弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2012年3月27日

あんぽん

社会

著者   佐野 眞一 、 出版   小学館

 ソフトバンクのオーナーである孫正義の伝記です。一気に読ませる面白い本でした。
 私は、JR鳥栖駅周辺をよく通過しますが、その近くの朝鮮部落で孫正義は子ども時代を過ごしたとのことです。私の住んでいた小都市にも朝鮮部落がありました。そこでは豚を飼っていましたので、リヤカーで残飯を回収してまわっていて、いつも独特の臭気が漂っていました。そして、ときどき密造酒づくりの現場に警官隊が踏み込んでいました。私の家は炭鉱マン相手の小売酒屋でしたから、いわば商売敵だったのです。孫正義の親も、この密造酒づくりでお金を稼ぎ、それを金貸しの原資とし、そこで貯めこんだお金を元にパチンコ店を経営するなどして発展していったようです。
孫正義は、歴とした日本人です。それなのに、今でも「朝鮮半島に帰れ」とかの誹謗・中傷が絶えないといいます。そんな日本人のひがみ・やっかみって本当に情ないですね。
いいじゃないですか。笹川某も言うように「人類、みな兄弟です」よ。全世界の人々が、もっとおおらかに交際し、まじわりたいものです。
 それにしても、この本はよく調べています。なんと、私も関わったことのある山野炭鉱ガス爆発事故まで登場してくるのには驚きました。故松本洋一弁護団長、そして角銅立身弁護士までこの本には登場してきます。その取材の丹念さに改めて驚嘆せざるをえません。
孫正義は、1957年(昭和32年)に鳥栖駅に隣接し、地番のない朝鮮部落生まれ、豚の糞尿と豚の餌の残飯、そして豚小屋の奥でこっそりつくられる密造酒の強烈な臭いのなかで育った。そして今や、世界長者番付で例年、日本人ベストテンの中に入るまでの成功をおさめている。
 孫正義は、1990年9月に日本に帰化した。帰化前の名前は安本正義だった。中学時代、孫は、「あんぽん」といわれるのをひどく嫌った。
 中学生のとき、父親が吐血して入院した。孫は、家族を支えられる事業を興すと腹をくくった。塾を始めようとしたそうです。すごいですよね。私なんか、中学生のときは反抗期にいて、親とはろくに口もききませんでしたが、それは単なる甘えでしかなく、経済的に自立するなんて、考えたこともありません。
 孫は、久留米大付設高校に入学し、中退します。私も、実は、この高校に合格したのですが、地元の県立高校に入学したのでした。男女共学が良かったからです。
孫は、16歳でアメリカに渡ります。なぜか?
 たとえ東大に入っても、国籍の問題で官僚にはなれないと考えたからだ。
 私は面識ありませんでしたが、私の同学年に新井将敬という男がいて、後に自民党代議士になりました。彼も在日でしたが、大学時代は反権力を標榜する全共闘の活動家だったそうです。あとに正反対の自民党の代議士になりました(そしてスキャンダルを起こして自殺してしまいました)。ですから、帰化すれば官僚にはなれたのではないでしょうか・・・。
 現在の孫邸は港区麻布の910坪の土地を占め、地下1階、地上3階建て。その邸宅の建築費(土地代を含む)は60億円。うむむ、これまたすごいですね。
 孫は、アメリカに渡って、大学入学検定試験に合格して、大学に入学した。
 孫は病気から立ち直った父親から潤沢な仕送りを受けて、アメリカで大きく羽ばたいた。
 この本を読んで、孫正義はたいした人間だと再認識させられたのですが、そうではないところもありました。それは、ハーバードも東大も幼稚だし低脳だと悪罵しているところです。ハーバードのことは、何も知らないので論評する資格はありません。でも、東大について、「絵空事のマルクス経済学なんかをいまだに教えているんですから、話にもなりません」というのには、心底からがっかりしました。これでは古代ギリシャ哲学を今の大学で教えてはいけないということにもなりませんか。大金持ちの、おごりたかぶりの発言の典型としか思えず、本当に残念でした。
 マルクスの言っていることに正しい面があると思いますし、マルクスが現在、世界的に再評価されていることを孫は知らないようです。お金もうけ本位で世の中をみてしまうことによって現代社会に依然として大きなひずみ(格差)があらわれていることが、残念なことに孫正義にはまったく見えていないようです。なにもかも自己責任だというのでしょうか・・・?
 孫家の家は、人を傷つけることにも容赦がないという意味では下賤である。
 この点は、この本を読んで残念ながらまったく同感でした。
孫正義が中学生のときに描いた自画像があります。そのあまりの陰鬱さは驚くばかりです。内面にかかえた孤独感がにじみ出ていると評されていますが、まったく同感です。
 ソフトバンクのオーナーである孫正義という人物を知るためには欠かせない本だと思います。丹念な取材と読ませる文章力は、さすがでした。
(2012年2月刊。1600円+税)

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