弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2013年7月15日

植田正治の写真と生活

社会

著者  増谷 和子 、 出版  平凡社

戦前から写真家として有名だった父親の姿を愛娘カコちゃんが親しみを込めて紹介しています。ほのぼのとした情景が目に浮かんできて、読んでいるうちに、じわりと心が和みます。どこかしら憎めない雰囲気の、ほのぼのとした写真が、また実にいいのですね。本当に写真が好きで好きで、たまらない、そんな気分がよく伝わってきます。
 鳥取県は西の端、境港は「ゲゲゲの鬼太郎」の水木しげるで有名ですが、同じ境港に生まれ育った写真家です。
祖父の家は履物屋、年末になると、お正月におろす新しい下駄を買いに客が押し寄せ、朝6時から店の前に行列をつくる。
 12月29日は、お正月の準備は何もしてはいけない日である。
 写真館は、正月は忙しい。家族写真をとろうという人が詰めかける。
 いまの境港はひっそりしているが、戦前までは大いに栄えていた。美保関とあわせて、北前(きたまえ)船の寄港地であり、朝鮮半島を窓口にした大陸貿易の拠点でもあった。だから、新しいものや珍しいものがどんどん集まった。
 父・植田正治は新しいもの好きだった。境港で初物を買って、自慢にしていた。祖父は父が東京の美術学校へ行くのを阻止した。代わりに舶来カメラを買ってやる。それでも、東京の写真学校に入学した。1932年のこと。5.15のあった年ですね。
 そして、19歳で境港に「植田写真場」の看板を揚げて開業したのです。とびきりハイカラな西洋風の写真館でした。日曜日になると、3軒先まで写真を撮ってもらおうという人々の行列ができた。予科練があり、訓練生(水兵)たちがよく来ていた。
徴兵検査で2度も不合格となって命びろいをしました。背が高くて貧弱な身体をしていたためです。不幸が幸いするのですね。終戦になって、ますます元気に写真をとりはじめました。
鳥取・大山(だいせん)の麓に植田正治写真美術館があるそうです。個人名のついた写真美術館は日本初だったそうです。ぜひ行きたいと思いました。なつかしい日本の風景を撮った写真が堪能できそうです。
(2013年3月刊。1800円+税)

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