弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2006年11月28日

日本人はなんのために働いてきたのか

著者:河原 宏、出版社:ユビキタ・スタジオ

 明治維新後、近代国家としての日本の成功は、しっかりとした中産階級を育てたことにあった。今も、この階層が薄弱な国の基礎は脆(もろ)い。せっかく育てたひと握りの知識層が外国に移住しはじめると、将来の可能性は閉ざされる。
 現代日本では、バブル期までにあった一億層中流の幻想は崩れた。少数の上昇組は金が金を生む金権至上になり、資産を2世、3世に伝えるほかに関心はない。その他の大部分は、ゆっくりか急速にかの差はあっても、中流の座から滑り落ちる運命にある。しかも、経済以上に、日本人から覇気・元気・活気・生気などのバイタリティーが消滅した。こうして四無主義、つまり無関心、無責任、無気力、無感動が生まれる。これが現代日本を表現する精神である。
 大正14年にうたわれた金々節を紹介します。
 金だ金カネ この世は金だ
 金だ金カネ その金ほしや
 バカが賢く見えるも 金だ
 酒も金なら 女も金だ
 神も仏も坊主も 金だ
 金だ 本から本まで金だ
 みんな金だよ 一切金だ
 金だ金だよ この世は金だ
 金、カネ、金、カネ、金、カネ、金だ
 そして、次は昭和4年(1929年)12月29日の新聞記事です。
 金!金!人の世のオールマイティ!金!
 金は現世のみならず、あの世まで征服して、ついに地獄の沙汰まで支配するに至った。人は何のために働き、何のために生きるのかと問えば、ただ一言、金、と答える。これが一般世間の哲学なのだ。
 ええーっ、これって今の日本とまったく同じセリフじゃん。そのまま、今の世相をあらわす言葉として通用するじゃん。つい、そう思ってしまいました。
 1900年から1950年までの半世紀のうちで1930年代は、自殺者数も人口10万人あたりの自殺率も、ともに一番高かった。この時代は前途に希望が見いだせない、生き甲斐に乏しい時代だったと言える。
 日本で顕在化している、人々の議会制度に対する不信感は、具体的には、各種選挙における棄権率の増大という形で広まっている。なんど選挙をして投票してみても、結局、権力を握るのは、特権層か、それにつながる人たちだという思いは、多くの人の意識の底に沈澱している。
 二大政党の対立は、必ずしも議会制度の活性化としては作用しない。多くの場合、二大政党は、装飾の部分に相違を残しながら、本質的には類似のものになってしまう。選挙民は、どっちか選べといわれても、カレーライスとライスカレーのどちらが良いかを選ばされるようなもの。つまるところ、選挙への関心と情熱を失わされる。
 こんな本があるそうです。ハックスリイの『すばらしい新世界』
 労働者階級になる幼児は、本や花を本能的に嫌うようにしつけられる。なぜ、労働者は本を嫌悪するように造られなければならないか?
 成長した彼らは、本など読んで、働く時間をムダにしてはならない。
 花や景色や自然については、どうか?
 これを愛してみても、生産労働には、何の役にもたたない。とりわけ自然愛好の欠点は、それがただで手に入るということ。働く者には幼児の段階から、世の中、ただで手に入るものがないことを、身にしみて刷りこんでおかなければならない。うむむ、そうだったんですかー・・・。認識を改めました。

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