弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2012年11月22日

山田洋次と寅さんの世界

社会

著者   吉村 英夫 、 出版   大月書店 

 かつて、お盆と正月には家族そろって寅さん映画をみていました。年に2回の楽しみでした。よくも年に2回、マンネリズムとの批判をものともせず、つくれるものだと山田洋次監督に驚嘆していました。映画第一作の前のテレビ作品はみていませんが、第一作は大学の学園祭(五月祭)のときにみました。大教室に学生があふれ、みんなで大笑いしたことを覚えています。ゲバルトに明け暮れていた学園に平和が戻ったことを実感させてくれる貴重なひとときでした。
 生きづらい世の中である。住みにくいご時世である。だが、悲観論だけでは、何も生まれない。そうなんです。だからこそ、喜劇をみて笑い飛ばしたいのです。
 山田洋次は、テレビドラマの演出をしない。小さい画面に多人数を映すのは難しく、アップを多用しなければならない。そして、アップの人物の表情や気分しか観客は理解できない。だから、私はテレビを見ません。やっぱり映画館の大スクリーンでみたいのです。
 山田洋次は、怒る寅、なだめる博、悲しげなさくらを観客は自由に選択して見てほしいのだ。映画こそが生き甲斐の映画バカ。それが山田洋次である。
山田には、すべてが映画の題材にみえる。どうドラマにするかと考える。
山田は素材ゼロからオリジナルを創造するタイプではない。小説や新聞の三面記事から想像を広げていく型の作家である。
 物腰柔らかく謙虚な山田洋次は、同時にしたたかで一筋縄ではいかない。老獪とも言えそうなほどの老練さ、そういう幅と奥行きも持っている。
 寅さんシリーズが長大なものとなって内容的にも興行的にも成功したのは、松竹の大船撮影所のシステムが機能していたから。スタッフが専属で、毎回、同じ山田組で仕事ができて、出演者もほぼレギュラーだから、山田洋次は、キャメラの高羽哲夫をはじめ、息のあったチームをつくりあげることができた。このスタッフが山田洋次を支えた。社員スタッフが定年になってからも山田組に馳せ参じるシステムは、21世紀には大手の映画会社でも不可能になった。
 寅さん映画の観客動員総数は8000万人。第8作以降、常にトップ10位までに入っていた。観客の内在的要求にこたえ、マンネリズム批判までも普遍性に昇華させてシリーズのハイレベルを持ち続けた山田洋次・渥美清コンビの創造力と想像力、そして努力は測りしれない。
山田組はひとつの家族のようにして映画を作りあげていった。質の良さを直感した人たちが、テレビの前から家を出て、暗黙の劇場にまで足を運んだ。
 寅さん映画は正月映画として27年間連続続けた。
 齢80を迎えてなおも青年の魂と、ろうたけた知力を持つこの希有の映画作家は、さらに無縁社会の克服が国家百年の宿願であることを語り続けるだろう。酷薄な社会に立ち向かう力は、個の確立を前提とした家族ないし共同体的なものにならざるをえない。
 寅さん映画を、また映画館の大きなスクリーンでみてみたいと思いました。近く、「新東京物語」が上映されるようです。今から、楽しみにしています。
 寅さん映画ファンにはたまらない本です。
(2012年9月刊。1800円+税)

 月曜日、日比谷公園に行きました。ツワブキの黄色い花がたくさん咲いているなと思っていると、銀杏の木も見事な黄金色です。さらに、園内で菊花展が開かれていました。それはなんとも言えない姿形の素晴らしさに息を呑むばかりでした。丹精込めて育てている姿が目に浮かんできます。

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