弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2013年4月 3日

橋下主義・解体新書

社会

著者  二宮 厚美 、 出版  高文研

胸のすく痛快な本です。胸の内にわだかまっていたモヤモヤが吹きとんでしまい、すっきりした気分になれました。
 新書と言っても、新書版ではありません。フツーに350頁もある本です。それでも、そうだ、そうだよねと、大いに拍手しながら、ずんずん頁をめくっていき、あっというまに読み終えました。
 著者の話も何回か聞いたことがありますが、この本と同じく明快です。すっかり白髪ですので、ずい分と年長だと思っていましたが、なんと私と同じ団塊世代でした。
 これから「橋下主義」は明きの黄昏時(たそがれどき)のように、急速に日没・落日に向かう。一つのイデオロギーとしての橋下主義が現実的意味をもちはじめてから、すでに5年がたった。日の出のときは、すでに過去のことである。2012年12月の総選挙での日本維新の会の躍進は、夕焼けのようなもので、斜陽期の輝きにすぎない。
橋下主義は、よきにつけ悪しにつけ、橋下個人のカリスマ性を求心力にしたものである。
 橋下は、まず大阪において、メディアの活用・劇場型政治、各種パフォーマンス、街頭演説、過激発言、選挙合戦などを繰り返し、匿名の特定多数に対するカリスマ性をものにした。
 だが、カリスマ性に依拠した独裁主義は、しょせんは一時的なものであり、少数の限られた集団内において通用するものにすぎない。
橋下と石原が手を結んだが、独裁思考の者同士は、決して同志的結束の関係を結ぶことはできない。
 橋下は、自ら「僕は近くの人にはまったく支持されない。分かっている」と語る。
 カリスマ性を生かさなければならないが、同時に殺しもしなければならない。これが橋下主義に固有な内在的矛盾である。橋下主義は、この内在的矛盾によって滅びる。
 橋下は2008年に大阪府知事になる前は、せいぜいTV会のちんぴらタレントに過ぎなかった。昔からブタもおだてりゃ木に登るというが、橋下はメディア世評のおだてに乗って、いまではすっかり政治家気どりで、国会にまでのぼりつめようとしている。
 しかし、橋下は選挙権を得て知事になるまでの20年近く、半分も投票所に足を運んでいない。知事選に出るまで、政治にそれほど関心をもたず、まして本気になって政治家になろうなどとは思ってもいなかった。未熟ではあっても、己の主張や活動には社会的責任をとる。これが職業的政治家に求められる最低限の要件である。これが橋下には、まったく欠けている。
 橋下に際立った個性は、何よりも競争第一主義、競争至上主義的な体質である。
 橋下は幼いころからの体験を通じて「人生、万事カネ次第」の処世訓を身につけた。
橋下徹と一緒になって大阪市職員の思想調査を実施した野村修也弁護士もひどいものです。弁護士の面汚しですよね。
 日本のメディアは、橋下に翻弄されている。開き直った強気の詭弁を有能のあらわれと錯覚している。
橋下は、年金がもらえるのは80歳から、それまでは、おのれの稼ぎと蓄えで生きていけという。これが維新八策の年金政策である。
 うひゃあ、これはひどい。許せません。ところが、この中味を知らずに手を叩いて橋下を持ち上げている人のなんと多いことでしょう。
 橋下主義とは、競争主義と独裁主義。そしてきわめて野蛮な急進的かつ反動的な新自由主義路線である。
 メディアがなぜ橋下の手玉にとられ翻弄されているのか。それはメディア自身がゲームの世界に取り込まれているからである。
橋下は、いま憲法改正をあおりたてています。安倍政権を右側から突き上げ、憲法改正へと突っ走らせようとしています。とんでもない政治集団です。その化けの皮をはぐ本です。ぜひ、あなたもご一読ください。
(2013年3月刊。2800円+税)

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