弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2005年8月23日

ヒトラー、最期の12日間

著者:ヨアヒム・フェスト、出版社:岩波書店
 天神の小さな映画館で見ましたが、久しぶりに満員盛況で、壁側に補助イスも並べられていました。画面は圧倒的な迫力があり、2時間半ほどがあっというまでした。
 ヒトラーの女性秘書ユンゲの回想記をもとにした映画です。等身大のヒトラーが登場しますので、その不可解な性格が描かれていますが、人によってはヒトラーを美化しすぎているという批判もありうるところです。ユダヤ人だけでも600万人を殺した人間という魔性がきちんと描かれていないという弱点があるでしょう。それでも、ヒトラーの最期の12日間にナチスの首相官邸(地下要塞)で何が進行していたのか、イメージをつかむには絶好の映画です。
 私はこの本とあわせて「ベルリン陥落1945」を読んでいましたので、ベルリン攻防戦でロシア軍が大々的に強姦の限りを尽くすなど、いかにひどいことをしたのか、ナチス・ヒトラーが、それは国民が我々を選んだことによる自業自得だと冷たく突き放していたことを知ることもできました。この映画は、そのあたりを知ると、もっと深く受けとめることができます。
 この本には、初めに主な登場人物が戦後の行く末をふくめて紹介されているので便利ですが、映画には名札がありませんので、この人はいったい誰なのか、人の名前が呼ばれるまで分からないというもどかしさがあります。
 それにしても、ヒトラーは56歳の誕生日を迎えて10日後には自殺するのですが、私もいま同じ56歳です。どうして、同じ年齢であんな悪虐非道なことができたのか、とても理解できず不思議でなりません。ただし、映画に登場するヒトラーは、56歳とはとても思えない草臥れはてた老人です。ところが、ヒトラーは絶頂期(1939年8月)には次のように述べていました(50歳のとき)。
 ドイツ国民のなかで、私ほど自信あふれる人物は未来永劫出現しないだろうという事実がある。また、私より権威ある人物も、この先現われることはないだろう。
 これは、「ニューヨーク・タイムズが見た第二次世界大戦」(原書房)に紹介されている言葉です。異常なほどの自信です。
 この本は、ヒトラーを、政治世界に漂着した賭け事師に過ぎないと断罪しています。ヒトラーを先人たちと区別していたのは、個人をこえる責任感、冷静に私利私欲を抑えた労働倫理、歴史的道徳観といったものの完璧な欠如だった。ヒトラーは、歴史上類例のない自己中心主義によって、この国の存続をみずからの人生の時間と一体化させた。
 ヒトラーには非常に狭い軍事的目的を超えてものを考える能力が明らかに欠如していた。彼は生涯にわたって徒党を率いる成り上がりボスにすぎなかった。徒党のボスとしては、殺戮と強奪の理念をこえる計画など追及する気はなかった。彼には漠たる戦争目的すらなかった。あるのは、ただひとつ、強者の権利という法則だけである。
 いまの日本にも、勝ち組の論理がのさばっています。ぞっとします。
 ナチス・ドイツ最期の日々。この期に及んでもなおSSは脱走兵を捜し出して銃殺してまわっていました。1ヶ月あたり数千人という自殺の伝染病がはびこっていたのです。飲酒(深酒)とあわただしい性的放縦(若者たちの乱交)があちこちで見られました。
 ベルリン攻防戦で赤軍は30万人もの死者を出しました。ドイツ軍の戦死者は4万人ですが、このほか50万人が戦争捕虜としてソ連領に連行されました。
 ずしりと重たいものが胸にのしかかってくる本です。でも、事実ですから、しっかり受けとめるしかありません。

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