弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2013年1月23日

「幕末維新変革史(上)」

日本史(江戸)

著者  宮地 正人 、 出版  岩波書店

江戸時代が終わり、明治が始まるころの欧米列強の状況が冒頭に紹介されています。なるほど、この幕末激動期を国内情勢の変化のみからとらえてはいけませんよね。最上徳内、間宮林蔵、伊能忠敬らは探検家として日本地図の作成は対ロシアとの緊張関係のなかで活躍したのでした。
 さらに、長崎通詞はオランダ語だけでなく、フランス語やロシア語まで習得していた。
 国学者として著名な平田篤胤と門弟たちは、人を批判するのに「コペルニクスも知らないで」と嘲笑していた。それほど西洋の自然科学所は当時の知識人の必読文献であった。つまり、地動説が当時の日本に入ってきていたのです。
 1840年の中国におけるアヘン戦争勃発は幕府にとって対岸の火事ではなかった。イギリスは戦艦を日本に差し向けるという噂が流れていた。そこで、高嶋秋帆に洋式銃隊の調練を行わせた。
 アヘン戦争の衝撃は、日本人の目を一挙に世界に拡大させた。西洋諸国は現在どのような発展状況にあり、世界のどこに進出しようとしているのか、その軍事力と国力はどの程度のものか、この痛切な日本人の知的欲求が『坤輿図識(こんよずしき)』全5巻を刊行させた。この本は堂々たる世界地誌であった。
 日本の漁民や船員が海上で遭難してアメリカなどに渡って日本に戻ってきた。これらの漂流民の話を藩主や藩重役までが熱心に傾聴した。
 1853年(嘉永6年)6月、ペリー艦隊が江戸湾に入った。黒船の出現である。ペリーは身辺警衛とアメリカの軍事力を誇示する目的で300名の兵力を久里浜に上陸させた。
 米日交渉は、9艦の軍事的圧力のもとで進められた。
このころイギリスは、アメリカやロシアのような対日行動をとるのは不可能だった。1851年に発生した太平天国の乱が拡大して、イギリスの商業権益が脅かされていた。
 日本において特徴的なことは、ペリーの来航情報が瞬時に全国に伝播し、人々がそれを記録し、そして江戸の事態を深い憂慮をもって凝視するという社会が出現していた。
 人々は情報を求め、あらゆる手段を用いて収集し、記録して、写して、冊子に綴っていき、さらにそれを回覧していった。
 幕末から維新期の政治は激変に次ぐ激変の中で展開していく。そして、その局面の背後に、その展開を凝視する3千数百万の日本人の目があった。この衆人監視の政治舞台において幕府が自らを国家として振る舞わざるを得なかったことは、一瞬たりとも忘れてはならないことがらである。
 全国各地の日本人には、なにか不安な風聞があったとき、まず飛脚屋に出かけて確認する習慣がつくられていた。幕府は、一切、政治情報を公開しないのにもかかわらず、日本人は瞬時に、大事件の発生をつかみとる。情報が公開されず、公的に流通させる制度がつくられていなくても、つかみとる能力を日本人は有していた。自分たちで事態を判断し、政治的意見を形成し、政治批判を展開できる段階に日本が入っていたことは幕末維新期を考察するとき、根底にすえておかねばならない。
 この指摘は、何だか政治に無関心な多くの現代日本人の顔を赤らませるものですよね。幕府の安政改革は、海軍のみならず洋式軍隊の創設も意図していた。
 ハリスと下田奉行が交渉していたとき、ハリスの演説書をはじめ、日米間の対話書のすべてを幕府大名に公開していった。事態の深刻さは周知のこととなった。そして、大名から、全国にもれ伝わっていった。
朝廷は、朝廷としての反応をした。ハリスに屈従してしまうのであれば、それで天皇から征夷大将軍職を授けられている「将軍」と言えるのか・・・。
 この本の最大の特徴は、下武武士や町人の日誌などを踏まえて、当時の日本人の反応と行動を全体的に明らかにしようとしていることです。すごいことだと思いました。
世界史のテンポは、日本国内の政治の悠長なかけ引きを許さなかった。3千数百万の日本人の眼前において、ハリスの予言どおり「政府の威信を失墜させた」幕府は、軍事的圧力に屈して条約調印を余儀なくされた。
 桜田門外の変(1860年、安政7年)は、客観的には幕末政治過程の一大画期となった。この桜田門外の変を契機として、一挙に政治の底辺が拡大した。「処士横議(しょしおうぎ)」の時代が始まり、目標は国家変革に絞られた。
 1859年(安政6年)7月の横浜・長崎・函館開港により、世界市場に編入された日本では、たちまち大量の金が流出していった。世界市場で金銀が15対1なのに日本では5対1だったからである。さらに、銅も世界市場の4分の1という安値だったので、銅製品が外国へ流出していった。
幕末の日本人の全員が感じていた危機感とは、国家解体の危機感、このままいってしまっては、日本国家そのものが消滅してしまうのではないかとの得体の知れない恐怖感であった。幕府が外圧に押され後退するたびに、この感覚は増幅され、それへの対抗運動と凝縮行動がとられていく。どのような具体的方策が提示されるかは、階級・階層・政治集団にとって異なるにしろ、通底するものは、この底知れない危機感と恐怖感なのである。
 この本を読んで、幕末・維新時代の視野を広め、深めることができたような気がしました。学者って、やっぱりすごいですね。さすがだと驚嘆しました。下巻が楽しみです。
(2012年11月刊。3200円+税)

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