弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2019年3月23日

責任とって自決した陸軍将官26人列伝

日本史(戦前)

(霧山昴)
著者 伊藤 禎 、 出版  展望社

第二次世界大戦(太平洋戦争)で戦没した将官は陸軍188人、海軍82人。なんだか少ない気がしますが、将官の定義によります。要するに少将以上の高級幹部です。
陸軍で自決したのは26人、海軍は5人です。本書は、この陸軍26人について詳細を紹介しています。
大将6人(うち1人が元帥)、中将17人(軍医1人、法務1人)、少将3人(法務1人)。自決者は進級していません。
元帥であり大将だった杉山元は、ボケ元、グズ元、昼行灯(あんどん)、果ては「便所の扉」とまで評されたほど酷評されています。日露戦争にも従軍した軍人です。陸軍大臣、参謀総長、教育総監のすべてを歴任した大将だというのに、これほど評価が低いというのですから、「精強なる帝国軍人」の実体が知れます。こんな人の下で無数の前途ある青年たちが人命をあたら失ったかと思うと、涙がとまりません。
 富永恭次中将(自決はしていません)は、特攻隊員を見送るとき、「諸官だけを死なせはしない。最後の一機で、この富永も突入する。あとのことは心配なく、従容として神の座についていただきたい」と言って、軍刀を振りかざした。 ところが、自分は特攻することもなく、フィリピンから台湾へ出張名目で逃亡した。いやはや、無責任きわまりないです。
敗戦後自決した軍人のなかには、責任をとるべき立場になかった者が多数いた。その反面、当然、周囲が責任をとって自決するだろうとみていた者で、自決しなかった者も多い。
これが世の中の現実なんですよね・・・。
この本を読んだのは、中村次喜蔵中将が掲載されていることからです。満州の112師団長をしていて、敗戦直後の8月18日に自決しました。56歳でした。
この本では、自決の理由や状況は不明とされていますが、私は偕行社に照会して教えてもらいました。というのも、私の母の異母姉の夫だったからです。
「大東亜戦争はついに終わった。諸君はぜひ内地に帰還し、新しい日本の建設につとめられたい。ここの戦闘の責任はひとり指揮官たる小官にあり、諸君らに責任はない」
このように師団長として最後に訓示した。
副官たちを天幕の外に出して拳銃で自決した。
この師団の300人ほどの司令部要員はシベリア送りとなった。
いま、久留米市藤山町には「中村次喜蔵生家」と書いた石碑が建っています。そして、その孫(中村薫氏)は、偶然にも私と同じ年に東大に入学したのでした。同じように法学部を出て、司法試験に受かった(中村氏は公務員上級職試験もパスしています)というのに、まったく面識がなかったのです。
(2018年8月刊。1800円+税)

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