弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2008年5月30日

若い世代に語る日中戦争

日本史(現代史)

著者:伊藤桂一、出版社:文春新書
 1937年(昭和12年)に徴兵検査を受け、習志野の騎兵連隊に入営し、3年あまり北支(中国北部)の戦場で過ごし、さらに1943年から歩兵として中支(中国中部)で歩兵となり、伍長だった人の体験談です。中国大陸の戦場で、下っぱの兵隊生活を7年間送ったというわけです。その体験がかなり美化されて語られていると思いました。
 初めのころは、日本軍が20人、八路軍(中国共産党の軍隊)が100人だとすると、人数で大差があっても、日本軍が圧倒的に強い。なぜなら、日本軍は訓練を受けているのに、八路軍は軍隊経験のない若者ばかりだから。挑発しても、まともに日本軍と戦わない。しかし、逃げ方がうまい。ところが、日中戦争が続くなかで、八路軍はだんだん強くなっていく。
 日本軍のつかった38式歩兵銃は、銃身が長いから非常に命中率は高いけれど、その分重たい。アメリカの自動小銃は銃身が短くて、命中率が低いかわりに、数うって当てるというものだった。
 戦場慰安婦というのは、兵隊と同じ。兵隊の仲間なのだ。本当に大事な存在だった。当時は公娼制度があった。本人たちも、一応納得してというのが建前だった。むろん不本意だったろうし、悪質業者に騙されてということもあったろうが・・・。
 ともかく、軍の管理する慰安所だった。兵隊たちにとって、慰安婦は大切な仲間。苦労をともにした戦友だった。それが単に汚らわしい関係だったように言われるのは、戦場体験者としては、ちょっとやりきれない。
 兵隊は黙って働き、その多くは黙って死んでいった。慰安婦たちは悲劇的な不条理のなかで生きていたし、兵隊たちも、もっと不条理の中で生き死んでいかなければならなかった。だから、お互い心が通いあうこともあったし、彼女たちとの思い出を胸に抱いて死んでいった兵隊もいる。
 このあたりは、なんとなく、その心情が分かる気がします。不条理の中に置かれ、明日の希望がもてない極限の状況に置かれていたのでしょうから・・・。
 ところが、この本には、南京事件を否定するという重大な欠陥があります。著者は南京事件に関する本をまったく読んでいないようです。この点は聞き手側の責任でもあると思います。著者は、戦闘のあとは、死者の世話、負傷者の介護、戦掃除の責任もあり、一般住民を何万人も虐殺するゆとりなど、日本軍にあるはずはなかったのです、と語っています。
 ひどいものですね。これで「若き世代に語る日中戦争」というタイトルで堂々と本が出るのですから・・・。先に、『南京事件論争史』(平凡社新書)でも紹介しましたが、南京事件は当時、南京にいたナチス党員のドイツ人からも「あらゆる戦時国際法の慣例と人間的な礼節をかくも嘲り笑う日本軍のやり方」として厳しく批判されていました。昭和天皇の弟である三笠宮も「日本軍の残虐行為」があったことを自叙伝(『古代オリエント史と私』)のなかで反省をこめて指摘しています。
 南京事件は、日本軍の南京入城式のあとの兵士たちの休養期間に多発した大虐殺、大強姦事件なのです。その点をたしかめることもなく「虐殺するゆとりなどあるはずもない」という言葉で簡単に片づけることは、日本人として許されないことだと私は思います。
 この本が右翼を標榜する『諸君』に連載したものだとしても、「若き世代に」に間違ったことを教えてほしくない、そう思って、あえて紹介しました。
(2007年11月刊。710円+税)

  • URL

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー