弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2017年4月 3日

すきやばし次郎 旬を握る

社会

(霧山昴)
著者 里見 真三 、 出版  文芸春秋

いやあ、ホンモノの寿司って、実に見事に美味しそうです。
映画にまでなった「すきやばし次郎」の寿司のオンパレード。残念ながら映画は見ていませんし、店に入ったこともありませんが、この本一冊で、なんとか我慢することにします。
原寸大の寿司のカラー写真がたっぷりなので、眼のほうだけは満腹感があります。そして、次郎さんのセリフが素敵です。さすが超一流の職人芸は違います。
本書は、当代一の鮨職人、小野二郎が一年間に供する握り鮨、酒肴、小鉢などの全点を洩れなく収めた、究極の「江戸前握り鮨技術教本」である。
本書は、旬(しゅん)を知る歳時記としても大いに役に立つ。寒い季節の自身の王者はヒラメで、夏はフッコやマコカレイ。タコの足は冬に味が乗って、関東のアワビの旬は夏。シャコは子を持つ春が一番うまい。
小野二郎が握る鮨は、端正で美しい。一流の料理人に必須とされる抜群の嗅覚と味覚、そして未蕾(みらい)の記憶力を兼ねそなえているばかりではない。例を見ないほど度外れて執念深い完全主義者であり、凝り性だ。小野二郎は、味の改革改良のためには労をいとわない。だから、その握る鮨は、日々進化する。
握りの横綱はコハダ。コハダは鮨ネタで一番安い魚。しかし、上手に加工すれば喉が鳴る「握りの横綱」になる。とくにコハダの稚魚であるシンコは秒争い。
小野二郎は、一日に何回も、ネタの味見をする。鮨屋のオヤジが味をみて、「これは、うまい!」と自信をもって握らなかったら、お客さんに失礼にあたる。このように考えている。
コハダは、朝に食べて、お昼に食べて、夕方に食べて、明日の締め具合を見るのにノレンを下ろしから食べる。自分が納得するまで、こうして食べ込んでおけば、お客さんは、決して「まずい」とは言わない。
脂の乗った旬のイワシは、煮て食べる。これが楽しみで鮨屋をやってるんじゃないかと思うほど、煮ると実にうまい。これぞ鮨屋のオヤジの特権である。
カツオを握るのは、春の初ガツオだけ。秋の戻りガツオは使わない。戻りガツオは脂がクドすぎるから。戻りガツオは秋の菊。香りが強すぎる。
マグロに限らず、微妙な香りをどうやって嗅ぎ分けるのかというと、口に入れた瞬間、上あごにネタを少し押さえつける。そして、匂いをフンと鼻に抜いて香りを確かめる。舌では分からない。舌ではなく、鼻で味わう。
うまい握り鮨を楽しむためには、前に食べた握りの味と脂、それに匂いをガリの刺激で消して、粉茶でつくるうんと熱いアガリで口中を洗う。これが江戸前の流儀。だから、アガリは熱くないといけない。このように、鮨屋のアガリは、いれ加減がむずかしい。濃すぎてもダメ、薄くてもダメ。粉茶は一度しか使わない。新茶や玉露ではない。
小野二郎の握った鮨は、食べても喉が渇かない。店を出たあとで、ああ、もう少し食べたかったなあ、そんな気にさせるには、シャリは薄味でなければいけない。
『すきやばし 次郎』の客は、何も言われなくたって、看板の10分前、午後8時20分になると、一斉に席を立つ。
見事な鮨の写真には、ほれぼれします。そして、鮨の技術教本というだけあって、写真付きの懇切丁寧な解説までついています。20年前の本をネットで注文して読んでみました。あなたに至福のひとときが約束される本です。
(1997年10月刊。2800円+税)

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