弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2015年12月25日

動くものはすべて殺せ

アメリカ


(霧山昴)
著者  ニック・タース 、 出版  みすず書房

 アメリカのベトナム侵略戦争は、アメリカの退廃を加速化させた戦争でした。
 アメリカ兵はベトナムで何をしたか。ここでいうアメリカ兵というのは、当時の私と同じ20歳前後の青年です。5万人ものアメリカ兵が戦場で生命を落としています(ベトナムの青年は、それより桁が2つくらい多く亡くなっています)。若いときに人非人の行いをした人が、成人になったとき、まともに生きていけるはずはありません。無数の「殺人鬼」を内包するアメリカ社会が一段と病的なものになったのも必然です。
この本は、アメリカ兵がベトナムでした残虐行為を改めて明らかにしています。この本を読むと、ソンミ村虐殺事件は日常的に起きていたものの一つだったことがよく分かります。
上官は、兵士が「女性も子どもも殺すのですか?」と訊いたとき、こう答えた。「動くものは、すべて殺せ」。
アメリカ兵がベトナムの無抵抗な民間人を殺し続け、その死体の山を築いていったあと、何と公表したか。「手強い敵の部隊との正当な戦闘の末、アメリカ軍は、ひとりの戦死者も出さずに敵兵128人を殺害した」。
ソンミ事件(ミライ事件)では、C中隊のカリー中尉だけが罪に問われた。30人の将兵が関わり、28人が士官、2人が将官だとされながら・・・。そして、カリー中尉は民間人22人を計画的に殺害したとして終身刑を宣告された。ところが、ニクソン大統領はカリーを釈放し、自宅軟禁とした。カリーは40ヶ月間の刑に服したが、そのほとんどを快適な士官宿舎の自宅で過ごした。なんということでしょう。一人を殺したら、殺人犯だけど、大勢の人を殺せば英雄なんですね。
 私が大学2年生のころ(1969年)、アメリカン軍兵士は、ベトナムに54万人、ベトナム国外に20万人もいた。総計300万人ものアメリカ軍兵士が東南アジアに派遣された。ベトナム共和国陸軍は100万人。これに対して、北ベトナム軍は5万人の兵士と、軍服を着た人民解放軍兵士6万人、更にゲリラが数十万人いた。
アメリカ軍は、共産主義者の侵略から南ベトナムの人々を守るために戦っていたはず。しかし、現実には、ベトナムの農民の大半は敵と通じているか、日が沈めばゲリラになるものと決めつけ、平気で民間人を殺していた。
ベトナムの人々にとっては、家族のため、故郷のため、祖国のための闘争だった。
アメリカ兵の訓練の過程で、新兵士たちは、ためらうことなく人を殺すことを最善とする、暴力と残忍の文化に取り込まれる。
ベトナム人については、グーク、細目、キツネ目、吊り目、半食い虫といった、人間性を完全に否定するような呼び名を使っていた。
あいつらは動物みたいなもんだ。人間じゃない。
ベトナム人が人間であるかのように話すことは許されなかった。ベトナム人に対しては、どんな情けも無用だと言われた。これは、ナチス・ドイツ軍がユダヤ人を殺すときの状況とまったく同じですね。ユダヤ人は人間じゃないと、ドイツ兵は繰り返し叩きこまれていました。
戦場に出て6ヶ月で実力を証明しなければ昇進が望めなかった下位ランクの士官と彼らが指揮をとっていた戦闘部隊は、つねに敵の「殺害数」をあげなければならないというプレッシャーにさらされていた。事実上は殺人ノルマだったこの数値の達成や超過達成は、ベトナムでの任務に大きな影響を及ぼした。いちばんボディカウントの多かった部隊には、保養休暇か、ビールがひとケース余分に与えられた。
19歳の若造に、人殺しをしてもいいんだ、そうすればご褒美がもらえるぞというわけだ。頭がおかしくなっても不思議ではない。
ボディカウントに民間人死亡者数が含まれていることなど問題にならなかった。殺害数が足りないときには、捕虜や拘留したものをさっさと殺してしまった。
ジョンソン大統領は、ベトナムを「くだらないカスも同然の小国」と考えていた。ベトナムは「アジアの屋外使所」「文明のごみ捨て場」「世界のけつの穴」と蔑んだ。ところが、文明国・アメリカは、その軽蔑した「けつの穴」に見事に惨敗・敗退したのでした・・・。
「何も気に病むことはない。またグークの死体がいくつか増えるだけのこと。早いとこ、やつらを皆殺しにしてしまえば、それだけ早く、オレたちは帰国できるんだ」
アメリカ軍によるサーチ・アンド・デストロイ作戦は、むしろ革命軍を戦術上、圧倒的な優位に立たせてしまった。アメリカ軍はいつも必ず守勢にまわる破目に陥った。
ベトコンがアメリカ軍部隊に奇襲をかけたケースが全体の8割近かった。アメリカ軍は効果的に敵軍と闘えなかったため、とりあえず何でも攻撃できるものを標的にした。つまり、民間人がもっとも重い代償を支払うことが多かった。
「そこにいるのは、みんなベトコンだ。殺してしまえ」
これは、現在、アメリカ軍がイラクやアフガニスタンで置かれている状況とまるで同じですよね。侵略軍の宿命ですね・・・。
アメリカ軍でも、将官や佐官は戦場に出ない。彼らは基地でゆったりくつろぐか、ヘリコプター座席にすわって細かく指示を飛ばすだけ。兵士は汚れた体で腹を空かせ脱水症状に悔やまされながら、足を引きずるようにして泥や牛糞や水のなかを歩く。熱疲労に襲われ、ヒアリに咬まれ、蚊に刺される。
戦争が終わったとき、ベトナムでは50万人もの女性が売春婦に身を落としていた。
ベトナムの民間人にとって最大の脅威は、逃げる者は撃つというアメリカ軍の方針だった。
1971年アメリカ軍は、崩壊寸前だった。アメリカ軍の士気、規律、戦闘対応能力は、わずかな例外を除いて、史上最低にして最悪であった。ベトナムに残っているアメリカ軍の陸軍は崩壊に近づきつつある。各部隊が戦闘を避け、拒み、自分たちの士官や下士官を殺害し、麻薬漬けになっている。暴動寸前ではない部隊では、隊員がすっかり気力をなくしている。
第九歩兵師団は、ある作戦のなかで1万人以上の敵兵を殺害したと報告したのに、回収した兵器は、わずか750点でしかなかった。ある一週間に700人のゲリラを殺害したというのに、捕獲された武器はわずか9点でしかなかった。これは、どういうことか・・・。武器を持たない民間人を一方的に殺害したということ。
アメリカ軍のなかでは狂気にみちた殺人鬼のような兵士が出世していった。
戦争は人を気狂いにしてしまうこと、それを英雄視することから、社会全体が狂っていくことがよく分かります。今ごろ何で40年以上も前のベトナム戦争を振り返るのか・・・。それは、アメリカ軍が今もイラクやアフガニスタン、そしてシリアで空爆したり、戦争を仕掛けている現実があるから、この本はまさしく今日的意義があります。
武力に対して武力で対抗しても勝てないし、平和は生まれないということです。全世界の人々が一刻も早くこのことを自覚する必要があります。憲法九条の精神を国際社会に広めたいものです。
(2015年10月刊。3800円+税)

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