弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2017年6月 7日

法と実務13巻

司法

(霧山昴)
著者 日弁連法務研究財団 、 出版  商事法務

法テラスのスタッフ弁護士がどんな活動をしているのか、その積極的意義が実践を通してとても具体的に語り明かされています。私も、改めて、なるほどスタッフ弁護士だからこそ出来る活動だなと深く納得しました。法テラスの存在意義に批判的な弁護士が少なくないなかで、本書が広く読まれることによって、その偏見が解消されることを、一弁護士として心より願っています。
「地域連携と司法ソーシャルワーク」と題して、270頁を占める詳細なレポートがあります。なかなかに読みごたえがある内容です。
法科大学院(ロースクール)の発足により、福祉のバックグラウンドをもつ人材など多様な人が弁護士に参入してきた。他分野の人々と疎通性の高い人材が増えている印象がある。
司法アクセスを業務とする全国組織として法テラスが設置されたことは画期的なこと。地域によっては法テラスを歓迎しない弁護士会が残っているものの、公的資金を投入して全国展開する司法アクセス拡充拠点が政府の政策として設置されたことは社会的に意義がある。法律扶助予算の増額、情報提供業務の導入と法律相談援助の拡充、スタッフ弁護士制度の導入が成果である。
法テラスのスタッフ弁護士もコスト意識を持たなければならないものの、事務所営業上、ケースごとの採算にはしばられないので一般の弁護士が扱いたくないケースや扱いにくいケースを率先して扱える。出張相談などのいわゆるアウトリーチ、ケア会議への出席、高齢者や障がい者などの非常に困難な事案の担当などは、一般の弁護士では採算上から受任をためらうことが多いだろうが、スタッフ弁護士は採算上の制約がない。
いくつもの実例(ケース)が具体的に紹介されています。意思疎通がもともと困難な人であったり、トラブルを解決しても帰るべきところのない「非行」女性などの場合では、弁護士だけで対応できるはずがありません。
たとえば、80代の老人の一人暮らし。ゴミ屋敷に生活していて、資産があるため証券会社の社員から狙われている。弁護士は警戒されて会話が成り立たない。自治体の福祉担当との連携を通じて徐々に信頼関係を築き上げていって、ついに成年後見開始申立に至る。それまでスタッフ弁護士が投入した時間は400時間という。気の遠くなりそうなほどの時間です・・・。
そして成年後見人として被後見人とのつきあいが続いていきます。こんなケースは、たしかに私のような一般弁護士では明らかに無理ですよね・・・。
「司法ソーシャルワーク」という、言葉を私は初めて聞きました。3要素から成る。一は、高齢者や障がい者などに対して、二は、福祉・医療機関などと連携して、三は、全体として総合的に生活支援をしていくということ。
弁護士がケア会議にも積極的に参加していくことになります。すると、弁護士倫理との衝突の場面が出てきます。守秘義務はどうなるのか、弁護士の職務の独立性は確保されているのか、です。また、依頼者の意思は、誰がどのように判断するのかという実際上はむずかし問題もあります。さらには提携先との利益相反の問題もおきてきます。
そして、困難な事件が在日外国人だったら、言葉の問題も登場します。それは通訳の問題だけではありません。
私はスタッフ弁護士の活躍ぶりを比較的身近に聞ける立場にいますので、いつも応援しているのですが、このところ司法修習生がスタッフ弁護士を志望しなくなったと聞いて、一抹の不安を感じています。ぜひとも、若いうちに弁護士過疎地に飛び込んで、司法の現実を実感し、それを打破していく実践活動を体験してほしいと考えています。それは、長い弁護士生活で忘れられない貴重な経験になると思います。
この本には、イギリスの入管収容施設の視察報告もあり、参考になります。
収容者を尊敬と礼節をもって扱うことで安全をたもてるし、職員を増やさなくても適切に対応できる。人間関係がきちんと出来ていると、問題の多くは未然に防げる。政府が「お金がない」と言うとき、それは、あなたに対して関心がない。あなたは大事ではないと言っているのと同じこと。
最後のフレーズは、まさに日本の政府にあてはまるものですよね。
横組み400頁という大変ボリュームのある冊子ですが、とても充実した内容になっています。一人でも多くの弁護士に読まれることを私も願っています。
(2017年5月刊。4800円+税)

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