弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2012年6月29日

第三次中東戦争全史

中東

著者   マイケル・B・オレン 、 出版   原書房

 私が大学に入った年、1967年6月に始まったイスラエルとエジプト・シリア・ヨルダンのあいだの6日間戦争は、あっというまにイスラエルが圧勝して終わりました。
 600頁もの大作ですが、この第三次中東戦争の実相を縦横無尽に調べ尽くしていて、まことに興味深いものがあります。結果としてはイスラエルの先制攻撃によって始まりましたが、エジプト側も先制攻撃を企図していました。イスラエルの政府と軍部のあつれきのなかで先制攻撃が始まっているのですが、それに至るまでのイスラエルの首相の苦悩のほども伝わってきます。だって、下手すると、イスラエルという国が地上から抹殺される危険もあったわけですから・・・。
 そして、エジプトです。イスラエルなんてちょろいものという根拠のない楽観論が支配していたようです。十分な軍備と指揮命令が確立しないまま、大量の将兵が最前線に送られ、先制攻撃するつもりが、イスラエルの空軍によって一日目にして壊滅させられ、あとは逃げる一方のところをエジプト将兵は、大量虐殺されていったのでした。ところが、なんと、そのときエジプトのメディアは勝った、勝ったと嘘の報道をして、欺された国民は狂喜乱舞していたのです。まるで、日本軍のミッドウェー開戦についての大本営発表です。
 そして、アメリカとソ連の対応も興味深いものがあります。全体としてはイスラエル支持のアメリカですが、イスラエルの先制攻撃を支持して国際社会から叩かれるのだけは避けたいのです。ソ連は、政府指導部内で対立抗争があり、身軽にエジプト支援には動けませんでした。そして、ソ連が支給した武器を装備したエジプト軍が崩壊して、大きく威信を失うのです。
エジプト支配層は、敗戦の実相が国民に知られると、第二の嘘をつき始めます。イスラエルに負けたのではなく、アメリカとイギリスが直接乗り出してきたから負けたという嘘です。
 支配層というのは、どこでも日本と同じように嘘をつくものなんだと改めて思ったことでした。
 エジプトのナセル大統領は、34歳で権力の座についた。エネルギッシュで断固とした気構えの人だった。スエズ運河を国有化し、ソ連装兵器を取得し、英仏イの三国進攻を撃退し、アラブを統一した。
 ナセルはユーモアがあり、他人に対する気遣いの人として知られた。静かで、妻と子どもたちとの家庭生活はつつましく、職権乱用の収賄が幅を利かすエジプトでは珍しく汚職をしなかった。しかし、1967年ころには、肥満体となり、目がどんよりして精神不安定、被害妄想の気が濃厚で、すぐにカッとなって怒った。ナセル体制下の法律は、あってなきが如き存在だった。
 100%近い得票で再選され、閣議を統裁するナセルは、自分だけがしゃべり、暴言を吐いて怒鳴りちらすことがよくあり、執念深い軍人独裁者に堕していった。
 ナセルとアメル元師とは、親友であり、危険な敵同士であった。アメルは野心満々の人物で、反対者には冷酷だった。エジプト軍の上級幹部は、能力ではなく、門閥、血縁関係、帰属政党によって決まった。さらに悪いことに、中級幹部は、意図的に無能な人材が選ばれた。反抗され、上級幹部に脅威となっては困るからである。将校は忠誠心に欠け、将校同士、一般兵同士の信頼関係も薄かった。
 エジプト軍部のなかに反対勢力が存在した。強固な主戦派である。欠点はあっても、軍はイスラエルと比べて、航空機、戦車、火砲どれをとっても数倍をもっている。この優位性でアラブの勝利は間違いないと信じていた。
イスラエルのラビン参謀総長は、開戦前、神経衰弱によって職務遂行能力を失っていた。 9日間というあいだ、ほとんど何も口にせず、睡眠もとらず、矢つぎ早に煙草を手にして吹かし続けた。疲労困憊し、すっかり衰弱してしまった。
 エジプト軍の保有戦車のうち、想定で20%は戦闘で仕えない代物だった。火砲の4分の1、作戦機の3分の1が同じく使えなかった。そして、部隊のうち所定の位置についたのは半分以下。そこへ配置転換命令が出て、大変な混乱状態にあった。ナセルはアメリカの武力介入を恐れた。そして、ソ連の強力な支援を信じていた。
 アメリカ政府にとって、中東和平のために努力するものは、必ず双方から棍棒で殴られるという結論に達していた。それほど厄介な問題だった。アメリカのジョンソン大統領の脳中は複雑だった。苦境にあるイスラエルを助けたい。同時にアラブ世界の親米政権も支援したい。雪だるま式にグローバル規模になるような戦争は防止したい・・・。
イスラエル国防軍の兵力27万5000。戦車1100両、航空機200機。
 6月5日、午前7時10分、イスラエル軍の航空機が発進した。ミラージュ65機。エジプト軍の基地にいたツポレフ爆撃機が次々に爆発していった。
 この朝、エジプト空軍は420機のうち286機を失った。ところが、エジプトのラジオはまったくの逆の報道をした。1時間ごとに、赫々たる大戦果を報じた。すべてでっちあげ。カイロの群衆は、嘘で固めた戦勝報道に酔い痴れ、拍手喝采し路上で踊り狂った。なんと・・・。エジプト軍の高官たちは、恐れをなくしてナセルに事実を報告しなかった。ナセルが事実を知ったのは、午後4時のこと。そして英米軍が直接関与したというデマを流すことにした。これによって小国イスラエルに手もなくやられたというエジプトの不名誉は小さくなるし、ソ連の介入を求める理由として使える。
 そのうえで、エジプト軍の総退却を命じた。逃げるエジプト軍をイスラエルの空軍と陸軍が襲いかかった。大虐殺の始まりです。あまりの捕虜の多さに、イスラエル軍は、エジプト軍の将校のみを捕虜としました。
 この戦争の推移は、今なお中東世界に尾を引いていると指摘されていますが、この本を読むと、それも当然だと実感します。しっかり分析するというのは、この本のようなことをさすのだと認識させられたことでした。読みごたえ十分の本です。五月の連休中の成果でした。
(2012年2月刊。6800円+税)

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