弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2006年3月10日

江戸の海外情報ネットワーク

著者:岩下哲典、出版社:吉川弘文館
 鎖国というけれど、海外に開かれていたのは長崎だけではない。北海道の松前氏はアイヌとの貿易を介してロシアや中国東北部(山丹)の文物を入手していた。
 薩摩藩は、朝鮮からの密貿易船のための朝鮮通詞まで養成していた。
 ペリー来航については、1年前に、オランダ商館から長崎奉行を通じて幕府老中に通告されていた。幕府の対応は、この予告情報にもとづいて、それなりに心がまえをもってなされた。
 徳川家康に慶長7年(1602年)ベトナムからの象が献上された。
 その5年前、慶長2年に大阪城の秀吉にルソン総督から象が献上されている。秀頼とともに秀吉は象を見物し、瓜と桃を手ずから象に与えたという。
 大分豊後のキリシタン大名大友宗麟にも、カンボジアの象が献上された。
 もっと以前には、応永15年(1408年)に、スマトラ島の有力華僑から室町4代将軍足利義持に黒象が献上されている。
 慶長7年から126年ぶりの享保13年(1728年)、象が日本に渡来した。徳川吉宗の時代である。長崎にベトナム産の象(オス、メス各1頭)が上陸した。しかし、まもなくメス象は病死し、オス象のみが江戸へのぼった。
 文政4年(1821年)には、ラクダも渡来した。文久3年(1863年)には、横浜にサーカスの象が上陸した。
 このように、江戸時代は、鎖国といっても、決して完全に閉ざされた国ではなかったのです。

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