂行とは何の関係もないのに、日本の法と法廷で処罰されることなく、アメリカ本国へ帰ってきました。ひどい話です。日本政府は、それを許しているのです。
 アベ政権が日本国民の安全を守るために安保法制が必要だと言っていますが、それが真っ赤なウソだというのは、これだけでも明白です。
 そして、レイプ被害者は、レイプ状況の再現を求められます。これが「第二のレイプ」と言われるものです。ある意味で仕方のないことではありますが、それにしても、被害者への温かい配慮は必要ですよね。
 そして、著者は日本にレイプ被害者の助けを求めるセンターがないことを憤ります。なるほど、ですよね。著者の怒りはあまりにも正当です。
日本人がアメリカの将兵によって被害を受けたとき、実は日米政府の密約があって、アメリカ人は刑事上も民事上も責任を負うことはない仕組みになっているのです。これが現実の日本地位協定の運用です。日本って、本当にアメリカの従属国なのですね、、、。日米安保条約は、本当に不平等条約そのものです。でも、日本政府さえしっかりしていれば、日米安保条約は通告によって廃棄できるのです。
 アメリカ頼みの平和って、危ないばかりではありませんか。
 個人の安全だけでなく、国の安全までよくよく考えさせられる本になっています。
(2015年5月刊。1600円+税)

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2015年12月 5日

狙撃兵、ローザ・シャニーナ

ロシア


(霧山昴)
著者  秋元健治 、 出版  現代書館

  ナチス・ドイツ軍と果敢に戦うソ連赤軍の女性狙撃兵の活躍ぶりを紹介したドキュメンタリーノベルです。史実にもとづき、兵士の書いていた日記も紹介していますから、迫真の描写です。なにより驚くのは、これがソ連の従軍記者(グロスマン)によるものと思わせるほどの描写で一貫していることです。日本人が翻訳したのではなく、執筆した本なのです。
  私は、ソ連軍の女性兵士の活躍ぶりを描いた『戦争は女の顔をしていない』(群像社)、そしてベトナム戦争のときに最前線で戦っていた女医の日記を再現した『トゥイーの日記』を思い出しました。まだ読んでいないという人には、ぜひとも本書とあわせて、この2冊も読んでほしいと思います。戦争の非情さ、二度と戦争なんかしてはいけないということが、惻々と伝わってきます。
  独ソ戦時の1943年、ソ連赤軍には、2000人以上の女性襲撃兵がいた。
  狙撃兵は、歩兵部隊の戦術において効果的に運用された。狙撃の標的となるのは、第一に指揮官。次に機関銃射撃兵、そして狙撃兵自身の最大の脅威となる敵の狙撃兵である。
  1944年5月、東欧戦線においてドイツ軍の劣勢は確実になっていた。しかし、装備や練度でまさるドイツ軍の反抗戦はすさまじく、ソ連赤軍は戦線維持や攻略戦に勝利したとしても、その戦死者はドイツ軍よりも多かった。
  ソ連赤軍では、2000人以上の女性狙撃兵が任務についた。そのうち戦後まで生きのびたのは500人だけ。従軍した女性狙撃兵の7割以上が戦死した。
  ソ連の記録によれば、大戦中の赤軍に49万人の女性兵士がいて、そのうち9万5千人が戦死した。
  劣勢となったドイツ軍は、ソ連赤軍の制圧地域に狙撃兵を送り込み、赤軍の将校やその他の兵士に対する狙撃を活発化させた。広範な地域に潜伏する敵の狙撃兵に対する有効は手段は狙撃兵しかない。カッコーと呼ばれたドイツ軍の狙撃兵は、よく訓練されていて、優秀だった。ドイツ軍の狙撃銃は、命中精度や耐久性が高かった。
  本書の主人公は、3冊の日記を残しました。当時のソ連赤軍は、兵士が日記をつけるのを厳しく禁止していたにもかかわらず・・・。よくも、そんな日記が残っていたものです。
  日本軍は、兵士が日記をつけるのを禁止していませんでした。それで、戦闘で倒れた日本兵の日記をもとにアメリカ軍は情報分析することができました。
  ソ連赤軍が日記を禁止していたのは、なぜでしょうか。文字の読み書きができない兵士が多かったということもあるのでしょうか・・・。
  日本人にしては、よく調べて小説になっていると、驚嘆しました。
  それにしても、ヒトラーもスターリンも、人間の生命をなんとも思っていなかったことに改めて怒りを覚えてしましました。日本のアベ首相も勇ましいことを言っていますが、本当に私たち国民の生命を尊重しているとは思えません。

(2015年10月刊。2500円+税)

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2015年12月 6日

ガリレオ裁判

(霧山昴)
著者  田中 一郎 、 出版  岩波新書

  1633年にローマ教会の宗教裁判にかけられたガリレオが、有罪判決を受けた直後、「それでも地球は動いている」とつぶやいたという話は有名です。本当の話だったのでしょうか・・・。
異端審問所がガリレオに下した判決は無期限というものだった。ただし、判決の翌日には減刑された。
ガリレオは、当時、トスカナ公付き首席数学者兼哲学者だった。
ガリレオ裁判に関する書類をナポレオン・ボナパルトがフランスへ持ち帰り、そして相当のものが失われてしまった。
ナポレオン・ボナパルトはローマ教皇朝庁に保管されていたガリレオ裁判の全文書を没収し、フランスに運ぶことを命じた。1801年のことである。輸送費用に60万フランをつかい、3239箱、10万2435巻を運んだ。これにはガリレオ裁判の記録を出版し、科学の進歩を阻んできたカトリック教会の蒙昧さを衆目にさらす目的があった。ルイ18世は、バチカン文書を返還すると約束したが、全部は戻らなかった。
 宗教裁判は、大半が書面でされるもので、異端審問官である検邪聖省の枢機卿たちは、最後の判決を言い渡す瞬間まで被告と顔を合わせることはなかった。実際に被告を尋問するのは、検邪聖省の事務官の役目だった。枢機卿たちは、その報告にもとづいて判決を下した。宗教裁判の目的は、被告に異端思想を招いていることを自覚させるとともに、贖罪のための機会と手段を与える(量刑の確定)こと。正式に裁判が開始されてしまえば、無罪判決はなかった。
 「それでも地球は動いている」とガリレオがつぶやいたという記述は、ガリレオが亡くなったあと18世紀(1757年)に初めて出てくる。
ガリレオは判決のあと、死ぬまで自宅軟禁の処分が解かれることはなかった。外出するのにも許可を要した。カトリックの間違った教義によって、ガリレオの自由は奪われたわけです。ホント、宗教の思い込みって恐ろしいですね・・・。
ヨハネ・パウロ2世は、科学的真理と「聖書」の記述が異なるときには、「聖書」を文字どおりの意味をこえて解釈しなければならないというガリレオの主張を認めた。1979年11月のことである。ようやく、というか、あまりの遅さに改めて驚かされます。


(2015年10月刊。780円+税)

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2015年12月 7日

すぐそこに、カヤネズミ

生物

(霧山昴)
著者  畠 佐代子 、 出版  くもん出版

  河原の草に巣をつくって生活している愛らしいネズミの話です。
  苦労して探し求めたカヤネズミの巣が大雨のあとの洪水で流されてしまったり、河川管理事務所の除草作業で一掃されたり、小動物を保護するのも大変です。
  カヤネズミは日本で一番小さなネズミ。6センチの大きさなので、大人の親指くらい。体重は8グラム、500円玉の重さ。それほど体が小さくて軽いので、草の上に乗れてしまう。
  目は黒いビーズのようにつぶらで、とても可愛らしい顔をしている。
  背中はオレンジ色の毛、これが冬になると黒っぽい茶色になる。カヤネズミの骨は鳥と同じくらいに軽く、体重の5%しかない。ちなみに人間の骨は体重の15%。
  カヤネズミの主食はイネ科の植物の小さな種やバッタなどの昆虫。
  カヤネズミの巣は、茎についたままの葉を編んでつくる。しっかり植物の本体につくっている。教えられるというより、本能で草を編んで巣をつくるのです。休憩用の巣をつくるのに2時間、子育て用の巣だと5時間かけてつくる。
  カヤネズミは、巣づくりから子どもの世話までの全部をメスがやる。オスは子育てにはまったくかかわらない。
  カヤネズミは3個から5個の巣をもっていて、ときどき引っ越す。生まれて2週間で、子どもは乳を飲まなくなり、生後3週間までに一人だちし、2ヶ月で大人になる。カヤネズミの寿命は1年ほど。
カヤネズミの天敵はヘビ。ヘビに狙われたら子どもたちは一気に呑みこまれて全滅してしまう。
 今、カヤネズミは日本中からだんだん姿を消している。開発のために日本の草地が減っている。100年前の明治時代の日本は、面積の13%が草地だった。それが、今や、わずかに0.9%、そして、減り続けている。
  カヤネズミは夜行性。昼間の観察は難しい。筑後川にもカヤネズミはいます。いちど、ぜひ出会ってみたいカヤネズミです。写真がたくさんあって、楽しくカヤネズミの生態を知ることができました。


(2015年9月刊。1400円+税)

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2015年12月 8日

石の証言、八紘一宇の塔の真実

日本史(戦前)

(霧山昴)
著者  八紘一宇の塔を考える会 、 出版  みやざき文庫

  宮崎市街地から少し離れたところに平和公園という小高い丘陵があり、そこに高さ36メートルほどの巨大な石造りの塔が立っています。戦前、八紘一宇の塔と呼ばれていました。昭和15年(1940円)に建立されています。中国への侵略戦争を日本が始めた3年目です。すぐに日本軍が勝利して終わるはずでしたが、泥沼化していたころです。翌年(1941年)12月8日に、日本は太平洋戦争へ突入していきます。
  この八紘一宇の塔は日本国民の戦意高揚のために建立されました。私も一度だけ現地に足を運んでみましたが、なるほど異様な塔です。
  この塔には、世界各地から寄せられたという切石1789個がある。そのうち364個は、当時の日本の植民地や占領地からのもの。中国からは198個、朝鮮半島から123個、台湾の41個が目立つ。
塔の正面左手にある像「荒魂」は、武神像であり、「戦の象徴。
八紘一宇という言葉は古くからあったものではない。大正2年(1913年)に田中智学という国家主義者が初めてつかったもので、「日本書紀」から造語した。八紘とは世界であり、一の宇すなわち家にする。つまり、天皇を中心として世界を一つの家のように統一するという意味。
  1930年代になって、八紘一宇という言葉を軍事が使うようになった。
  軍部は、自作自演の暴挙や専横がもたらす国民の軍部への反感や離反を阻止・回避し、天皇と軍部を中心とする世界秩序を基礎づけるものとして田中智学の造語である「八紘一宇」を利用した。
  1940年7月、近衛文麿内閣は、「八紘一宇」を国是とし、大東亜の新秩序の建設を宣言した。こうして、「八紘一宇」は帝国日本を象徴する用語となった。
  「八紘一宇」のものとで、中国侵略が着実に進行していた。これが、「八紘一宇」の実像だった。ところが、1941年3月の国会(秘密会)で「八紘一宇」について議論され、否定的な意見が多く、以降、対外的な公式声明からは姿を消した。
  本年(2015年)3月、自民党の議員が「八紘一宇は建国以来の大切な価値観」だと発言しましたが、まったく歴史認識を欠いたものです。
  それにしても、塔の石材の一つひとつの由来が明らかにされています。よく調べてあります。恐るべきことです。その根気強さに敬服しました。
(2015年7月刊。2000円+税)

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2015年12月 9日

遺骨

日本史(戦前)

(霧山昴)
著者  栗原俊雄 、 出版  岩波新書

  アベ首相とその取り巻き連中は靖国神社の参拝には執着していますが、遠く異国の地で埋もれてしまったままの旧日本軍の将兵の遺骨の回収には冷淡そのものです。
  それこそ自己責任理論を持ち出すのでしょうか・・・。許せません。
  そして、東京大空襲を仕掛けたアメリカ空軍の責任者に対して、なんとなんと勲一等というとんでもない勲章をうやうやしく授与したものです。大虐殺された被害者側が加害者の親玉に感謝の勲章を送るなんて、前代未聞ではないでしょうか・・・。このカーチス・ルメイ将軍は、ベトナム戦争のとき、ベトナム北爆を指揮し、北ベトナムを原始生活の国に戻してやると嘘ぶいた札つきの軍人なのです。日本の権力ってどうして、こんなにアメリカに卑屈になるのでしょうか、信じられません。それでいて「美しき日本」を取り戻せなんてカラ叫びをするのですからね・・・。
  硫黄島の戦いによる日本軍の戦死者は2万人、生き残ったのはわずか1000人。アメリカ軍は戦死者6821人、戦傷者2万1000人。地上戦で、アメリカ軍の犠牲者が日本軍を上まわった珍しい例。硫黄島には、今もなお1万人柱以上の遺骨が残っている。今も、ほそぼそと遺骨回収作業が続けられている。
  沖縄本島にも、回収されていない遺骨がある。モノレールの「おもろまち駅」のところは、「シュガーローフヒル」と呼ばれた激戦地跡だ。1週間も戦闘が続き、アメリカ軍の死傷者だけで2662人にのぼった。日本軍の死傷者は不明のまま。ここも、掘れば、今も人骨が出てくる。
  戦前・戦後ずっとずっと戦争してきたアメリカは、戦死者の遺体・遺骨はすべてアメリカ本国に帰還させることを原則としている。それはそれで立派な原則ですよね・・・。
  戦争しない、平和な日本で今日まで来た日本も、アベ政権の下で戦争する国・ニッポンへつくり変えられようとしています。そして、その危険性が今なおピンと来ていない日本人が少なくありません。それこそ「平和ボケ」していて、努力しなくても平和でいられるものと錯覚しているようです。
「抑止力」に名をかりて日本の自衛隊が戦争しかけに海外へ出かけて行ったら、戦場で戦死者が出るだけでなく、国内でもテロ攻撃の被害者が続出することになるでしょう。絶対にそんなことにならないよう、今、声を上げるべきです。
  2011年度の海外戦没者の遺骨収集の予算は15億円。帰還した遺骨はわずか1500柱ほど。自衛隊の戦車一両が10億円というのですから、あまりにも少なすぎます。せめて戦車を減らしてでも遺骨収集にお金をまわすべきでしょう。
  いったい、この狭い日本に戦車なんか持っていて、誰と戦うというのでしょうか・・・。馬鹿げています。

(2015年5月刊。740円+税)

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2015年12月10日

医系技官がみたフランスのエリート教育

世界(フランス)

(霧山昴)
著者  入江芙美 、 出版  NTT出版

  九大医学部を卒業したあと、医師として活動するのではなく厚生労働省に入り、フランスに留学します。留学先はフランスのエリート養成機関であるENA(国立行政学院)です。
  日本の官僚は、毎年100人が2年間の海外留学に出かけます。私は、これはとてもいい仕組みだと思うのですが、残念なことに、その行く先80%がアメリカです。いつも戦争ばかりしているアメリカに日本の官僚が行っても、ろくなことを学んでこないように思います。そして15%がイギリスです。残る5%をフランスやカナダの国に行く。
  私は、もっとヨーロッパ各国に日本の官僚は行って学んでくるべきだと思います。とくにスカンジナビア三国なんて、必須ではないでしょうか・・・。
  フランス語を学んでいた著者は迷わずフランスを選択して出かけました。フランスと日本の一番の大きな共通項は、世界トップクラスの医療制度。いま、これを自民・公明の安倍政権が少しずつ壊しています。とんでもないことです。国民皆保険は、日本が豊かで安全・平和な国であるための前提条件です。アメリカは、これがなかなか実現できません。国民皆保険を提唱すると「アカ」呼ばわりされるとのこと。時代錯誤としか思えません。
  ENAは、フランスのグランゼコールというエリート校。グランゼコールの教育目標は、国のために働く優秀な人材を育てること。そこでは実践的な問題解決能力を養うことに重点が置かれている。
  ENAの創立は戦後の1945年10月。その卒業生には、オランド大統領をはじめ、ジスカール・デスタンやシラク元大統領、ジュペ・ジョスパン、ヴ・ヴィルパン元首相などがいる。
  ENAの学生には、給料が支給されている。ENAの授業料は無料。給料をもらうくらいですから、当然です。
  ENAの受験生の8割はシアンスポ(パリ政治学院)出身者。
ENAの卒業生は、卒業して10年間は行政で働く義務が課せられている。これは、民間への流出を防ぐための措置。
  ENAには外国人学生も多く、3分の1を占める。アフリカ出身も多い。逆に、アメリカやイギリスの学生は入っていない。
  
  今は違いますけれど、私も40年以上前の司法修習生のときには授業料がいらず、給料をもらっていました。これが廃止されたのは政策として、まったく間違っています。今では、借金して司法修習するしかありません。一刻も早く給費制を復活したいものです。
  ENAで鍛えられたのは、① 文書作成能力、②コミュニケーション能力、③交渉力、④国際性と幅広い視野、⑤人間力すなわち忍耐力や環境への適応力。
  なるほど、これらは必要な能力ですよね。
  ENA在学中の成績順に卒業時に入省先を選ぶ。これって、能力主義のフランスらしいやり方です。人気の高いポストは、国務院や会計院の監査官、財務監査官。
  フランスの試験はエンピツはダメで、万年筆かボールペン。なぜか?エンピツだと採点する試験官が改ざんできるから。
  ENAの女子学生は3割ほど。女性会社進出では、フランスはヨーッロッパのなかで後進国。ENAはパリではなく、ストラスブールにある。
  フランスの医師は1970年に6万人だったのが、年々増加し、2014年には22万人。人口10万人当たり330人。これは日本の240人を大きく上回っている。
  フランスでも医療の偏在は深刻。南高北低。年中、太陽の光が降り注ぐ地中海沿岸にすみたいというのがフランス人の一般的な願望。
  ENAでフランス人と対等にわたりあった日本人女性です。何年やってもうまくフランス語を話せない私からすると、うらやましい限りとしか言いようがありません。
 
             (2015年9月刊。2800円+税)

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2015年12月11日

「刑務所」で盲導犬を育てる

(霧山昴)
著者  大塚敦子 、 出版  岩波ジュニア新書

  とても素晴らしい取り組みだと思いました。「刑務所」で収容者が盲導犬を育てるというのです。
  子犬が産まれてから盲導犬になるまで2年もかかる。子犬は生後2ヶ月までは母犬のそばで兄弟と一緒に育つ。そして、その後の10か月間を「パーピーウォーカー」と呼ばれるボランティア家庭に預けられ、人の愛情をりっぱに受けて育つ。1歳になると、盲導犬訓練センターに送られ、6ヶ月から1年ほど、プロの訓練士による本格的な訓練を受ける。そして、次に視覚障害者との共同訓練をして、2歳で盲導犬デビューをする。と言っても、実際に盲導犬になるのは3~4割ほど。
  パピーウォーカーのものとで育つ10ヶ月間は、盲導犬になるための「社会化」をする非常に重要な時期。「社会化」とは、人間や人間の暮らす環境に慣らし、人間社会で生きていける犬に育てるということ。
  盲導犬になるためには、愛情を注いでくれる人のもとで、規則正しい生活リズムを身につけ、人混みや駅、電車や車、雨や雪など、さまざまな状況を経験し、人間社会に暮らすためのルールを学ぶ必要がある。何より肝心なのは、その過程で人間に対する信頼を築くこと、人間のために働くのが楽しいと思えるような犬を育てることが、パピーウォーカーのもっとも重要な仕事だ。
  島根あさひ社会復帰促進センターは、日本で4番目の「PFI刑務所」。ほかには山口県の美称、兵庫県の播磨、栃木県の喜連川にある。PFI刑務所は民営刑務所ではない。民間の資金とノウハウを活用して、施設の建設、維持管理・運営をおこなう刑務所。公権力の行使は国の責任。民間は、受刑者の給食、清掃、警備、受付などを担当する。
  日本の刑務所の収容者は2万3千人ほど。男性のほうは定員オーバーの過剰収容状態は解消された。男性は2007年(H19)より減少傾向にある。ところが、女性の収容者は増え続けていて、20年前の3倍にもなっている。
  PFI刑務所では、全員が職業訓練を受けられる。
  国が負担する受刑者1人当たりの費用は、年間250~300万円。
  刑務所で盲導犬を育てるという試みは、アメリカで始まり、成功したといいます。
  犬を訓練するうちに、人間への不信や怒りに満ちていた受刑者たちが、再び人間を信じる心を取り戻していった。人を傷つけただけでなく、みずからも深く傷ついた受刑者たちが、命あるものをケアし、誰かの役に立つ経験をすることで、自分自身を肯定し、他人をも尊重できるようになっていった。
  心温まる本です。犬派の私には涙がこぼれそうなほど、うれしい本でもありました。


(2015年2月刊。840円+税)

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2015年12月12日

江戸の経済事件簿

日本史(江戸)

(霧山昴)
著者  赤坂 治績 、 出版  集英社新書

 2百数十年におよぶ江戸時代を経済の観点でふり返っています。
 江戸時代を通じて、元禄時代は、衣類がもっとも華やかな時期だった。今、着物と言われている衣服が完成したのも、この時期で、当時は小袖(こそで)と言った。
 木綿は、江戸時代のごく初期に庶民の着物の素材となった。木綿の生産地として、とくに有名だったのが、伊勢・松坂。木綿の確保が容易だった伊勢商人が江戸に進出し、次第に多数を占めるようになった。染めていない白木綿は武士と庶民に共通する肌着として使われ、染めた縞木綿は庶民の上着として使われた。
 秀吉時代の南蛮貿易の主要な輸入品は、中国・朝鮮の生糸と絹織物だった。
18世紀前半の享保(将軍・吉宗)期までは、大坂を中心とする上方が日本経済の中心地だった。歌舞伎など、芸能の興行には課税されなかった。芸能人は「河原者」と呼ばれて差別されていて、人間扱いしなかった者から税金をとるわけにはいかなかった。
 18世紀(1720年ころ)、芝居が大ヒットし、役者は年間1000両の給金と夏休みをもらった。そこから「千両役者」という言葉が生まれた。
 落語のほうは、料金は安く、下層庶民の娯楽だった。
井原西鶴は「日本永代蔵」で自らの創意工夫で銀玉百貫目を貯めた人を分限と呼び、千貫目を貯めた人を長者というとしている。
 江戸時代初期は、衣料革命の時代だった。庶民も木綿の着物を着るようになった時期に、越後屋は呉服店を開店した。越後屋は、売掛けのリスク分と、店員が外へ出かけなくてもよくなった分、商品の値段を下げることができた。
 江戸時代は、庶民が派手な色の着物を着ることが禁止されていた。そのため、茶色、ネズミ色、あい(藍)色系統の色など、地味な色を使いながら、微妙に色調を変えて、さまざまないバリエーションの色の着物を編み出した。
 これを知れば、江戸の時代を暗黒の200年とみることなんて許されませんよね・・・。
(2015年9月刊。740円+税)

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2015年12月13日

小泉今日子・書評集

社会

(霧山昴)
著者 小泉今日子  、 出版  中央公論新社

  歌手であり、女優としても有名な著者の10年分の書評が本になりました。
  キョンキョンというそうですが、テレビを見ない私には、どんな女性なのか全然知りません。
  「あまちゃん」に母親役で出演していたそうですね。
  でも、この書評はよく出来ていると感嘆しました。文章が生きています。思わず手にとって書評で紹介されている本を読んでみたいと思わせます。そして、著者の息づかいとともに著者の日常生活の一端が伝わってきます。そして、それによって著者を身近に感じることが出来て、親しみを感じるのです。
  紹介されている97冊のうち、私が読んだと思った本は9冊しかありませんでした。
  私は毎年500冊以上の本を読んでいますので、10年間だと5000冊になります。そして、10年以上にわたって1日1冊の書評を書いていますが、それでもわずか1割しか本が重ならないのですね。これは、ホント不思議な気がしました。でも、読書傾向が異なると、そうなるのでしょうね。
  私は、知りたいから読むという感じが強いのです。何を知りたいのかというと、世の中の仕組み、そして人間なのです。まだまだ探求の旅は続きます。
  本を一冊読み終えると心の中の森がむくむくと豊かになるような感覚がある。その森をもっと豊かにしたくて、知らない言葉や漢字を辞書で調べてノートに書き移した。
  本を読めば勉強になるし、頭の中のことではあるけれど、どこにでも行くことができる。未来でも過去でも、ここにはない世界にでも。ただ文字が並んでいるだけなのに、不思議だなって思う。
  同じ日本語を使っているのに、作家ごとに全然違う世界がつくられているというのもすごいこと。
  家から一歩もでなくても、宇宙でもどこにでも行ける。そして、本を読みながら、自分のこと、誰かのことを考える。それが自分にとって大事だった。
  小説はタイムマシーンだ。ページをめくれば、どこにでも、どの時代にも旅することができる。とても贅沢で、かけがえのない時間が、そこにある。
  本は、心を豊かにしてくれます。そして、そんな本を紹介してくれる書評の本です。
  私も、この書評コーナーを2001年から始めました。


(2015年11月刊。1400円+税)

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2015年12月14日

ゴリラ(第2版)

ゴリラ

(霧山昴)
著者  山極 寿一 、 出版  東京大学出版会

  初版の「ゴリラ」も読んでいますが、10年ぶりの第2版です。
  著者は、現在、京都大学総長です。アフリカのゴリラ研究の第一人者です。今から40年も前のことに始まります。著者が初めてアフリカの地を踏んだのは、1978年7月のこと。
  ゴリラのメスは、まれにしか交尾をしないし、繁殖には時間がかかる。258日間という長い妊婦期間を経て出産すると、その後、3年間の授乳期間は発情しない。
  マウンテンゴリラは、特殊化した葉食者とみなされた。
  葉食者が果実食者と比べて集団重量あたりの遊動域が狭くてすむのは、葉が果実に比べて大量に、そしてどこにでも得られる性質ももっているから。そして、仲間が増えても、食物が不足することがない。
  父系の会社は、アフリカにすむチンパンジーとボノボなどに知られている。
  類人猿の社会構造は大変多様だ。テナガザルはペア、オランウータンは単独生活、ゴリラは単雄複雌の集団、チンパンジーとボノボは複雄複雌の集団をつくって暮らしている。
  ところが、どれも思春期にメスが母親のもとを離れるという性質をもっている。
  メスが血縁どうしで結束する社会からは、メスが集団間を移籍する社会は生まれない。
  チンパンジーとゴリラの社会はメスの移入を許さない。ゴリラのメスは、一緒に遊動するオスがいれば、メスの仲間がいなくても生きていける。これが母系社会と違うところ。
  母系社会のメスにとって、ともに遊動生活を送るメスの仲間がいることが生存するうえで不可欠。それも血縁のメスであることが望ましい。
  ゴリラのメスは、みずから積極的に移籍している。およそ8歳のころのこと。移籍先で子どもが生まれないと、再移籍することが多い。
  幼児のころから顔見知りの親子や兄弟の間柄にあるオスたちは、ひとつの集団にメスとともに共存できる。
  単独オスは、音を立てずに距離をおいてついて歩くので、気づかれない。メスだけに自分の姿を見せて誘う。若いオスが離脱するときには、まず親集団とつかず離れずして自分の遊動域を拡大していく。オスのほうがメスより集団に未練を残しながら、ゆっくりと去っていく。
  ゴリラは、ニホンザルと違って、力の劣る相手に自分の採食場を譲ることがある。そして、食物を譲るときにも、必ず地面や膝の上に落としから相手にとらせる。口や手で渡すことはしない。ゴリラは相手と直接かかわるのを避け、なるべく接触しないようにして対等につきあおうとする傾向が強い。
  こんなゴリラの生活習慣って、本当に人間とよく似ていますよね。そのゴリラが、アフリカで絶滅の心配があるといいます。森林がなくなり、戦争し、人間が病気をもち込むからです。みんな、私たちにはね返ってきます。
 ゴリラ、チンパンジー、サル。本当に面白いですね。観察するのは大変だと思いますが、ぜひ引き続きたくさんレポートしてほしいものです。


(2015年8月刊2900円+税)

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2015年12月15日

FIFA、腐敗の全内幕

イギリス


(霧山昴)
著者  アンドリュー・ジェニングス 、 出版  文芸春秋

  71歳の調査報道記者が世界サッカーを統括する国際サッカー連盟(FIFA)を食い物にする、汚いヤミ取引の内幕を暴露しています。
  スイス警察がFIFAの最高幹部7人を逮捕した。その容疑は、1億5000万ドルの横領。
  著者のジェニングスは、1980年代には汚職警察、タイの麻薬取引そして、イタリアのマフィアを調べ上げた。そして、ここ15年は、国際サッカー連盟(FIFA)に焦点を絞っていた。
  FIFAをマフィアと呼ぶのは冗談ではない。FIFAを牛耳るブラッター会長のグループは、組織犯罪シンジケートを共通する要素をすべてそなえている。強くて冷酷なリーダー、序列、メンバーに対する厳しい掟、権力と金という目標、入り組んだ違法で不道徳な活動内容。
ブラッター会長は6つのサッカー連盟を支配している。
ブラッター会長は、ワールドカップが稼ぎ出す何十億ドルもの大金を背景に、巨大な権力を握っている。その権力をつかって209の国と地域を買収する。そして、相手は彼が権力の座を確保できるように喜んで投票する。潤滑油となっているのは、ほとんど無審査の「開発育成交付金」であり、現金で売られる莫大な数のワールドカップ・チケットだ。
  チケットは闇マーケットに流れ、表に出ない無税の利益になる。ブラッターが見返りに求めるのは、投票場での忠誠と会議での沈黙だけ。
  連盟や協会の多くの代表にとって、ブラッター会長は自分たちのお金で買うことのできる最高の会長だ。そんなブラッターを交代させる手はない。ブラッターよ。永遠なれ!
  こんな巨大な国際組織の中で反対意見はめったに聞こえてこない。FIFAは本質的に反民主主義の組織なのである。
  FIFAは2010年に2018年と2022年の開催地を同時投票で決定した。大会の開催地を一度に2回分決めたことは、かつてないこと。10年先のスポンサー権やテレビ放送権の価値を正確に予測することは誰もできないのに・・・。
  ブラッター会長の世界では、「沈黙の掟」を破ることこそ、組織犯罪で最大の罪である。
  この「掟」を破った理事は永久追放される。
ブラッター会長は、役員会の内容をすべて規則によって「極秘」とした。それによって、FIFAのお金を自由に使える。最高級のホテルで贅沢三昧をし、チャーター機で王様のような旅をした。給料、ボーナス、必要経費、車、住宅手当など、あらゆる項目で、自分と家族そして愛人のためにFIFAからお金を絞りとった。
  ブラッター会長は、ほかの役員の同意を要せず、自由に小切手を切ることができた。
  そして、FIFAのお金を、どんな相手にも渡せた。FIFAの規約では、ブラッター会長は、世界のいかなる国の法律の制約も受けないと定められている。
  この本を読むと、サッカー試合って、まるで汚物まみれにしか見えなくなります。スポーツによって健全な精神が養われ、育つどころではありません。早くなんとかしてほしいものです。

(2015年10月刊。1600円+税)

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2015年12月16日

時を刻む湖

生物

(霧山昴)
著者  中川毅 、 出版  岩波書店

「レイク・スイゲツ」というのが世界に有名なのだそうです。福井県にある水月湖のことです。いった何のことでしょうか・・・。
  「世界一精密な年代目盛り。福井・水月湖。堆積物5万年分。誤差は170年。考古学の標準時に」
  水月湖は、日本海の若狭海岸に位置している。水月湖には直接流入する河川がなく、水深も30メートル以上と深い。水月湖の年縞は、氷河期の寒い時代には1枚が0.6ミリ、その後の暖かい時代には1,2ミリ。これが厚さにして45メートル、時間にして7万年分たまっている。
縞模様は、1枚が1ミリにも満たない薄い地層。この薄い地層は1年に1枚ずつ、きわめて規則正しく堆積したもの。年縞と呼ばれる。
水月湖の底にたまる物質は、春は、珪藻が大繁殖したあと死滅して湖底にたまったもの。夏は、植物プランクトンが死んで湖底に沈んだもの。これは、比較的厚い有機物の層となる。秋から冬にかけては、鉄の炭酸塩が析出して湖底にたまる。このように水月湖の湖底には、季節ごとに違う物質が堆積している。
  水月湖は、周囲を高い山に囲まれているため、日本海の強風が直接吹き付けることがない。多少の風が吹いても、水深34メートルと深いため、湖底の水までかき混ぜることはない。だから、波や風によって湖底に酸素を供給することはない。
  水月湖の湖底には、セ氏4度の水があり、湖底から浮かび上がれないので、湖底は大気から切り離されて酸欠状態になる。そのため、年縞が生物によってかき乱されることもなかった。
水月湖にある活断層は水月湖を深くする方向に作用している。このスピードは、水月湖に堆積物がたまるスピードよりわずかに速い。この絶妙なバランスのおかげで、水月湖は埋積によって浅くなることもなく、7万年もの長いあいだ年縞を形成し続けることができた。
  学者たちは、土の縞模様をひたすら数え、葉っぱの年代をひたすら測り、それらを組み合わせていった。単純だが、それだけに根気のいる作業を何年にもわたって続けたのです。偉いですよね。木の年輪と同じものを垂直の土の縞で明らかにしたというのです。しかも7万年分も・・・。その多大なご苦労に対して心からなる拍手を贈ります。

(2015年9月刊。1200円+税)

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2015年12月17日

NHKはなぜ、反知性主義に乗っ取られたのか

社会


(霧山昴)
著者  上村 達男 、 出版  東陽経済新報社

 NHKの籾井会長が今もなお罷面されずに居座っているのが不思議でなりません。
 九大を出て三井物産に入り、副社長にまでなっているので、グローバル人材と言えるはずなのですが、その内実は粗野にして卑、なにかというと怒鳴り散らすという、知性のかけらもない人物のようです。残念です・・・。
 「政府が右と言ってるものを、我々が左と言うわけにはいかない」
 「特定秘密保護法案は成立したのだから・・」
 NHKが政府の方針に反する報道はできないというのは、放送法に明らかに反する。NHKの会長が、そんなことも理解できないとは・・・・。
 籾井会長は、理事全員に日付のない辞表の提出を強要した。それが国会で問題になったときには、理事にカン口会を敷いたが、理事たちが造反して、事実を証言した。
  籾井会長は、人を敵か味方かに分けて、自分を批判する人は、敵だからと受け止める。いかにも単純な二分法なので、これでは議論が成り立たない。
  「不偏不党」「自立と表現の自由の確保」を定めた放送法の精神は、籾井会長とそれに追従する人々によって、危機に瀕している。
NHKの会長は経営委員会によって選任される。著者も3年間、その経営委員12人の一人でした。
従軍慰安婦問題について、籾井会長は、「どこの国にもあったことです」と言い、「日韓条約で全部解決している」と高言した。とんでもない間違いだ。籾井会長は、これを失言と認めるつもりは、今もない。
籾井会長は、人の話を聞けないし、人のいうことが理解できない。だから、議論ができない。建設的なコミュニケーション能力がまったくない。理事が報告書を出しても読まないし、読めない。
今のNHKは、物事をまともに考えている人たちを、何も考えていない人が支配し、結果として、その人たちの人生を好きにもてあそんでいる。
籾井会長は、ふだんからNHKの番組は見ていない。ところが、偏向番組という評価だけは、しっかり認定している。
「俺は宴会は得意だ」。こんなことを籾井会長は言うのだそうです。やり切れませんね。
2015年3月の国会におけるNHK予算の審議においては、それまでの与野党全会一致という原則が崩れて、可否同数になった。実質的には否決されたということ。
日本の文化を世界に発信してきた天下のNHKが、今、泣いています。モミイなんて会長は一刻も早く更迭すべきです。

  
(2015年10月刊。1500円+税)

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2015年12月18日

タイ、混迷からの脱出

タイ

(霧山昴)
著者  高橋 徹 、 出版  日本経済新聞出版社

 私はタイのバンコクに10年ほど前に一度だけ行ったことがあります。仏教を信じる人が多く、おだやかな人々の暮らしが営まれているという印象でした。個人的には、繁華街の路上でフットマッサージをしてもらい、心地良かったことも思い出します。
ところが、そんなバンコク中心部をデモ隊が占領したり、果ては暴動の現場となったり、バンコクとタイへの印象をすっかり変えなければいけない事態が頻発しました。言わずと知れた、タクシン派と反タクシン派の抗争です。激しい政争というのは理解できるのですが、暴力的な占拠や衝突、そして軍部によるクーデダまで起きると、私の理解をはるかに超えてしまいます。
この本は、タイの政治の内情を新聞記者らしく紹介しています。
民主主義のルールを無視し、議会政治をないがしろにした、力任せの「街頭政治」がまかり通ってきたのが、ここ数年のタイの状況だ。
タクシン派は「選挙がすべて」と叫び、国民の多数の支持を受けたという権力の「正統性」を主張する。それに対して、恩赦法案のような多数派の横暴は、権力行使の「正当性」を欠くと反タクシン派は訴える。
タクシン政権の圧倒的な議席数におごった強権的な政治姿勢や不透明な政策プロセス、一族や取り巻きの企業に露骨に利権誘導する金権体質が、官僚や企業経営者、知識人、そして都市中間層など保守勢力の反感を招いた。
2014年10月の時点で、タイに住む日本人は6万4千人。これは、アメリカ、中国、オーストラリア、イギリスに次いで5番目に多い。そして、タイに進出している日本企業は4600社。バンコクの日本人学校(小・中学)は、3000人の小・中学生徒が通う、世界最大規模だ。
外国からタイへの投資額の6割を日本が占める。
日本に来たタイ人は、2013年に45万人、2014万人に66万人。
タイで売れる新車の9割は日本製。和食や日本アニメも大人気。
タイの中心部を流れるチャオプラセ川を一般名詞の「川」と呼んだのが川の名前だと勘違いした。
タイの都市部の識字率は96%。タイが「アジアの工場」として発展したのは、この識字率の高さと無関係ではない。
タイでは華人が積極的に同化することもすすんでいる。現在のタイで、華人への偏見、差別は、まったくない。
1976年、タマサート大学の構内で抗議デモをしている学生たちへ警察隊が無差別発砲して、46人の死者を出した。血の水曜日事件と呼ばれる。その後、森に入った学生闘士は3千人にのぼると言われた。
2001年2月、51歳のタクシン首相が誕生した。漢字で丘達新と書く。警察士官学校を首席で卒業し、警察官となった。副業としてコンピューター関連の仕事をし、ケータイ分野に乗り出し、通信王と呼ばれるほどに成功した。タクシン人気は、農村振興と貧困対策を基にしている。これによって世帯収入の低いコメ農家の多い東北部、北部の有権者に熱狂的に支持された。タイも貧富の格差が大きい。11.1倍。日本は6.5倍。
仏教国のタイでも、最南部の3県では、住民の9割がイスラム教徒で占める。タイでは、クーデターのたびに憲法の廃止と制定を繰り返し、最近も12回目の憲法制定がなされた。
タイでも汚職は状態化している。政治軍人も政治実業家も、汚職体質という点では、同じ穴のムジナだ。
王室の「中立性」が揺らいでしまった。王室は反タクシン派と寄りみられるようになった。
ジャーナリストとしての視点がありますので、概説としてはいいのですが、もっと本質的な突っ込んだ分析がほしいと思わせる本でもありました。
(2015年9月刊。2600円+税)

仏検(フランス語検定試験)の結果を知らせるハガキが届きました。11月に受けた準一級の試験です。予想どおり合格でした。自己採点で87点でしたが、なんと2点も上回っていて、89点です。合格点は73点ですから16点もオーバーしています(150点満点です)。いつも控え目で謙虚な私の性格から自己採点が低かったとつぶやいたところ、「えっ、なんのこと、、、」という反応がありました。つい本当のことを言っただけなのですが、、、。1月下旬に、口頭試問を受けます。難行苦行が続きます。

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2015年12月19日

『昭和天皇実録』を読む

日本史(戦前)

(霧山昴)
著者  原 武史 、 出版  岩波新書

  昭和天皇は、生まれてすぐ沼津に行った。東京生まれ、東京で育ちながら、かなりの
時間を沼津で過ごした。川村純義(すみよし)という伯爵の家に預けられるが、川村の別邸が沼津にあり、1年のうち3ヶ月も沼津で過ごした。そこで、多くの女性に囲まれていた。母親も、皇后も、実の祖母も曾祖母まで沼津にいて、4人の叔母たちもいた。
  昭和天皇は幼少のころ、キリスト信者者が保母だった。
  昭和天皇は天皇家のしきたりを改めようとするが、母親や側近の女性たちの抵抗にあう。昭和天皇はヨーロッパ訪問したあと、ライフスタイルを西洋風に改める。これが母親との確執の原因となる。母親は、日本の伝統や皇室のしきたりを蔑ろにして、西洋かぶれになってしまったと昭和天皇を心配(批判)した。
  昭和天皇には女性的なところがある。かん高い声や話し方など、だから、政府は、1945年8月の玉音放送まで一般国民に対して声を聞かせることがなかった。
  戦前、神功皇后を天皇として認めなかったのは、昭和天皇が天皇になる前に、母親が自分のかわりに天皇となる可能性があったから、それを恐れていた。
  「昭和天皇実録」という本は昭和天皇の実像を知る手掛かりにはなるようですね。といっても、61冊、1万2千頁にもなるというのですから、とても実物を読もうとは思いません。
  そこで、その内容をコンパクトに紹介してくれる便利な本です。

(2015年9月刊。800円+税)

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2015年12月20日

満州と岸信介

日本史(戦前)

(霧山昴)
著者  太田 尚樹 、 出版  カドカワ

  アベ首相の憧れの祖父・岸信介を美化した本です。ただ、岸信介が満州国づくりに深く関わっていたことを再認識することができる本でもあります。
  満州国の表の顔は、満州産業開発5ヶ年計画によって、東洋一の規模の豊満ダム、鴨緑江水電、重工業、製鋼所、浅野セメント、住友金属、沖電気・・・、そして満鉄「あじあ号」、ヤマトホテル、関東軍司令部・・・。このようにして、広大な原野に大都市が出現した。
岸信介にとって、満州にいた3年間は、革新官僚・岸信介が政治家・岸信介に変貌していく3年間でもあった。
夜の満州は甘粕正彦が支配していた。甘粕はアナーキストの大杉栄一家を関東大震災のときに虐殺した張本人である。岸は甘粕を頼りにしていた。
  満州国の裏の顔は阿片。岸信介が阿片による金もうけ無縁だったはずはない。岸の側近であった古海忠之は、自分が阿片に深く関わっていたことを認めている。
  満州国というのは、関東軍の機密費づくりの巨大な装置だった。謀略に使われる機密費を阿片によって捻出していたのが総務庁だった。岸信介は総務庁の次長として、それを取り仕切っていた。
  阿片の上がりは、満州中央銀行、上海と大連の横浜正金銀行、台湾銀行の口座に預けられていた。中国大陸に広く展開する総勢100万の日本軍を維持するのに、国家予算ではとうてい追いつかない。そればかりか、内地の陸軍部隊も阿片から収益に頼る部分が大きかった。
  阿片を吸引していた中国人が廃人となっていったのです。その悲惨な状況をつくり出した責任は日本軍にもありました。本書は、その点に触れることはありません。あくまで岸の手柄話に終始しています。良心に欠けているところがあるようで、とても残念です。

(2015年9月刊。1700円+税)

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2015年12月21日

さらばアホノミクス

社会

(霧山昴)
著者  浜 矩子 、 出版  毎日新聞出版

  小柄な著者の講演を何回か聴きましたが、そのたびに小気味のいい切れ味で、すっかり共感したものです。この本は、著者の語りそのままが活字になっていて、読んでスッキリ、納得できます。
  なんで、こんなアホなアベ首相を支持する人が今なお4割を超えているのか、私には理解できず、不思議でなりません。
  アベノミクスは、経済政策とも呼べない。まともな政策の体(てい)をなしていない。「三本の矢」といっても、矢どころか、的そのものかはずれ。
  アベノミクスは、強さと力と大きさのみ。これらに固執していると、人間不在の世界になる。経済活動は人間の営みなのに、その中で人間が主役になれない。労働者ではなくて労働力。技術者ではなくて技術力。国民ではなくて国力。関心の商店が「人」から「力」へ移っている。
  アベ首相は、アベノミクスは外交安全保障政策と表裏一体だと高言した。防衛費を増すことは考えても、国民福祉の考えはない。防衛費は3年連続で増やし続け、今や5兆円をえている。他方、生活保護費は削減するばかり。
  アベノミクスは、貧乏人を救うためには、金持ちをより金持ちにすることが必要だという。何ともおかしな考え方である。今の日本でやるべきことは、分配政策。豊かさの中の貧困の解消だ。今の日本経済は成熟経済だ。成熟経済に必要なのは、分かち合いの論理であって、奪い合いの論理ではない。一握りの強者が栄えることで、全体が元気になれるという発想は幻想だ。
 政策は強き者をより強くするためにあるわけではない。弱き者の生きる権利を守ることが、その本源的役割だ。
 とても切れ味よく、爽やかな読後感のある小冊子(190頁)です。すぐに読めます。あなたも、ぜひ、ご一読ください。
(2015年12月刊。1100円+税)

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2015年12月22日

武器ビジネス(下)

アメリカ

(霧山昴)
著者  アンドルー・ファインスタイン 、 出版  原書房

  アメリカの武器製造は、1941年から43年にかけて、8倍に増大した。
  戦争は芸術ではなく、ビジネスでありアメリカは巨大な、超巨大な企業である。
  アメリカ海兵隊出身の将軍は退役してから、自分の半生をふり帰り、「大企業の高級用心棒として過ごした。つまり、ゆすり屋、資本主義のためのギャングだった」と述懐した。
  アメリカの武器ビジネスは、軍需品製造業者と軍部だけでなく、議会も加わった組織的共謀である。
  1980年代を通じて、アフガニスタンのムジャヒディンは、ソ連にとってのベトナム戦争になった過酷なゲリラ戦におけるアメリカの代理兵士だった。要するに、アメリカは、ムジャヒディンを養成していたのです。そして、養成された彼らが今、アメリカに歯向かっています。なんという皮肉でしょうか。
1980年代のアフガンの自由の戦士たちは、1990年代と2000年代のアルカイダとタリバンの戦闘員の先祖だった。アフガニスタンの真の勝利者は、アメリカの軍産複合体だった。
  オバマ大統領は、世界最強の軍隊を受け継いだ。それは、もっとも高価で、間違いなく、もっとも組織的に腐敗した軍隊でもあった。
  アメリカは群を抜いて世界最大の武器製造国であり、売却国であり、輸入国でもある。
2008年の61%を最高に、世界の武器の40%を売却している。その軍事支出は、2001年以降、81%も増加し、今や世界の43%を占めている。それは、第二位の中国の6倍である。
  「我々の腐敗行為は合法である。合法的な贈収賄だ」
世界最大の防衛受注企業であるロッキードは、同じアメリカの巨大企業ボーイングとノースロップ・ブランマン、イギリスのBAEとともに武器ビジネスを支配している。
  政府と防衛受注企業とのあいだには、「回転ドア」と称される激しい人の出入りがある。
  1969年の1年だけで2000人以上の軍将校が主要な防衛受注企業のために働こうとしていた。ロッキードは、210人の元軍将校を雇用してトップに立った。
  アメリカでは、融資は受注企業だけでなく、その顧客にまで行われる。たとえば、1970年代、アメリカ政府のチリ向け融資は、独裁者ピノチェト将軍のもとで軍事費3倍増となる資金を供給した。アメリカ国防総省の受注企業の上位10社の取引総額は2001年の460億ドルから、2003年には800億ドルとなり、75%ほど上昇した。
  アメリカの副大統領となったディック・チェイニーは、「ハリバートン」のCEOになった。チェイニーは、在任中、定期的に「ハリバートン」を賞賛した。副大統領として「ハリバートン」の
120万ドルのストックオプションをもち、そこから毎年、何百万円もの配当を受けていた。
  過去2年間に、イラクでは30億ドル分もの武器取引がおこなわれた。イラク軍へ36万挺という小火器が取引された。その多くは、アメリカ製とイギリス製。
  そのほか、6万4000挺というカラシニコフがボスニアからイラクへ送られた。
  防衛に10億ドルを投資するごとに、8555人の雇用が創出される。これに対して、医療に同額を投資したら、18万3千人の雇用。教育分野では、1万8000人の雇用が創出される。
  イスラエルは、アメリカの軍事援助の大半を、対外軍事融資と呼ばれるものを通じて受け取っていた。アメリカの武器購入助成金である。イスラエルは、アメリカの軍事援助を受けて成り立っている国なのである。
戦争で人を「合法的」に殺すのに加担し、推進する軍事ビジネスが日本で栄えることを、日本人として許すわけにはいきません。
  
(2015年6月刊。2400円+税)

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2015年12月23日

ベテラン弁護士の「争わない生き方」

司法

(霧山昴)
著者  西中 務 、 出版  ぱる出版

  私も弁護士生活が40年以上となりましたが、この本の著者は45年以上ですので、さらに先輩となります。
  弁護士の仕事というと、人の争いごとでもうけていると思われるかもしれないけれど、大きな誤解だ。弁護士ほど「争わない生き方」を望んでいる職業はない。なぜなら、争いをして人生に良いことはなにもないと実感しているから・・・。
  私もまったく同感、と言いたいところではありますが、残念ながら、それほど簡単に断言することはできません。というのも、人の社会(世界)に争いごとがなくなるはずはないというのも日々、実感しているからです。争いごとは、金銭・男女・親子関係・政治・思想など、さまざまな要素で発生します。そのとき、一定のルールに従って処理しようとする専門家は不可欠だと思うのです。また、「もうける」というが、それによって「食べていくプロ」が生まれるのも必然のように思うのです。なぜなら、プロだからこそ職業倫理でしばることができるからです。これは行政による監督もあれば、弁護士会のような自治組織であっても言えます。
  まあ、そうは言っても、争いごとが少ないほど人生は充実している気がしています。無用な争いに時間を割くのは人生のムダだと日々、私は実感しています。
  高級老人ホームを経営している理事長は、子どもの教育に熱心な親ほど、老人ホームに入所したあと、子どもが親に面会に来ない。子どもを一流大学に入れ、一流会社に就職した子どもほど、面会に来ない。ところが親が亡くなると、すぐに駆けつける。
  老人ホームの保証金がいくら返ってくるかをめぐって、子ども同士の争いが始まる。高学歴で、一流の会社に働いていると、自らの能力が高いために、おごり高ぶり、相手の至らぬ点を改めて自分の利を得ようとする考えになりやすいようだ・・・。
 うむむ、胸の痛む指摘です。幸い、私の両親が亡くなったとき、我が姉兄で争族問題は起きませんでした。
  大阪で活躍しているベテラン弁護士が書いた本です。大阪には、かの橋下のような嘘八百を並べる鉄面皮の弁護士がいて、弁護士の社会的評価を下げているのが残念でなりません。

(2015年11月刊。1300円+税)

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2015年12月24日

優しいサヨクの復活

社会

(霧山昴)
著者  島田雅彦 、 出版  PHP新書

  政権中枢にいる人々の発言には唖然とするばかりで、ある朝、目覚めたら、日本は全体主義国家になっていたようなもの。
  安倍首相「みっともない憲法ですよ」
中谷・防衛大臣「憲法を安保法案に合わせる」
西田昌司・副幹事長「国民に主権があるのがおかしい」
船田元・憲法改正推進本部長代行「公益のために私有財産を没収できるようにしたい」
礒崎陽輔・同本部事務局長「立憲主義なんて聞いたことがない」
石破茂・前幹事長「出動を拒む兵員は死刑。反対デモはテロ行為と同じ」
これは、みな悪い冗談なんかではなく、公の席で高言したものです。言った本人だけでなく、それに頷く人々がいるのも恐ろしい。公然と国会議員に課された憲法擁護尊重義務に反し、平和主義に反する主張をしている人々が、現在の日本の舵取りをしている。これって、本当に危険ですよね。
これまで、多くの日本人があまりに政治に無関心だったことを深く恥じ入らなければいけない。
国家が戦争に加担し、原子力発電を推進するなら、市民は国家に対する不服従運動を展開するしかない。今、実に40年ぶりに人々が路上から声を上げている。
図らずも、安倍政権は若者に大いなる政治的錯覚を促すことに逆説的に貢献したといえる。そもそも自民党は、戦後、アメリカが日本を反共の防波堤にしようとしたときに受け皿としてつくられたもの。その出自から、アメリカへの服従を宿命づけられている。そして、民主党は、自民党に劣化版でしかない。おおさか維新は自民党と一体のようですね。
いまこそサヨクの存在価値を見直すときが来た。日本には共産党という、自民党よりも古い歴史をもつ政党があり、ブレない野党として、異議申立し続けている。国会論戦での志位和夫委員長は舌鋒鋭く、発言も真を突いている。
現行憲法を「平和ぼけ」と攻撃する人は、憲法に背いてでも、「世界の警察」であるアメリカの片棒を担ぎたくてしようがないようだ。しかし、「世界の警察」としての正義は達成されたことがない。
現行憲法を押しつけたからと言って改めようとするくせに、おなじ押しつけである日米安保条約はかたくなに守ろうとする。つまりは、日米安保条約を憲法の上位に置こうとする。
彼らは国家を最優先するように見せかけながら、実は国家を私物化している。
表向きは勇ましいことを高言しながら、その実、戦争法をテコに産業界を大もうけさせ、賄賂をせしめようとするさもしい連中に負けてなんかおれません。
どの子も殺させない。本当に大切なスローガンです。
安保法制が運用される前に、ぜひともその息の根を止めましょう。
読んで元気の湧いてくる新書です。


(2015年10月刊。800円+税)

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2015年12月25日

動くものはすべて殺せ

アメリカ


(霧山昴)
著者  ニック・タース 、 出版  みすず書房

 アメリカのベトナム侵略戦争は、アメリカの退廃を加速化させた戦争でした。
 アメリカ兵はベトナムで何をしたか。ここでいうアメリカ兵というのは、当時の私と同じ20歳前後の青年です。5万人ものアメリカ兵が戦場で生命を落としています(ベトナムの青年は、それより桁が2つくらい多く亡くなっています)。若いときに人非人の行いをした人が、成人になったとき、まともに生きていけるはずはありません。無数の「殺人鬼」を内包するアメリカ社会が一段と病的なものになったのも必然です。
この本は、アメリカ兵がベトナムでした残虐行為を改めて明らかにしています。この本を読むと、ソンミ村虐殺事件は日常的に起きていたものの一つだったことがよく分かります。
上官は、兵士が「女性も子どもも殺すのですか?」と訊いたとき、こう答えた。「動くものは、すべて殺せ」。
アメリカ兵がベトナムの無抵抗な民間人を殺し続け、その死体の山を築いていったあと、何と公表したか。「手強い敵の部隊との正当な戦闘の末、アメリカ軍は、ひとりの戦死者も出さずに敵兵128人を殺害した」。
ソンミ事件(ミライ事件)では、C中隊のカリー中尉だけが罪に問われた。30人の将兵が関わり、28人が士官、2人が将官だとされながら・・・。そして、カリー中尉は民間人22人を計画的に殺害したとして終身刑を宣告された。ところが、ニクソン大統領はカリーを釈放し、自宅軟禁とした。カリーは40ヶ月間の刑に服したが、そのほとんどを快適な士官宿舎の自宅で過ごした。なんということでしょう。一人を殺したら、殺人犯だけど、大勢の人を殺せば英雄なんですね。
 私が大学2年生のころ(1969年)、アメリカン軍兵士は、ベトナムに54万人、ベトナム国外に20万人もいた。総計300万人ものアメリカ軍兵士が東南アジアに派遣された。ベトナム共和国陸軍は100万人。これに対して、北ベトナム軍は5万人の兵士と、軍服を着た人民解放軍兵士6万人、更にゲリラが数十万人いた。
アメリカ軍は、共産主義者の侵略から南ベトナムの人々を守るために戦っていたはず。しかし、現実には、ベトナムの農民の大半は敵と通じているか、日が沈めばゲリラになるものと決めつけ、平気で民間人を殺していた。
ベトナムの人々にとっては、家族のため、故郷のため、祖国のための闘争だった。
アメリカ兵の訓練の過程で、新兵士たちは、ためらうことなく人を殺すことを最善とする、暴力と残忍の文化に取り込まれる。
ベトナム人については、グーク、細目、キツネ目、吊り目、半食い虫といった、人間性を完全に否定するような呼び名を使っていた。
あいつらは動物みたいなもんだ。人間じゃない。
ベトナム人が人間であるかのように話すことは許されなかった。ベトナム人に対しては、どんな情けも無用だと言われた。これは、ナチス・ドイツ軍がユダヤ人を殺すときの状況とまったく同じですね。ユダヤ人は人間じゃないと、ドイツ兵は繰り返し叩きこまれていました。
戦場に出て6ヶ月で実力を証明しなければ昇進が望めなかった下位ランクの士官と彼らが指揮をとっていた戦闘部隊は、つねに敵の「殺害数」をあげなければならないというプレッシャーにさらされていた。事実上は殺人ノルマだったこの数値の達成や超過達成は、ベトナムでの任務に大きな影響を及ぼした。いちばんボディカウントの多かった部隊には、保養休暇か、ビールがひとケース余分に与えられた。
19歳の若造に、人殺しをしてもいいんだ、そうすればご褒美がもらえるぞというわけだ。頭がおかしくなっても不思議ではない。
ボディカウントに民間人死亡者数が含まれていることなど問題にならなかった。殺害数が足りないときには、捕虜や拘留したものをさっさと殺してしまった。
ジョンソン大統領は、ベトナムを「くだらないカスも同然の小国」と考えていた。ベトナムは「アジアの屋外使所」「文明のごみ捨て場」「世界のけつの穴」と蔑んだ。ところが、文明国・アメリカは、その軽蔑した「けつの穴」に見事に惨敗・敗退したのでした・・・。
「何も気に病むことはない。またグークの死体がいくつか増えるだけのこと。早いとこ、やつらを皆殺しにしてしまえば、それだけ早く、オレたちは帰国できるんだ」
アメリカ軍によるサーチ・アンド・デストロイ作戦は、むしろ革命軍を戦術上、圧倒的な優位に立たせてしまった。アメリカ軍はいつも必ず守勢にまわる破目に陥った。
ベトコンがアメリカ軍部隊に奇襲をかけたケースが全体の8割近かった。アメリカ軍は効果的に敵軍と闘えなかったため、とりあえず何でも攻撃できるものを標的にした。つまり、民間人がもっとも重い代償を支払うことが多かった。
「そこにいるのは、みんなベトコンだ。殺してしまえ」
これは、現在、アメリカ軍がイラクやアフガニスタンで置かれている状況とまるで同じですよね。侵略軍の宿命ですね・・・。
アメリカ軍でも、将官や佐官は戦場に出ない。彼らは基地でゆったりくつろぐか、ヘリコプター座席にすわって細かく指示を飛ばすだけ。兵士は汚れた体で腹を空かせ脱水症状に悔やまされながら、足を引きずるようにして泥や牛糞や水のなかを歩く。熱疲労に襲われ、ヒアリに咬まれ、蚊に刺される。
戦争が終わったとき、ベトナムでは50万人もの女性が売春婦に身を落としていた。
ベトナムの民間人にとって最大の脅威は、逃げる者は撃つというアメリカ軍の方針だった。
1971年アメリカ軍は、崩壊寸前だった。アメリカ軍の士気、規律、戦闘対応能力は、わずかな例外を除いて、史上最低にして最悪であった。ベトナムに残っているアメリカ軍の陸軍は崩壊に近づきつつある。各部隊が戦闘を避け、拒み、自分たちの士官や下士官を殺害し、麻薬漬けになっている。暴動寸前ではない部隊では、隊員がすっかり気力をなくしている。
第九歩兵師団は、ある作戦のなかで1万人以上の敵兵を殺害したと報告したのに、回収した兵器は、わずか750点でしかなかった。ある一週間に700人のゲリラを殺害したというのに、捕獲された武器はわずか9点でしかなかった。これは、どういうことか・・・。武器を持たない民間人を一方的に殺害したということ。
アメリカ軍のなかでは狂気にみちた殺人鬼のような兵士が出世していった。
戦争は人を気狂いにしてしまうこと、それを英雄視することから、社会全体が狂っていくことがよく分かります。今ごろ何で40年以上も前のベトナム戦争を振り返るのか・・・。それは、アメリカ軍が今もイラクやアフガニスタン、そしてシリアで空爆したり、戦争を仕掛けている現実があるから、この本はまさしく今日的意義があります。
武力に対して武力で対抗しても勝てないし、平和は生まれないということです。全世界の人々が一刻も早くこのことを自覚する必要があります。憲法九条の精神を国際社会に広めたいものです。
(2015年10月刊。3800円+税)

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2015年12月26日

インバウンドの衝撃

社会 中国

(霧山昴)
著者  牧野 知弘 、 出版  祥伝社新書

 今、福岡港には連日のように大型客船が入港し、中国人による「爆買い」が進行中です。なにしろ一隻で4000人もの客が乗っていますので、福岡県内の観光バス100台が港に集結し、市内の各所で渋滞騒ぎが起きるのです。一部の商店は大もうけしているようですね。
 中国人爆買いの対象は、医薬品、化粧品そして温水便座。中国では日本製をうたったニセモノが横行しているので、日本でホンモノを買う。
2003年の訪日外国人521万人のうち、トップは韓国で146万人、28%だった。 
2014年には台湾283万人(21%)、韓国276万人(20%)、中国241万人(18%)。中国と台湾の人々が激増している。東南アジアからも160万人(12%)と増えている。
「円安」もその要因になっている。各国で旅行する余裕のある中間所得層が増え、ビザが緩和されたことも急増した理由。
中国人は、日本をふくめた海外の不動産に投資することが増えている。都内に新しく建設されるタワーマンションは、中国人富裕層に圧倒的な人気がある。
東京のホテルが絶好調で、今やお得意様は、すっかり外国人。東京には1万室のホテルが足りない。京都に行って泊まりたくても「宿がない」状況になっている。
外国人観光客が増えること自体は歓迎すべきことです。異文化交流は、もっと進めたほうがいいと思います。それこそ草の根からの平和外交です。自衛隊の軍備を強化するより、観光地の整備・立て直しにお金をつかったほうが、どれだけ建設的なことでしょうか。
 アベ政権の危険な軍備拡張路線は一刻も早く止めさせましょう。
(2015年10月刊。800円+税)

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2015年12月27日

朝鮮・東学農民戦争を知ってますか?

朝鮮

(霧山昴)
著者  宋 基淑 、 出版  梨の木舎

  日清戦争が始まったのは1894年。その年に、朝鮮半島で、農民が立ちあがりました。
  はじめ、敵は中国でも日本でもなく、朝鮮王朝の横暴な政治への抗議行動でした。
  1000人で始まった農民軍の戦いは、次第に増えていき、ついには、何万人、何十万人へとふくれ上がっていきます。朝鮮王朝の政府軍に対しては、農楽隊が景気づけをしながら、鶏かご作戦など、知恵と工夫で連戦連勝していきます。
  ところが、中国軍が登場し、さらには、日本軍が出てくると、農民軍は竹槍主体でしかなく、武器・弾薬がたちまち欠乏して、日本軍の近代兵器の前には、なす術もなく敗退していきます。日本軍は戦上手なうえに冷酷無比。農民軍を圧倒し、虐殺の限りを尽くすのです。
  日本人として、日本が朝鮮半島を植民地化していく過程をきちんと認識しておく必要があると痛感しました。
  この本には、初めにマンガで少し背景の説明があります。それで、イメージをもって本文にとりかかれます。本文は、子ども向けのように分りやすい文章で、農民軍のたたかいの苦労がよくよくしのばれます。
この本の最後に訳者あとがきのなかで、1995年に北海道大学の研究室で発見された「東学党首魁」の頭骨のことが紹介されています。日本にとっては単なる反乱軍のリーダーだったのでしょうが、朝鮮・韓国の人々からすれば、まさしく英雄です。遺骨を韓国へ無事に送り返すことができたのは大変すばらしいことだと思います。
  このあと、朝鮮では、日本の植民地支配に抗して1919年3月1日に3,1独立運動が起きます。民族の独立と自由ほど尊いものはないのです。
  この本は、そこに至る朝鮮の人々の姿を生き生きと描いています。
  
(2015年8月刊。2800円+税)

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2015年12月28日

第二次世界大戦1939-45(上)

日本史(戦前)

(霧山昴)
著者  アントニー・ビーヴァ― 、 出版  白水社

  本書について、半藤一利氏が、「東西の戦史の全容を網羅した決定版」だとオビに書いていますが、読んだ私もそう思いました。
  正しい「歴史認識」のために必読書なのです。アベ首相も読むべきです(どうせ、読まないでしょうし、読んでも理解できないのでしょうが・・・)。
  なにしろ第二次世界大戦を上・中・下の3巻にまとめていて、上巻だけで530頁もあるのです。とても全容を紹介することはできません。ヨーロッパ戦線から、日本をめぐる戦線までトータルに紹介しているのです。
  著者の戦史ものは、「ノルマンディー上陸作戦」「パリ解放」など、いくつもあり、それなりに読んでいますが、いずれも本当に読みごたえがあります。
  ヤン・キョンジョンという人物がいます(いました)。戦前、18歳のとき、朝鮮人のヤンは大日本帝国に徴兵され、満州の関東軍に配属された。ノモンハンの戦いでソ連赤軍に捕えられて収容所に入れられた。そして、対ドイツ戦の戦力補充のためソ連赤軍の兵士として、ハリコフの戦いに投入された。そこで、ドイツ軍の捕虜となり、今度はドイツ軍の「東方兵」の一員としてノルマンディー上陸作戦のときにはドイツ軍の守備隊の一員になった。そして、連合軍のノルマンディー上陸作戦が成功すると、アメリカ軍の捕虜となって、ついにアメリカへ渡った。アメリカで1992年、72歳で亡くなった。本当でしょうか・・・。実際、彼の半生を描いた映画をみた覚えがあります。信じられないほど劇的な人生ですよね・・・。
  ヤンが24歳のとき、ノルマンディーで捕虜になったころの写真があります。ふてぶてしい顔は、歴戦の勇士とは、こんな顔をしてるのかと思わせます。
  ヒトラーとナチ党は、ユダヤ人を孤立させる施策を講じ、一般市民の圧倒的多数を説得することに成功した。それ以降、人々はユダヤ人の運命に関心をもたなくなっていった。それがあまりにも簡単だったため、その後は、多くの人々がユダヤ人の家財の略奪、アパートの巻き上げ、ユダヤ系企業の「アーリア化」に狂奔した。
  イギリスのチェンバレン首相は、虫垂が走るほど共産主義者が嫌いだったので、スターリンと交渉する気になれず、またポーランドの力量を過大評価していた。
  要するに、イギリスはヒトラーとナチスをあなどっていたのです。ナチス・ドイツはスターリンとの協定によって多大なる恩恵をうけた。穀物・石油・マンガンはソ連が提供した。そしてゴムはありがたかった。
  ソ連赤軍は、ポーランドに進入すると、ポーランド、ナショナリズムの延命に貢献しそうな人物、すなわち地主・法律家・教師・聖職者・ジャーナリスト・将校などをすべて摘発し、処刑した。階級闘争と民族去勢の同時達成が企図された。
  フィンランド軍は15万人、しかも予備兵役と若者が占めていた。しまし、この15万人の兵士が100万人をこえるソ連赤軍に立ち向かった。赤軍の司令官は、粛清の恐怖におびえ、やみくもに将兵を前線に駆り立て、死なせていった。
  日本軍は、1937年12月、すべての捕虜を殺せとの命令を受けて南京城内に入った。第16師団のある部隊だけで1万5千人の中国人捕虜を殺害した。南京事件の被害者は20万人近い。  
  その構成員から人間性を奪っていく帝国陸軍の矯正プロセスは、日本人兵士が中国に致着した瞬間から、さらに一段と強化される。
  日本軍と戦っていた中国の国民党軍は、ソ連から500機の軍用機と150人の「志願」パイロットを受けとっていた。中国で常時150~200人のソ連パイロットが活動していて、2000人のソ連人が中国の空を飛んでいた。
  ダンケルクの撤退戦において、イギリス海軍本部は、せめて4万5000人は救いたいと考えていた。しかし、現実には、33万8000人をイギリス本土へ運ぶことができた。うち19万3000人がイギリス人で、残りはフランス人だった。8万人のフランス人兵士が置き去りにされた。
  ヒトラーがドイツ軍の進撃を停止させたのは、手持ちの装甲部隊が担当劣化していて、ここで虎の子を使い果たしたくなかったから。
  バトル・オブ・ブリテンは、イギリス軍とドイツ軍との空軍同士の戦いだった。このとき、イギリス空軍は723機を失った。しかし、ドイツ空軍は2000機も喪失した。ドイツ空軍はイギリスを夜間爆撃して2万3000人が亡くなった。しかし、イギリス国民の戦意は喪失するどころか、高まる一方だった。
  よくぞ調べあげ、まとめたと驚嘆するばかりです。

(2015年9月刊。3300円+税)

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2015年12月29日

ムシェ、小さな英雄の物語

ヨーロッパ・スペイン・ベルギー

(霧山昴)
著者  キルメン・ウリベ 、 出版  白水社

 1937年、スペインのバスクから2万人の子どもたちが海路、フランス、ソ連、イギリスそしてベルギーへ旅だった。スペイン内戦からの疎開だ。この2万人のバスクの疎開児童は、その後、どうなったのか・・・。
 この本は、バスクの少女・カルメンチュのベルギーにおける里親となったロベール・ムシェの人生を追跡しています。
 ロベールは、より良い世界のためにすべてを捧げた。当時は、そういう人間が必要とされた。戦争のなかで、もっとも人格に優れた人たち、心優しい人たちが命を落とした。
 ところが、英雄であることは、裏の、陰の側面をもっている。それは、後に残された者の苦しみ。夫と父親を亡くした苦しみを、生き残った人々に残した。そして、その後の社会の担い手になるのは、その生き残った人々なのである。
 ロベールはレジスタンス活動をしていくなかで、ついにナチスに捕まり強制収容所に入れられた。そして、強制収容所のなかで、ロベールは若い弁護士と知りあった。収容所内でもレジスタンス活動はあり、政治犯たちは囚人たちを目立たないようにして保護していた。
ロベールの収容所での役割は、希望を広めること。この地獄も終わりが近いことを伝えることだった。
ナチスの目的は、囚人たちに死の脅威のほかには何も考えられなくなるように仕向けること、苦悶と屈辱を味わわせることだった。それに対して、レジスタンス運動のグループは、言葉を用いて、口伝えで情報を広め、士気を高め、希望をよみがえらせることでナチスと闘った。言葉こそがささやかな武器のなかで、もっとも強力なものだった。この秘密裡の活動を通じて、ロベールは生き返った。人々に勇気を与える役目をこなしながら、愛する妻子のもとに帰れると知ったことで、生きる喜びがふたたび湧きあがってきた。
 ロベールには、人生で何より大切なことが二つあった。それは、愛と正義。この二つの目標を持つことで、ロベールはその長く厳しい冬を耐え抜いた。
 著者は1970年にバスクで生まれています。親の世代に何がバスクで起きたのかを調べて小説風の読み物に仕立てたのです。
 バスクを旅だった2万人の子どもたちの多くが再びバスクに戻ることはなかったようです。
 有名なゲルニカの虐殺が起きたころのスペイン内戦にからんだ話でした。まったく知らなかった話です。
(2015年10月刊。2300円+税)

今年は国際的にも、日本でも大変な年でした。フランス大好きな私にとって、パリの同時多発テロはショックでした。空爆でISを「退治」できるはずがありません。暴力の連鎖がひどくなるばかりです。アベ首相の安保法によって自衛隊が海外へ戦争しに出かけることが可能となり、日本の平和が危なくなってしまいました。安保法を運用させない、その廃止を目ざして新年もがんばります。
今年よんだ本は540冊になりました。そして、40年前の修習生活をようやく小説化することができました。春までの出版を目ざしています。私がこの本で訴えたいことは、裁判官にもっと勇気をもってもらいたいということです。夫婦別姓の最高裁判決は自民党への気がねのしすぎです。福井地裁の原発容認は電力会社に屈服してしまっています。残念です。
新年もどうぞ、ご愛読ください。

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2015年12月30日

あの人はなぜ、東大卒に勝てるのか

社会

(霧山昴)
著者  津田 久資 、 出版  ダイヤモンド社

 灘高そして東大法学部を卒業した著者は東大卒よりお笑い芸人のほうがすごいと強調しています。なぜ、どこが、すごいのか・・・。
テレビに出ているお笑い芸人の大半は、かなり優れた思考力を持っている。彼らは、深く考える習慣をわがものとしているので、強い。
 アイデアの質の高さは、アイデアの量が大きい。つまり、一流と言われる人ほど、発想量が多い。トップクラスのコピーライターは、100本のコピーを仕上げてもってくる。三流とか四流のコピーライターは、100本持ってくることはなく、あれこれ弁解する。
優れたアイデアを出せる人は、自分の直観力に信頼を置いていない。一流のクリエーターほど、愚直に考えて発想の数をギリギリ増やしている。
 発想することの本質は、思い出すこと。発想すると思い出すの両者は、頭の中から何かを引き出す点で共通している。
 「思い出す」のは、頭の中の情報(知識)を顕在化させること。「発想する」とは、頭の中に潜在的に眠っているアイデアを顕在化させること。
 ひとが考えているかどうかを決めるのは、その人が書いているかどうかである。アイデアを引き出すとは、アイデアを書き出すこと。
私も絶えず、頭の中に浮かんだことをメモに文字化するようにしています。車を運転中に、ふとひらめくことがあります。そんなときには、安全に心がけながらもメモを素早くとります。文字にしないと、すぐに忘れてしまうからです。
 頭の中に、いくらいいアイデアがあっても、それが文字にならない限り、どうしようもない。
 頭の中の情報は「絶対量」を増やすよりも、多様性(幅)を重視すべき。
 頭の中の情報を「知識」で終わらせず、「知恵」へと深めるべき。
 知恵とは、成り立ちや、理由までふくめて理解された知識のこと。知恵に転化された知識は、ほかの知識とより結びつきやすい。メモをとったら、なるべく早く文章にしておくこと。これが大切。
 このあたりは、まったく同感です。こまめにメモをとり、文章化していくのです。私が日頃実践している手法が高く評価されていて、とてもうれしく思いました。
(2015年11月刊。1400円+税)

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2015年12月31日

アジアのなかの戦国大名

日本史(戦国)

(霧山昴)
著者  鹿毛敏夫 、 出版  吉川弘文館

  戦国時代の大名が海外貿易に積極だったことがよく分かる本です。
  周防(すおう)山口に本拠を置く大内氏は、15世紀半ば過ぎ、それまでの対朝鮮交易に主体的に乗り出していった。大内氏は、16世紀半ばの天文7年と天文16年の2度とも、遣明船経営を独占した。
  天文7年(1538年)の遣明船は、大内船三艘で編成されていたが、各船には百数十人が乗り込み、総勢400人をこえる船団だった。
肥後の戦国大名である相良(さがら)氏も遣明船を派遣した。相良晴広は、天文23年(1554年)に、「市木丸」を明に派遣した。このとき、日本からは、銀を持っていった。豊後(ぶんご)の大友氏も遣明船を派遣した。
  これまでの通説では、大内氏が滅亡した天文20年(1551年)をもって勘合貿易が断絶されたとされているが、実は、このように相良、大友、大内ら西日本の地域大名によって遣明船は派遣され続けていた。
  ただし、それは明(中国)側にとっては、密貿易(倭冠船)そのものでもあった。
  すなわち、16世紀に日本の地域大名が派遣していた遣明船は、明政府から日本国王使船として認められたら正式な朝貢貿易船として振る舞い、認められなければ密貿易船として南方海域で私貿易活動を行うというように、裏表を使い分ける二面性を有していた。
  15世紀の遣明船が日本から中国(明)へ運んだ最大の輸出品は硫黄だった。木造帆船に軽自動車54台分の重さの硫黄を積んで東シナ海を横断した。
  宋代の中国では、火薬を兵器として利用することが拡大し、黒色火薬の原料としての硫黄の需要が急増した。11世紀の宋政府は、日本から大量の硫黄を買い付け、軍需物資として硫黄を国家的に管理した。このころの日本では硫黄が、鬼界島(硫黄島)や大分で掘られていた。
  ゴールド(金)ラッシュ、シルバー(銀)ラッシュと同じように、サルファ―(硫黄)ラッシュが出現していた。15世紀から17世紀までのこと。
  カンボジアやシャム(タイ)とも九州の諸大名は取引をしていた。カンボジア国王は、大友氏へ返礼として象を送ろうとしたようです。
  西日本で多くのキリシタン大名が生まれたのも、これらと関係がある。戦国大名で最初に受洗したのは肥前の大村純忠。その後、九州では有馬氏や大友氏、中・四国では宇喜多氏や一条氏、幾内では高山氏。このように、西日本で多くキリシタン大名が生まれている。
 戦国時代の日本の実情について知らないことがたくさんありました。

(2015年9月刊。1700円+税)

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