弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2020年2月 2日

スコットランド王国史話

イギリス


(霧山昴)
著者 森 護 、 出版  大修館書店

私はイギリスに行ったことがありません。ヒースロー空港に立ち寄ったことはありますが、空港の外に出る機会はありませんでした。大英国書館に入って、マルクスが座って勉強していたという場所にも行きたいとは思うのですが・・・。
そして、スコットランドというとスコッチ・ウィスキーというイメージしかありません。
いえ、メアリー女王がイングランドのエリザベス女王に反逆したとして処刑(断頭)されたことは映画にもなって知っていました。それくらいの知識です。
この本でスコットランド王国の歴史を、概略ですが知ることができました。スコットランド王国では、王という存在は徳川幕府の将軍ほどには安泰でなかったようなのです。驚きました。
スコットランドには、ケルト系のピクト人が大陸から移住してきていた。ピクト族は、中央ヨーロッパをルーツとすると言われている。そして、ローマ軍が紀元43年から5世紀初めまでブリタニア島に駐留して支配していた。しかし、ピクト族の居住するブリテン島北部まで支配することはできなかった。
スコットランドの支配層は、タニストリーという王位継承方式をとった。つまり、王家一族のなかから、力量があり、国王にふさわしい人物を、国王の在位中に次王として選んでおいて、王位継承の日に備えておくというもの。優れた国王を実現するのが狙いだ。
ところが、野心満々の人物が選ばれなかったら、その不満が爆発する心配があり、現にそうなっていった。長子継承の制度に変えようとする試みも途中であったが、それもまた、簡単にはいかなかった。この制度では、叔父、従兄弟、甥というように、直系による継承でないため、自然に在位期間が短くなる。そのうえ、継承に不満をもつ者による国王殺害が加わって、さらに在位期間が短くなった。
14世紀初め、スコットランド王国はイングランド軍に占領されていた。スコットランド内部の抵抗するリーダーたちは、それぞれの利害と思惑がからんで、協調も統一もない状況だった。
そして、14世紀半ば、イングランドがフランスとの百年戦争にのめり込んでいるときも、スコットランドは完全な独立を勝ちとることが出来なかった。
百年戦争のとき、フランスでは戦闘によって田畑を荒らすのはお構いなしだった。ところが、イギリスでは、イングランドでもスコットランドでも、農民や市民を困らせるような戦闘はしないという美風が固く守られていた。ばら戦争は30年ものあいだ続いたが、イングランドの民生には、ほとんど実害を与えなかった。イングランドにおける内戦は、互いに相手の町や建物などを破壊せず、一般民衆を殺戮することもなかった。
これって、信じられないことですよね・・・。
スコットランドのメアリー女王は、フランス王妃であり、イングランド女王でもあるという可能性があった。そして、本人は、終生、イングランド女王になる道を確信していた。
メアリー女王は、スコットランド王国から追放され、イングランドに逃げ込み、エリザベス女王の保護を求めた。ところが、メアリーは、自分にイングランド王位の正当な継承権のあることを主張しただけでなく、エリザベスを廃位に追い込む陰謀に何回も関係し、ついに反逆罪で処刑された。44歳だった。
波乱に満ちたスコットランド王国の歴史を駆け足でたどることのできる本でした。これも、正月の人間ドッグのとき滞貸一掃として読んだ本の一つです。
(1998年12月刊。2400円+税)

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