弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2015年10月28日

勁草

社会


(霧山昴)
著者  黒川博行 、 出版  徳間書店

 「オレオレ詐欺」、「振り込め詐欺」、最近は、特殊被害詐欺として一般化されています。振り込めではなく、現金を授受したり、郵パックで現金を送らせる手口が主流になっているからです。
 この本は、その欺す側の内情を暴いています。警察の捜査能力の上を行くような悪賢さです。しかし、悪は滅びるものなのです。欺しとった大金をめぐって仲間割れが起こり、犯罪の連鎖を止めることができません。
 タイトルからは本の内容を予測できません。表紙裏の解説によると、人のしぶとさ、したたかさを表したとのことです。この本を読むと、欺す側のしたたかさを描いたのかな、と思えます。
 老人を騙してお金をとる。そこに罪悪感はないのか?
 まったくない。これはゲームだ。いまの日本で何百万、何千万円とお金を貯めこんでいる老人は勝ち組であり、勝ち組からお金を掠(かす)めとるのは、ある意味で正当な権利だ。
 プロの詐欺グループがいて、そのグループを束ねる「番頭」がいる。番頭はグループが稼いだお金を金主に上納し、金主はケツ持ちのヤクザに守り料を渡す。何段階ものピラミッドになった複雑な系図は、下っ端にはまるで分らない。
 振り込ませた金融機関から現金を引き出すのか、出し子。被害者に接触してお金を受けとるのか、受け子。掛け子を管理しているのが、番頭。出し子と受け子がお金を持って逃走するのを防止するための見張り。出し子と受け子をスカウトするのが、リクルーター。
 闇の携帯電話や架空口座を売るのが、道具屋。多重債務者や株取引経験者、大手企業退職者といった名簿を売るのが、名簿屋。
 つかった携帯電は一回きりの使い捨て。5万円以上で売買される。
 特殊詐欺の検挙率は、きわめて低い。9か月の認知件数8500件、被害総額338億円というのに対して、検挙率は20%未満。それも、検挙されるのはATMやお金の受け渡し現場にあらわれる出し子と受け子が大半。騙し役の掛け子や掛け子をまとめている番頭に捜査の手が及ぶことはほとんどない。
 振り込め詐欺は激減した。それはATMの送金限度額が1回10万円になったことによる。
受け子になっているのは、多重債務者、ネットカフェ住民、ホームレス、生活保護受給者などの社会的弱者。
ある統計によると、7割の老人が非通知であっても電話をとる。老人は寂しいのだ。
 騙しのターゲットを標的(マト)と言い、金持ちの標的を金的(キンテキ)と言う。
 名簿屋は、証券会社員や介護施設の職員などに成りすまして、マト(金的)の下見をする。家族構成やら資産状況を聞き出しておくのだ。つまり、特殊詐欺は、その前に、資産調査に知らないうちに応じている人が被害にあっているのです。その根は深いわけです。
 これをひとつの名簿にまとめてグループに提供する。それは譲渡ではなく、成功報酬を10%とする歩合制だ。
 特殊詐欺は、このようにきわめて高度に分業体制が確立していますので、なかなか金主の摘発までたどり着けないようになっています。この本は、その仕組み、カラクリを実に手際よく、分りやすく目の前で展開していきます。
 現代日本社会の病癖を端的に示した本でもあると思いました。
 欺された奴が悪い、自己責任だと、もし、あなたが考えていたのなら、それが間違いだったことを思い至らせる本だと思います。ぜひ、ご一読ください。

(2015年6月刊。1800円+税)

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