弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2006年5月25日

えひめ丸事件

著者:ピーター・アーリンダー、出版社:新日本出版社
 2001年2月9日、宇和島水産高校の実習船「えひめ丸」がアメリカ海軍の原子力潜水艦の突上の浮上によって激突され、たちまちのうちに沈没し、9人もの死者を出しました。この事件の真相を追究した本です。
 潜水艦は静かに、そして深くという戦術から、海面下にいるときには、電波交信による航行・通信は不可能だから、「音」に頼るしかない。しかも、それはパッシブ・ソナーのみ。相手の発する音を聞くことで相手を識別し、危険物を避けている。自分から音を出して探るアクティブ・ソナーはとっていない。だから、海図にものってない海面下の山があったというときには気づかないまま衝突してしまうことが起こりうるし、現に起きている。なるほど、潜水艦というのは現代最高の科学技術の粋を尽くしているというわけではないのですね・・・。
 衝突したアメリカの原潜グリーンビルは特別招待客をのせていた。アメリカ海軍は、潜水艦や艦船などの建設・維持のための予算を獲得するため、ときどき特別な招待客を艦艇に招いて接待するという政治的・広報的な活動を長く続けている。ワルド艦長のような士官たちは、このツアーのホストをうまくつとめることが、海軍を利するだけでなく、上官に自分の仕事ぶりを印象づけ、昇進につながると期待する。
 つまり、「特別招待客プログラム」は、広い意味では国家の軍事政策に、狭い意味では個々の士官たちの昇進に影響を及ぼすという政治的性格をもっている。なるほど、そうなんですね。このとき潜水艦に乗っていた特別招待客は16人。その多くは、ブッシュ大統領ともつながりの深いテキサスの石油関連企業の重役たちとその妻だった。
 事件後、これらの特別招待客の氏名は隠されていたが、明るみに出た。しかし、彼らは海軍の審問委員会に呼ばれることはなかった。下手すると、海軍の全体としての組織構造による事故だと思われないようにするためだった。ちなみに、日本でも体験航海は実施されていて、2000年には日本近海で60人の民間人が乗艦している。
 原潜グリーンビルからは重要な証拠がいくつか失われた。航海図、録音テープ、ビデオテープなど。海軍が意図的に隠した疑いがある。ワルド艦長は軍法会議にかけられなかった。なぜか。コネツニ太平洋潜水艦隊司令官が原潜グリーンビルの体験航海を許可していたこと、この航海はマッキー退役大将からきたこと、海軍長官をふくむ海軍上層部もからんでいたことが暴露されないためだ。また、軍産共同体を守り抜きたいという深い動機があった。
 ところで、軍法会議は、下の者には厳しく、上の者には甘い。軍法会議にかけられたのは、この50年間で、大将はたった3人であるのに、軍人は1年間に7603人にものぼる。そして、その97%は有罪となった。
 ちなみに、この本は、原潜グリーンビルが「えひめ丸」を標的にしたという説を否定しています。要するに、ワルド艦長が特別招待客を喜ばせるパフォーマンスに終始したあげく、えひめ丸を見落としたという見解です。
 えひめ丸は600メートルの深さから海面下35メートルまで引き揚げられたものの、結局は水没させられました。船体を日本国民の目の前にさらしたくないという日米両政府の思惑からです。
 森喜朗首相(当時)は、当日午前10時40分に事件を知らされても、友人たちと横浜市内でしていたゴルフを中断せず、ゴルフ場を出たのは午後1時近くでした。国民の生命を軽視しているのは今の小泉首相とまったく同じです。
 この本では、最後に、愛媛県が被害者(遺族)と共通の弁護士をたててアメリカ海軍と折衝したことを問題としています。両者は利益相反関係にあるという指摘です。当然のことです。でも悲しいことに、多くの遺族が巨大な圧力を恐れて、県の弁護士に依頼してしまいました。真相究明に奮闘したのは、残った2遺族が依頼した豊田誠弁護士(自由法曹団の元団長です)を団長とする弁護士たちでした。私の敬愛する愛媛(宇和島)の井上正実弁護士も地元の弁護士として参加していました。そのがんばりで、真相究明が一歩前進し、ワルド艦長の謝罪訪問も実現したのです。
 アメリカとの関係で日本の置かれている深層状況を改めて思い知らせる良書です。
 スモークツリーが満開です。フワフワとカスミに覆われるのです。見てるだけで心がなごんできます。純白のジャーマンアイリスがひとつだけ遅れて咲きました。気品のある花です。紫色のネギ坊主そのもののアリウム(かな?)も咲いています。もうすぐホタルが飛びかう季節となります。駅舎の高いところでツバメが子育てでがんばっています。

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