弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2015年10月29日

ひいばあちゃんは中国にお墓をつくった

日本史(戦前)


(霧山昴)
著者  飯島 春光 、 出版  かもがわ出版

 「中国では日本人と言われ、日本では中国人と言われる」
「自分は、いったいどこの国の人間なのか、、、」
中国残留日本人が、日本に帰ってきてからの苦労をあらわす言葉です。誤った国策によって中国へ送り出され、心ならずも中国に残ってしまった人たちが少しずつ日本へ帰ってきました。しかし、日本政府は冷遇します。日本の社会だって決して温かく迎え入れたわけではありません。
いま、ヨーロッパではシリア難民の受け入れが大問題となっています。この大量のシリア難民を生み出したのは、果てしない内戦に原因があります。そして、そこには、軍事大国アメリカの政策が大きく影響しています。結局、「抑止力」とか言って、武力一辺倒では、何事も解決することは出来ず、むしろ社会を解体してしまい、国際的な問題を生み出すのです。日本の好戦的な「抑止力」論者は、この現実をしっかり受け止めるべきではないでしょうか、、、。
日本が無理矢理につくった「満州国」に、日本全国から27万人もの満州移民(満蒙開拓団)が送り込まれた。
 「開拓」といっても、それは、現地にいた中国人農民を追い出したあとに入植しただけのこと。つまり、典型的な植民地である。
「五族協和」とは、日本を中心として、漢・満州・蒙古・朝鮮の民族が融和した理想の国家。そこに「王道落土」を築くのだと日本の少年たちは教育されていた。「昭和の防人(さきもり)「昭和の白虎隊(全員、死んでしまいましたよね、、、」と大宣伝され、大きな希望と使命感をもって満蒙青少年義勇軍に志願した。 
 しかし、中国現地の人からすれば、一般の開拓団も青少年義勇軍も、先祖代々の土地を奪って居座る侵略者でしかない。そのことを義勇軍のメンバーである少年たちは、誰ひとり知らなかった。
 中国(満州)の富山県では、80%以上の土地が開拓団に取り上げられた。中国農民は、その地に居続け、中国人の地主のもとで働いていたのが、日本人のもとで働くようになった。日本では貧しかった農民も、満州では豊かになり、中国人をいじめたり、欺いたりした。
ここには、日本人の典型的な悪いところがあらわれていますね、、、。弱いものには、あくまで強く。強いものには、どこまでもへいこら服従して逆らわないという弱点です。
 それでも、安保法制法案反対に立ち上がったFYMやシールズなどの日本人の若者たちの行動を見ていると、日本にも、まだ救いがあるような、光明を持てる思いをしたような気がします。


(2015年8月刊。1600円+税)

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