弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2019年3月 2日

廃園

人間

(霧山昴)
著者 井本 元義 、 出版  書肆侃侃房

幻想花詩譚というサブタイトルのついた本です。オビには、花の精、花の香、花の色。それは美しく、怪しげに揺れる業火。妖花が悪夢を呼び・・・、退廃の美へ、とあります。なにやら、エロスの花園へ招き入れられそうな本です。
たしかに表紙のカラーからして、森の奥深いところにある秘密の池の色のような、あくまで濃い緑色をしていて、吸い込まれそうです。
13の短編から成り、そのすべてに牡丹から食中花まで花の名前がついています。
その一つは「ある弁護士の手記」で、これには、なんと「ヒットラーの白い花」と名づけられています。事件は当番弁護士として出動し、55歳のガードマンが実子の乳幼児を死なせたというもの。その男はフランスの外人部隊に勤務した経験があります。
実は私は、日本人青年がフランスの外人部隊に所属していた体験記を書いた本を読んだばかりでした。そして、主人公が先輩の長尾弁護士事務所に所属していたというのには驚きました。
依頼者の心理描写は、心の奥底にまで入っていこうとする著者の筆づかいで、息が詰まりそうになりました。弁護士の次には、司法書士も登場してきます。夜想曲20番を妻がピアノで弾きはじめるのです。
いきなり白い花が大雪のように晩春の曇り空から降ってきた。曲に合わせてロン(飼い犬)が唸っていた。というより、泣きはじめた。それは、いかにも悲しげな遠吠えになった。曲が続くと、その声はますます深い悲しみを帯びて流れていった・・・。
著者は私のフランス語勉強仲間です。その旺盛な執筆意欲にいつも刺激を受けています。フランスにも単身で何ヶ月もアパート生活していたという行動派でもあります。私にはとてもそんな勇気はありません。その経験を生かしたと思われる短編もふくまれています。
しばし幻想の花園に迷い込んだ気分に浸ることのできる連作小説集です。ありがとうございました。
(2019年2月刊。1500円+税)

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