弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2018年2月24日

信長と弥助

日本史(戦国)


(霧山昴)
著者  ロックリー・トーマス 、 出版  太田出版

 織田信長にイエズス会が黒人を献上した。この黒人は信長の近習(小姓)として仕え、本能寺の変のときにも信長の側にいたが危く難を免れた。明智光秀から南蛮寺へ追放せよと言われて命は助かったが、その後の消息は不明。黒人の出身地は不明で、日本名は弥助。
 ここまでは私も知っていましたが、イギリス出身の著者が英語で書いた本が翻訳されたものです。よく調べてあるのですが、いかんせん原資料が不足ですので、決定的に解明したというにはほど遠く、読んでもどかしさが残りました。
 背丈が驚くほど高く、坊主頭で、筋骨隆々とした体は、真っ黒な色をしている。その男の名は弥助という。信長の道具持ちも務める小姓で、史上初の外国人侍だった。
 本能寺の変のあと、織田勢で唯一生存が確認されている侍が弥助だ。弥助は明智軍に刀を差し出して投降したあと、近くのイエズス会の教会堂に移送された。
 明智光秀はイエズス会を敵にまわしたくなかったので助かったと解釈されています。
弥助は物覚えが良く、すぐに日本語を覚えた。日本語は、母国語以外に学んだ4番目か5番目の言語だった。
 黒人が来るというので、京都の人々が何千人も殺到した。信長は弥助の風貌が引き起こした騒動を耳にして、誰が、何が治安を乱したのかを知りたがり、群衆が散開したあと、その黒い男と会わせろと要求した。信長のいた本能寺に黒人はやって来た。イエズス会宣教師のオルガンティーノが同行し、仲立ちした。
 信長は上半身裸になるよう命じた。弥助の黒い肌はこすられても、ひっかかれても色が落ちることはなかった。信長は、ようやく黒い肌が本物だと納得し、息子たちを呼んで、この驚くべき人間を見せた。イエズス会のヴァリニャーノは、政治的配慮から弥助の献上を申し出て、信長は受け取った。
 弥助は信長から従者付の私宅と扶持(ふち。給与)を受け取った。信長の刀持ちとして、護衛として、有能な側近の一人となった。
 弥助のルーツはアフリカ大陸にある。モザンビーク出身説が有力のようです。
 弥助は、信長をめぐるゲームにも登場しているそうですね。知りませんでした。その意味で、今どきの若者にはポピュラーな存在なのかもしれません。
 こくな日本史のニッチな話をイギリス出身の著者が英語で出版するとは、世界は広いようで狭いものですね。

(2017年2月刊。1800円+税)

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