弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2020年12月26日

イスラエル諜報機関暗殺作戦全史(上)

イスラエル


(霧山昴)
著者 ロネン・バーグマン 、 出版 早川書房

暗殺は敵の士気を削(そ)ぐだけでなく、実際的な効果がある。暗殺という手段は、全面戦争よりも、はるかに道徳的だ。
これが暗殺を遂行する側の論理ですが、私は同意できません。アメリカはビン・ラディンを暗殺しました。これで報復の目的は達したかもしれませんが、平和の回復にはほど遠いのが現状です。
国家による暗殺には二つの難問がつきまとう。一つは、果たして効果があるのか。二つ目は、法的にも倫理的にも正当化できるものなのか。
アメリカによるビン・ラディンの暗殺は、この二つの疑問に答えられません。
イスラエルは、アメリカ以上に国による暗殺をすすめてきた。イスラエルは、2000年までに500件の暗殺作戦を実行しているし、その後も1000件以上の暗殺をしている。
アメリカは、オバマ大統領の下で353件の暗殺作戦を実行した。ノーベル平和賞も暗殺の歯止めにならなかったのは残念です。
イスラエルには、三つの機関が活動している。国防軍の情報局アマン。国内で対テロ・隊スパイ活動にあたるシン・ベト。国境をこえて秘密作戦を担当するモサド。モサドはアイヒマンを拉致した実行機関です。
イスラエルの法律では、実は死刑は認められていない。ところが、裁判なしに処刑を命じる権限を自らに与えた。
イスラエルは、敵対する「標的」国に住む現地のユダヤ人を工作員にしてはならないという教訓を学んだ。捕まえれば、ほぼ確実に殺され、しかもユダヤ人コミュニティ全体に波紋を広げる。現地にすでに住んでいる人間を利用したら、虚偽の経歴を作成する手間は省けるが、その反動のデメリットはあまりに大きいのだ。
イスラエル軍は、PLO議長のアラファトの暗殺を何回も試みたが、そのたびに失敗してしまった。
暗殺する方法の一つとして、歯磨き粉に独特の毒を入れることがある。ターゲットが、この歯磨き粉をつかって歯を磨くたびに、微量の猛毒が口内の粘膜を通り抜けて毛細血管に入り込んでいく。徐々に毒が体内に蓄積されていき、やがて臨界量に達したらターゲットは死に至る。
イスラエルは、自国の工作員が逮捕される恐れがあるときには、いかなる作戦も断念した。これは鉄の掟になっていた。
イスラエルがアブー・ジハードの暗殺に成功したとき(1988年4月14日)、イスラエル国民は大喜びした。しかし、この暗殺は、むしろ逆効果だった。アブー・ジハードが死んでPLOの指導力は弱まったが、占領地域で暴動を指揮していた人民委員会の力は強化され、人々の抗議運動は盛り上がった。そのため、イスラエル側の人間の多くが作戦を実行したことを後悔しはじめた。
暗殺を仕事とする人たちがいるなんて、信じられません。どうやって精神の平安を保っているのでしょうか...。
(2020年6月刊。3200円+税)

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