弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2020年9月 6日

ラマレラ、最後のクジラの民

インドネシア


(霧山昴)
著者 ダグ・ボック・クラーク 、 出版 NHK出版

インドネシアの小さな島(レンバダ島)で伝統的なクジラ漁に生きるラマレラの人々の生活に密着・取材したアメリカ人のフォト・ジャーナリストによる迫真のレポートです。
ラマレラの人々が狙うのは60トンもある巨大なマッコウクジラ。小さな船が寄り集まって、勢いよくモリを突き刺し、弱らせて殺し、浜辺で待つ家族にもち帰るのです。
まったくの手作業ですから、ラマレラの人々に殺されるマッコウクジラの数なんて、たかが知れています。それなのに、ヨーロッパのWWFなどは敵視して、無理にでも止めさせようとするのです。大いな矛盾です。ちょっと、目ざす方向が間違っているのではないかという気がしてなりません。
アメリカ人の著者は、2014年から2018年にかけて、合計して1年間、ラマレラに住みついて過ごしたとのこと。ラマレラ語も話せるようになり、漁にも何十回となく参加したのです。
アメリカ人の著者が通った4年のうちに、ラマレラの人々の生活はずい分と変化した。
今では、インターネットが入りこみ、スマホとSNSが使われている。物々交換がほとんどだったのが、現金取引することが多くなった。
沖合を回遊するマッコウクジラを1頭でもとれたら、1500人いるラマレラの人々は、数週間は食べていける。数十人の男たちが連携して巨大なクジラを倒し、とれた獲物は、公正に分配する。ラマレラは猟師300人。年に30頭をとる。捕鯨で生きている唯一の村。海の荒れる雨期には、クジラの干し肉で生きのびる。
野生のマッコウクジラは、今でも数十万頭は生きているので、ラマレラの人々が年に20頭も殺したとして、世界的生息数に何の影響も及ぼさない。
ラマレラの人々はキリスト教の信者だが、同時に、先祖から受け継いだ呪術的な宗教儀式を今も実践している。
ラマレラのクジラ狩りは、できるだけ多くの銛(モリ)をクジラに打ち込み、ほかの銛を足していく。銛につながった網で船数隻の重量をひっぱることになったクジラが次第に疲れ、弱ったところを前後左右から漁師たちが攻撃する。一隻ではとてもクジラと太刀打ちできないが、チームでならどんな巨大なクジラも倒すことができる。
しかし、クジラ狩りは、いつも危険と隣りあわせ。けがもするし、ときには生命を落としてしまう。
クジラの干し肉は、細長くスライスして、竹の物干し竿にぶら下げ、南国の太陽と乾燥した空気で干物にする。そして、漁業をしない山の民が育てた野菜と交換する。クジラの干し肉1枚でバナナ12本、あるいは未脱穀のコメ1キロ。
ラマレラには21の氏族があり、大きく37のグループに分かれる。嫁をとるグループは決まっていて、Aグループの男にはBグループの女から、BグループにはCグループから、そしてCグループにはAグループから女が嫁ぐ。
クジラ狩りの季節は、毎年5月に始まる。
インドネシアの男性の平均寿命は67歳で、アメリカ男性より10年も短い。
クジラに打ち勝つ方法はただ一つ。祖先がそうしていたように、ラマレラの人々みなが力を合わせること。一つの家族、一つの心、一つの行動、一つの目的だ。
クジラ狩りで生きてきたラマレラの人々がこれからも、それで生きていけるのか、「文明化」の波に押し流され、すっかり変わってしまうのが、ぜひ注目したいところです。
450頁もある部厚い本ですが、そこで伝えられるクジラ狩り漁の勇ましさ、その苦労に圧倒されてしまいました。
(2020年5月刊。3000円+税)

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