弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2012年8月 9日

人生と運命(1)

ロシア

著者  ワシーリー・グロスマン  、 出版   みすず書房

 ソ連赤軍の従軍記者として名高いグロスマンのスターリングラード攻防戦を舞台とする長編小説です。グロスマンはユダヤ人の作家でしたから、必ずしも身の安全は保障されていませんでした。それを文才で乗り切ったのです。
 グロスマンのスターリングラードの従軍記事は、戦時中もっとも読まれた赤軍の週刊誌である『赤い星』に定期的に連載され、グロスマンの名前は軍においても銃後においても広く知られるところとなった。そのため、スターリンはグロスマンが好きではなかったにもかかわらず、それを『プラウダ』に転載するように命じた。
 グロスマンは好ましいソヴィエト作家というわけではなかった。戦時中から、グロスマンの作品のいくつかは党の精神にまったくそぐわないものだった。グロスマンはユダヤ人であり、しかも非党員のユダヤ人であった。グロスマンの作品は出版されなくなった。活字にするのがますます困難になっていくにもかかわらず、グロスマンは仕事をやめなかった。
 グロスマンの書いたものは1953年、スターリンの死後に初めて刊行された。しかし、それはまったく別の作品になっていた。そして、1961年に家宅捜索され、小説は没収された。1962年、グロスマンはフルシチョフに手紙を書いて訴えた。
 1962年、ソ連共産党の幹部であったスースロフがグロスマンを引見し、あなたの本を出版するのは不可能だと言い渡した。
 1964年9月、グロスマンは病死した。その直前、外国でもよいから出版してほしいと友人たちに最後の頼みをした。そして、ついに1988年、本書は出版された。
 本書はスターリングラード戦を舞台としているのに、戦闘場面は読者の期待を大きく裏切ってほとんど出てこない。グロスマンにとっての告白の書でもある本書には、多くの自伝的要素が率直に書かれている。
グロスマンの小説においては、運命は人々を非人間化したり従順な大衆に変えたりはするが、運命は自覚的な人間の選択なのである。
人間は際限のない暴力の前では従順になることを明確に知ったうえで、人間と人間の未来の理解のために意義のある最終結論を出す必要がある。
自由に対する人間の自然な希求は根強く、弾圧はできるが、根絶はできない。
全体主義は暴力を手放すことができない。暴力を手放せば、全体主義は死ぬのである。直接的あるいは偽装されたかたちで永遠に続く絶えざる圧倒的暴力が全体主義の基礎である。
人間は自らの意志で自由を放棄することはない。この結論のなかにこそ、われわれの時代の光、未来の光がある。
3巻本のうちの1巻で、ぎっしり500頁という大作です。
(2012年1月刊。4300円+税)
愛されている実感に乏しい子どもたち
 稚内の校長先生は、今の子どもたちは淋しい、愛されているという実感に乏しいと、何回も繰り返していました。
 また、最近は子どもたちが荒れない。それがかえって心配だといいます。そんな荒れる力まで失っているのではないか・・・。本当だったら、心配ですね。
 久しぶりに校舎に落書きがあり、トイレットペーパーが詰まらせた。あの子たちだなと見当がつく。その子たちへの指導のきっかけにしよう。非行のサインを見落とさず、しめしめと手ぐすねひいている校長。先生の話を聞いて、いかにも頼もしい教師集団だと思いました。
 人材育成なんていう、エリート養成ではなく、子どもたちをまるごと受けとめる教育実践が稚内にあるのを知って、心からうれしくなりました。教育委員が、それを上からの統制ではなく、下から支えているのです。

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