弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2012年4月 1日

ナチを欺いた死体

ドイツ

著者   ベン・マッキンタイアー 、 出版   中央公論新社

 ヒトラードイツの目を欺いたイギリスのスパイ大作戦を紹介した面白い本です。
 ナチス・ドイツの諜報部(カナリス提督が率いていました)には、反ヒトラーの立場に立って、連合軍を実際以上に大きく見せかけ、早くナチス・ドイツ軍が負けるように仕組んでいた上級将校たちがいたことも知りました。
 ですから、イギリスの奇抜なスパイ大作戦が成功したのは、ドイツ軍内部が決して一枚岩ではなかったことにもよるものでした。そして、そのような反ヒトラー諜報将校はヒトラー暗殺のワルキューレ作戦が失敗すると、残虐に処刑されたのです。
 ここで紹介されるスパイ大作戦は、イギリス軍の機密情報をもった将校の死体がスペインの海岸に漂着し、その死体にあった重大な情報がナチス・ドイツの手に渡って、ヒトラーを欺くというものです。
 死んだ将校に扮する死体を確保するのがまず最初の難関です。そして、それをどうやってスペインの海岸に漂着させるか。死体をイギリス海軍の将校の遺体と誤認させるための工夫には涙ぐましいものがありました。ロンドンのバーの領収書まで偽造しなければなりません。そして、遺体を解剖されたとき、死因や死亡日時と漂着の原因とに矛盾をきたさないようにするのも大変でした。ごまかすのも簡単なことではないことを思い知りました。
 死体が身につけていた「機密」情報にしても、ナチス・ドイツが本物と信じるほどにもっともらしいものでなくてはならない。わざとらしくなく、そして、自然に信用してもらえる内容にする点で、何回となく書き変えられた。
 なーるほど、文面は慎重さが求められることでしょうね。
 スパイ・マスターの大変さも紹介されています。
 ナチス・ドイツへ報告を送る二重スパイのなかには、まったく架空の存在であるものが増えていった。実在するスパイより、架空のスパイのほうが扱いやすい。しかし、架空の人物を動かすためには、細かい点まで矛盾の内容に注意しなければならない点が難しい。
アレクシス・フォン・レンネ男爵は、表向きはナチの有能な情報将校だった。宣誓を忠実に守り、ヒトラーお気に入りの情報分析官だった。しかし、フォン・レンネは、ナチズムに対して密かに強い反感を持っており、一種の二重生活を送っていた。ヒトラーと、その粗野で冷酷な取り巻きたちを彼は嫌悪していた。
 キリスト教徒としての良心から、親衛隊がポーランドでふるった、目も覆いたくなるほどのテロ行為に激怒していた。人知れず、信念をもってナチ体制に反旗を翻した。フォン・レンネは、情報の達人という評価を受けながらも、1943年には、間違いだと分かっている情報をわざとヒトラーのデスクへ直接に送り続けていた。
 このスパイ大作戦は連合軍の上陸作戦の目的地はイタリアのシシリー島ではなく、ギリシャだという嘘の情報を流してナチス・ドイツに信じ込ませて、その不意をつこうというものでした。そして、ヒトラーは、まんまとそれを信じたのです。
 スパイ大作戦の背景にある真相を知ることのできる興味深い本でした。
(2011年10月刊。2500円+税)

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