弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2012年9月15日

雲の都(第4部)幸福の森

社会

著者    加賀 乙彦、 出版    新潮社 

 精神科医であり、作家である著者の自伝的大河小説の第4弾です。
40代から50歳になるころまでの出来事が描かれていますが、三島由紀夫の防衛庁での切腹事件、連合赤軍・浅間山荘事件なども紹介されていて、著者がどんな時代を生きてきたのかもよく分かる小説になっています。
 とはいえ、自伝的小説となっていますので、不倫の話そして隠し子の存在など、どこまでが本当のことなのか、興味をかきたてられる叙述が多々あります。「自伝的」とあるからには、かなり近いことが起きていたのだろうと推察されてますが、そうすると、上流家庭というか政治家や芸術家を輩出した名門だと、そのことを精神的な重荷に感じた人も多かったような気もします。
 この本のなかに、著者が、私と同じくかつて学生セツル活動をしていたこと(私は川崎ですが、著者は亀有地区だったようです)が何回も触れられています。それで、私は勝手に先輩セツラーとして親しみを覚えてしまうのです。
 もう一つありました。皇居前で血のメーデー事件について、20年後に無罪判決が出たこと、そしてあのとき日米安保条約に反対して行動したことは間違っていなかった、今でもその思いは変わっていないことが強調されています。大変、意を強くしました。
 著者は40代になって新人賞をとり、作家として認められるわけですが、知人の作家は次のようにアドバイスしました。
 作家にとって大切なのは宣伝だ。テレビ、週刊誌、新聞、イベントに頻繁に名前を出してもらうように努めるのが、本を売る秘訣だ。
 なーるほど、そうかもしれませんね。いや、そうなんでしょう。でも、そうすると田舎にいる弁護士の書いた本って、必然的に名前が売れないため、本も売れないことになりますよね・・・。
 死刑囚と長く文通していた話が出てきます。そして、第三者との文通では意外な側面を見せていることを知り、精神科医としての分析に弱点があったことを自覚させられます。ところが、さらに、その死刑囚が処刑されたあと、つけていた日記を読む機会を得て、さらに違った精神世界の内面を知るのでした。それが小説として昇華されていく様子は、さすがだと感嘆してしまいます。
著者は私より20歳年長だったと思いますが、その細かい情景描写にも圧倒されつつ、一心に読みすすめていったことでした。
(2012年7月刊。2300円+税)

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