弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2017年7月21日

満蒙開拓団

日本史(戦前)

(霧山昴)
著者 加藤 聖文 、 出版 岩波書店

「五族協和」、「王道楽土」、こんな美しい掛け声で、多くの貧しい日本人が夢をみて戦前の満州に渡り、悲運に泣いたのでした。もちろん、騙した政府当局者が悪いのですが、騙されたほうも、時勢に流されてしまった結果だった。やはり、みるべきことは見ておかないといけない、言うべきときには言わないと、もっと悪くなるということなのですよね。今のアベ政権のデタラメきわまりない政治のあり方を黙過していたら、戦前の悲劇を再びもっと大規模に繰り返すことになってしまいます。
長野県は満州へ送り出した開拓移民が4万人近くで、日本一多かった。二位の山形県は半分の1万7千人。そして、満州開拓政策に重要な役割を演じた人物も、なぜか長野県出身者が多い。
満州事変を起こした関東軍は、早くから日本人移民に積極的だった。それは、満州を日本の領土とするうえで、日本人があまりにも少ないという認識から。ところが、陸軍中央は消極的だった。あまりに露骨に日本領土化を進めることによる国際社会からの猛反発を買うのを恐れた。関東軍は、満州が独立国家という建前をとる以上、国家内での日本人の人口比率があまりにも低いのは問題だと考えた。
満州移民に対して、陸軍は一枚岩で積極的ではなかった。陸軍中央には懐疑的な人が少なくなかった。満州移民は、それぞれの個人や組織の政治的思惑が異なるなかで、関東軍と拓務省が連携し、それを陸軍中央が追認した。それを在郷軍人会が積極的に後押しして、軍事色の強い武装移民となった。
満州の土地所有制度は複雑で、権利関係が入り組んでいたから、日本による強引な土地買収は、現地を混乱させた。
開拓民は、月給100円という宣伝文句につられてやってきたのに、現実は、食費として1ヶ月5円しか支払われなかった。そこで、故郷から送金してもらっていた。召集を免れられるという風評を信じて開拓民に応募した人もいたが、現実には、あとで日本の敗色が濃いなかで兵士とされ、家族と引き離された。
満州に侵入してきたソ連軍は174万人(日本軍は60万人)、火砲・戦車・航空機の数量では25倍以上と、日本軍を圧倒した。
当時の国際的通年からすると、開拓団は軍事組織と見なされていた。ところが、当事者は、日本国内にいくつもある「村」としてしか認識しておらず、関東軍が守ってくれる以上、軍事攻撃にさらされるなどとは露ほども思っていなかった。
満州に渡った開拓団は928団、24万人。これに対して、戦後、無事に日本に帰国できたのは14万人でしかない。
満蒙開拓団の実際を冷静に、多面的かつ深く掘り下げた本でした。
(2017年3月刊。2200円+税)

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