弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2017年11月 7日

合理的配慮義務の横断的検討

司法

(霧山昴)
著者 大分県弁護士会 、 出版  現代人文社

すごい本です。私は、心底から驚嘆しました。この本を私が手にとったのは10月末に大分市内で開かれたシンポジウムの会場です。
障害者権利条約が2006年に国連で採択され、日本は2014年に批准した。そして、前年の2013年に障害者差別解消法が成立し、2016年4月に障害者雇用促進法が改正・施行された。そのなかで「合理的配慮義務」が公法上の義務として規定されている。
この本は、障害者法制における「合理的配慮」の現状と課題を確認し、その合理的配慮の視点から、その他の法分野についての裁判例に至るまで広く分析・検討していて、まさしく「チャレンジングな試み」となっています。
この本のサブタイトルは「差別・格差等をめぐる裁判例の考察を中心に」とあり、本当に広い視野で問題点を網羅的にすくいあげ、そして、それに対して的確なコメントを付しています。しかも、鋭い問題提起をするだけでなく、実務的にも大変役立つ実務的手引書になっています。実際、私は本書にあるようなケースで法律相談を受けたばかりでしたので、すぐに役立ちました。私が実践的に役立ったところから説明しますと、本書(299頁以下)には、「不動産取引において心理的瑕疵が問題になる場面」という項があり、「心理的瑕疵」を扱った判例を紹介し、コメントしています。
「心理的瑕疵」とは、その物件で自殺や自然死があったときの扱いです。私も相談者の息子が東京の賃借マンションで自殺した案件について代理人として対応したことはあったのですが、「人夫出し」企業の社長から、長期滞在型のホテルで突然死(心筋梗塞)した従業員について、そのホテルから50万円もの弁償要求を受けたというので、法律上の見解を求められたのでした。
本書は、「階下の部屋で半年以上前に自然死した者がいる」というとき、そのような事実は「社会通念上、賃貸目的物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景等に起因する心理的欠陥に該当するものとまではいえないから、かかる事実を告知し、説明すべき義務を負っていたものとは認め難い」との判例(東京地判、H18.12.6)を紹介しています。私にとっては、大変参考になる判例であり、コメントでした。
日本の障害者差別解消法や障害者雇用促進法で規定された合理的配慮義務には、私法上の効力は認めておらず、合理的配慮義務違反に対する救済は、公序良俗・信義則などの民法上の法理を理由として当該行為について無効ないし権利濫用を主張するか、あるいは債務不履行ないし不法行為を理由とする損害賠償請求によって解決するほかない。この点は、合理的配慮の不提供に対する一種の履行請求が認められるアメリカなどと大きく異なっている。
合理的配慮論を障害者分野以外の法分野に適用ないし展開することは不可能ではない。その視点から、本書では、労働法分野(人事、セクハラ雇用平等、母子保護、非正社員、外国人労働者など)、その他の性的少数者、信仰、消費者契約についてまで広く合理的配慮論を展開しています。その視野の広さには思わず息を吞むほど圧倒されました。
ところで、合理的配慮とは、障害者が日常生活や社会生活において受ける様々な制限をもたらす原因となる社会的な障壁を取り除くため、その実施にともなう負担が過重でない場合に、特定の障害者に対して個別の状況に応じて講じられるべき措置です。
なお、最近では「障がい者」と表記することが多いことを知ったうえで、本書では法律上「障害者」になっているので、そちらに統一したという断りも明記されています。
私は、この本をシンポジウム会場入口で受けとりました。堂々350頁もある大作です。判例もたくさん紹介されていて、しっかり読みごたえがありますから、シンポジウムそっちのけで読みふけってしまったのでした。そして、千野博之弁護士を先頭とする大分県弁護士会のシンポジウム部会の理論的レベルの高さはほとほと敬服しました。
九州のなかでは何かと異論を唱えることも多い大分県弁ですが、本書のような理論書をまとめあげる集団的力量の高さを私は率直に高く評価したいと思います。
実務的にも大いに価値ある本として一読を強くおすすめします。
(2017年10月刊。3600円+税)

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