弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2018年7月11日

鉄路紀行

司法

(霧山昴)
著者 本林 健一郎 、 出版  偲ぶ会

これは正真正銘、ホンモノの鉄ちゃんの書いた紀行文です。全国各地の駅を踏破した様子が写真とともに語られています。
紹介する文章は、あまりに率直で、いささか自虐的です。でも、嫌味がなく、そうか、そうだったのか・・・と、鉄路の世界にひきずりこまれていきます。
鉄道マニアですから、当然のことながら九州新幹線にも乗っています。そして驚嘆するのは、各駅で降りて、駅周辺の写真まで撮って紹介するのです。岐阜羽島と並んで政治駅で有名な筑後船小屋駅、そして新大牟田駅も登場します。
旅行の思い出について、著者はキッパリ断言します。記憶に残らない思い出など忘れたほうが良いのである。いったん忘れてしまって、どんなところだっけ・・・といい加減な記憶を思い出しつつ、結局、思い出せないまま目的地を再訪したほうが新鮮に感じるもの。
旅先で食べた駅弁がまずかったら、写真つきで、「まずい!」と叫びます。これは残念ながら私にとっても本当のことも多いです。
年齢(とし)をとってくると、自分が他人の孤独に吸い寄せられていくような感覚に陥ることがある。
開門海峡を渡るとき、送電が直流から交流に変わるため、10秒ほど電灯が消える。すると、何か自分が浮海魚にでもなって、溺れていく気分になる。
「乗り鉄」(鉄ちゃん)の格言の一つは、蒸気(機関車)は見るもの、電車は乗るもの。
旅行記を読んだ弁護士から、「こんな旅をするなんて、ヒマ人だね」「ヒマ人というよりバカだね」「しかも磨きのかかったバカだね」、などという「賞賛の声」が寄せられる。
著者は、他の乗客が鉄道マニア(鉄ちゃん)かどうか、すぐに分かる。大判の時刻表を持っている。茶色系統の服を着ている。さえない風貌をしている。カメラかデジカメを携帯している。結局のところ、同じ「臭い」がするので分かる。そして、鉄道マニア同士は、お互い離れた席にすわる。
鉄道マニアは、鉄道に対する求愛行為が社会に受け入れられない、恥ずべき行為であることを十分に自覚している。そのため同業者の行為を見ると、自分も同じ恥ずべき行為をしていることを意識し、自己嫌悪に陥ってしまう。
ローカル線の普通列車で自然を満喫する、なんてプランを立てるのは、ロマンチストで空想主義である男のなせる業(わざ)である。これに対して女性は現実主義者なので、ローカル線などにロマンなんてなく、旅行はしょせん旅館の質と食事で決まることをよく知っている。
全国の隅から隅まで鉄路を求めて、ときには渋々ながらバスに乗ったりした楽しい旅行記です。
残念ながら著者は47歳の若さで突然死してしまいました。著者の父親は日弁連元会長の本林徹弁護士です。早くして亡くなった健一郎弁護士のご冥福を祈念します。A4版(大判)のすばらし追悼・紀行文でした。あったことのない故人の優しい人となりが素直ににじみ出ていて、すっと読めました。本当に惜しい人材を亡くしてしまいました。
(2018年5月刊。非売品)

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