弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2021年1月25日

ママ、最後の抱擁

チンパンジー


(霧山昴)
著者  フランス・ドゥ・ヴァール 、 出版  紀伊國屋書店

 著者はチンパンジーなど霊長類の社会的知能研究における世界的第一人者です。私と生年が同じ、団塊世代の学者でもあります。
ママとは、59歳になるチンパンジーのメス。ママは死に至る病床にあった。そこへ、80歳になろうとする生物学のヤン教授が同じ夜間用のケージのなかに入っていって、ホッホッホッという優しく親しげな声を出しながら近づいた。ママはヤンに気がつくと、途方もない喜びの表情を浮かべた。ママとヤンは40年来の親友だった。
 ママは、そっとヤンの髪をなで、それから長い腕の一方をヤンの首にかけて引き寄せた。こうして抱きしめているあいだも、ママも指は、ヤンの後頭部とうなじをリズミカルに軽く叩き続ける。ぐずる赤ん坊を静かにさせるときにチンパンジーがする、相手をなだめる仕草だ。心配しなくていいと、ママはヤンに伝えていた。ママはヤンに会えてうれしかった。
 チンパンジーのケージのなかには絶対に入ってはならない。チンパンジーの筋力は、人間の大人のプロレスラーもかなわない。そして、チンパンジーは何をしでかすか分からない。一緒にいて安全なのは育てた人間だけ。ヤンは育ての親ではなかった。しかし、今ママはすっかり弱っていた。
 チンパンジーは、顔認識に長(た)けていて、素晴らしい長期記憶をもっている。
 チンパンジーのアルファ・メスとしてママは、いつも堂々たる態度だった。チンパンジーは、四六時中、相手を出し抜こうとし、絶えず相手あるいは自分がどれだけ優位に立っているのか、その限度を探っている。
 ママは権力をもっており、それを行使した。ママは仲裁の達人だった。
 チンパンジーたちは長期的なパートナーシップとは無縁なので、オスは成熟したメスに惹かれる。同時に複数のメスの性皮が腫脹したら、オスは必ず、そのうちの年長のメスと交尾したがる。人間のように若いほうを好むのではなく、すでに何頭か健康な子供を産み育てた実績のあるメスを好む。
 オスは精力旺盛なほうがトップ(アルファ)になる。メスは年齢(とし)が物を言う。メスは地位をめぐって競うことはほとんどない。ひたすら待つ。メスは長生きすれば、必ず高い地位に就ける。
 アフリカ・コンゴで密猟者によって瀕死の状態になったところを救われたチンパンジーのウンダは、2013年に森に戻されたとき、いったん森のなかへ歩み去ろうとして、急いで戻ってきて、世話をしてくれた人々をハグした。その中心人物のグドールとは長いあいだ抱きあった。
チンパンジーは、自分たちのあいだで返報する。恩返しもすれば復讐もするのだ。チンパンジーは、自分から予期していたとおりの扱いを受けないと、耳をつんざくような声をあげて癇癪(かんしゃく)を爆発させ、どうしていいか分からずに地面をころげ回る。人間と同じで、動物にも情動的知能があるのだ。
他の者たちをみな恐怖に陥れることによってトップの座にたどり着いたオスは、一般に2年くらいしか君臨できず、その後は悲惨な顛末を迎える。ところが人気のあるリーダーは、並外れて長く権力を保持することが多い。メスたちにとって、自分たちを守り、仲むつまじい群れの生活を保障してくれるアルファオスの安定したリーダーシップほど望ましいものはない。そうした生活は、子育てにふさわしい環境なので、メスたちは、そんなオスを権力の座につかせておきたがる。
 良いリーダーは、その地位を失っても、群れから追い出されることなく、第三位に落ち着き、幼い子供たちに親しまれて全生を過ごすことができる。
チンパンジーの世界は弱肉強食をモットーとする人間社会によく似ているものです...。
(2020年10月刊。2400円+税)

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