弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2015年9月20日

太閣の巨いなる遺命

日本史(戦国)

(霧山昴)
著者  岩井 三四二 、 出版  講談社

 ときは戦国時代。江戸時代がまだ始まる前のこと。日本人は、東南アジアとの交易を盛んにしていたのです。タイのアユタヤに出かけていきます。
鹿皮はシャムの国の特産品。ほかには、染料のもとになる蘇木(そぼく)、高価な香料の沈香(じんこう)、象牙、絹などが買い付けられ、日本からは刀や塗り物、銅などが持ち込まれる。支払いに一番喜ばれるのは銀だ。
 日本で生み出される大量の銀が、アユタヤとの交易を回している。だから、銀を積んだ朱印船が年に何十艭も日本を出航し、アユタヤばかりでなく南洋の各地をめざして海を渡っている。南蛮船や明国の船も、日本の銀を求めて南洋各地と日本を往反(おうへん)している。
 アユタヤには日本町があり、1000人近くの日本人が住んでいる。チャオプラヤ川に沿って南北に5町、東西の幅が2町ほどの矩形の中にある。アユタヤ産の鹿皮は、革袴や革羽織、馬に乗るときにつける行膳(むかはぎ)、甲冑(かっちゅう)の飾りなどに使われ、日本の武士のあいだで人気が高い。少し前まで鹿皮はルソンから日本に持ち込まれるものが多かったが、いまはアユタヤが最大の産地である。
 イエズス会は、バテレンの元締めであるローマ教皇に忠誠を誓った熱心な信徒の集まりだ。いわば、ローマ教皇の直参馬廻り衆である。デウスの教えを世界に広めるために設立されたのだが、ポルトガルとイスパニアという世界に覇を唱えた強国の力を背景にし、信仰のためには、どんな危険な地域にも入り込む、忠実で優秀な人材を抱え、なおかつ軍勢のように上意下達の仕組みを持っている。
 イエズス会が現にやっていることは、神の教えを広めるという崇高な建前とは裏腹に、ずいぶんと世俗の塵にまみれている。南蛮人が行く先々で、その地の人々に神の福音を説き、人々を手なずけて南蛮船が着く湊をしつらえ、商人が交易できるよう手助けする。
 果ては、ゴアやマカオのように、他国の領土に南蛮人の居留地をつくってしまう。そして、宣教師たちも、当然のように商売をし、ぜいたくも蓄財もするのだ。
 宣教師たちは、京都など宣教に訪れた日本各地では清貧な暮らしをして見せていたが、おのれの領地である長崎では下僕を使い、ポルトガルから運んだ酒や食物を飲み食いするなど、贅沢な暮らしをしていた。
 宣教師になるのに必須であるラテンの言葉や教養を学ぶのは、資力に余裕のある家に生まれなければ出来ないこと。だから、宣教師たちは、もともと貴族か裕福な商人だった者ばかり。貴族だから、召使を身辺におき、贅沢するのは当たり前だと思っている。そこは、日本の位の高い坊主と変わらない。
 しかも、南蛮の貴族は武人の一面も兼ね備えている。戦いとなれば、馬に剰従卒をひきいて出陣する。イエズス会が長﨑を守ろうとして大筒鉄砲を持ち込んだのも、もともと武人でもあった宣教師たちの目からすれば、何の不思議もない。
 手に汗にぎる大海洋冒険小説です。著者のたくましい想像力によって海賊船とのたたかい、そして海上戦闘をしっかり堪能することができました。
(2015年7月刊。1800円+税)

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