弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2006年11月 1日

パティシエ世界一

著者:辻口博啓、出版社:光文社新書
 店での仕事のすべてはコンクールで優勝するため、さらに言えば、自分の店を持つためのものだった。僕は一文無しだったし、たとえどんなに節約して、こつこつ貯金しても、5年や10年で店を持てるだけのお金がたまる計算にはならなかった。
 しかし、世界的コンクールで優勝すれば、きっと僕の良さを分かってくれるスポンサーが現れると思った。世界ナンバーワンになることが、僕にとって店を持つ近道だと、当時からそう考えていた。
 田舎から東京に出た。何のコネクションもない大都会で、じゃあ、成り上がるためにはどうしたらいいかを考えた。
 僕がコンクールに強いと言われるのは、食べていくため、成り上がるため、生活をつかみ取るため、そういう明確な目的を持って取り組んでいたからだと思う。ある程度の生活の保障がある人たちとは違って、飢えるってことが、どんなに恐ろしいことか分かっていたから。うーん、すごいですね。このハングリー精神で、見事にパリで開かれたお菓子の世界的コンクールで優勝してしまうんです。
 うちのシュークリームは1日200個の限定品。1個200円。実は原価割れの値段。つかっている卵は秋田の比内鶏(ひないどり)が産んだもの。店で10個800円で売っている。卵をこれに変えたら、味が劇的に変わり、自分でもびっくりした。バニラビーンズはタヒチ産。香りも、のびもいい。牛乳は低温殺菌。風味がいい。
 新しいものは、試作したら必ず商品になる。100%。というのは、試作前から頭の中で、味もデコレーションも含めて完全に出来あがっているから。僕の頭の中は基本的にお菓子だけ。今、僕にとってお菓子づくりは仕事であると同時に、趣味でもあるし、遊びでもある。でも、好きなことに打ち込んでいるからこそ、仕事としてお金をもらってもいいんじゃないかと思う。
 うちのプリンは、濃厚で、まったりしているんだけど、大人の感じが忍んでいるような・・・、そんなイメージを味にしてみた。
 うちでつかうアーモンドはスペイン産のみ。スペイン産は、丸みがあって、やや皮が堅く、中に含まれる油脂分が多い。この油脂分に旨みや香りが含まれている。カリフォルニア産に比べて、値段は3倍もする。しかし、味わい深いし、香りも抜群。
 うちの店では、チョコレートを1日に何十キロもつかう。バレンタインシーズンになると、毎日100キロくらい使う。ええーっ、そんなに大量につかうなんて・・・。
 人間って、不思議なことに、ひとつ手を抜きはじめると、これも、あれも、となってしまう。
 朝食は、いつも厨房で店のパンを食べる。飽きない。美味しい。なーるほど、すごい自信なんですね。こうまで言われると、私も食べたくなります。
 店を建ちあげる前、スポンサーとしてある女性に決めた。あなたの本当につくりたいものが作れるお店をやっていいわよ。この一言で決めた。それで、とりあえず、1億5000万円渡され、店を探しはじめた。半年前も店を探しまわって、やっと決めたのが今の店。今では、自由ヶ丘の人の流れを変えたとも言われているらしい。自由ヶ丘はパティスリー激戦区だということです。
 実は、オープンして半年間は、毎日、ポリバケツ2個分も捨てていた。今では、お菓子が売れ残ることは、ほとんどない。年に2度、ケーキが100個も残る日がある。大雪の日と台風の日。そんな日でも同じ量のケーキをつくる。そして、その残ったものをスタッフが楽しみにして食べる。月曜日も、夕方まで商品に余裕がある。うーん、ということは、月曜日の夕方に行くしかないみたい。
 店の朝は早い。スタッフは5時半。シェフは6時半。9時半に毎朝15分から30分間のミーティングをする。スタッフは、3人の枠に30人の応募がある。
 人生は、いつも思いどおりにはいかず、みんな一度は負けると思う。劣等感にさいなまれる時期もあると思う。でも、それさえバネにしてしまう強さと継続が何より大事。それがまた感性にフィードバックしてくると思う。実は、この最後の文章に出会ったとき、ぜひこの本を紹介しようと私思ったのです。さすがにコンクールで世界一になった人の言葉は違います。見習いたいものです。
 先日、能登に行ってきました。著者は七尾出身の人です。そこのホテルで、親しい友人から有名なパティシエだと聞かされ、さっそくお菓子も買ってきました。なるほど、評判を裏切ることのない味でした。ぜひ今度、上京したとき自由ヶ丘まで足をのばしてこようっと。

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