弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2006年2月24日

宮中賢所物語

著者:?谷朝子、出版社:ビジネス社 
 賢所は「かしこどころ」と読むのが正しい。しかし、著者たちは「けんしょ」と呼んでいた。皇居にある宮中三殿の全体を賢所(けんしょ)と呼ぶ。ここは神様が来るところで、年に20数回のお祭りがあり、月に3回の旬祭(しゅんさい)がある。平安時代から途切れることなくお祭りしてきた。ここで57年間も内掌典(ないしょうてん)としてつとめてきた人の聞き語りによる本です。
 戦前、滋賀県大津にあった高等女学校を卒業し、19歳のときにつとめはじめたのです。賢所の儀式は書き残すことが許されず、すべて口伝によるといいます。
 内掌典は、公務員に準ずる内廷の職員という身分である。宮中三殿は、明治になって京都から東京へ移ってきてから建てられたもの。明治22年建築。戦災にもあわず、そのまま残っている。アメリカ軍は政策的検地から皇居は爆撃しなかったのです。
 賢所では、動物の肉を食べることが禁じられている。牛乳やバター、肉のエキスの入った加工品もダメ。しかし、二本足のニワトリ、カモなどの鳥肉は良しとされている。ラーメンも、鶏肉だけでスープをつくるしかない。調理するのは雑仕という大学を出たばかりの若い女性がつくるもの。宮中と違って専用のコックがいるわけではない。ただし、内掌典も、皇居の外に出たら肉を食べることは許されている。なお、お酒の方は飲むことが認められている。
 賢所の生活で重要かつ基本となるのは、「次清(つぎきよ)」のしきたり。内掌典は常に身を清め、衣服を清くして、居住まいをただし、手を清くしてつとめる。その清浄でないことを「次」(つぎ)という。
 財布(お金)に触れたら「次」、外部から来た郵便物に手が触れたら「次」といった具合。このときは、手を水や塩(おしろもの、という)で清められる。水で洗うときにも、「次」となった手で直接触れることはできず、手の甲で栓をひねって水を出す。
 生理のとき、またトイレ(よそよそ、という)をつかうときも、同じように大変です。
 生理(まけ)の1週間は、着物や化粧品は専用のものをつかう。トイレ(よそよそ)のなかでは、手を着物の表に決して触れないようにする。
 手をケガして血(あせ、という)が出たら、御殿の水で手を清めることはできない。
 この本には、賢所の1年がことこまかに紹介されています。驚くのは、12月29日に、賢所は、もうお正月になるというのです。1月1日には、午前0時に起床して、おつとめがあります。大変ですね。
 著者が内掌典になったときには、いったんつとめはじめたら10年が期限だったそうです。それを聞いて父親は反対しました。3年間は、外出もできなかったといいます。
 内掌典は、著者をいれて6人。今では、4年です。魚と繊維質の多い野菜が中心の食生活。結局、結婚しないまま57年ものあいだ内掌典をつとめたのです。賢所のあいさつは、芸能界は夜でも「おはようございます」といいますが、「ご機嫌よう」というのだそうです。
 御所言葉が最後に紹介されています。お金は、おぞろ、そうめんおたから。食事は、おばん。寿司は、おすもじ。お魚は、おまな。
 神殿につかえる巫女さんの一生が紹介されたということでしょうか。
 私には、なぜ、この本がベストセラーになるのか、不思議でなりません。実をいうと、私は皇居に住む天皇一家の私生活が紹介されているのかと誤解して読んだのです。

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