弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2010年10月19日

溥儀の忠臣、工藤忠

中国

著者:山田勝芳、出版社:朝日新聞出版

 満州国の侍衛処長・工藤忠。ラストエンペラーから「忠」の字をもらった日本人。中国裏社会にも精通、張作霖爆殺事件の真相を握り、陸軍に疎まれながらも、溥儀に影のように付き添った男。中国と皇帝に生涯をささげた人物を通して新たな溥儀像、満州国像、昭和史に迫る。
 これは、この本のオビにある文句です。一人の中国人に最後まで誠心誠意を尽くし、決して裏切ることなかった日本人が紹介されています。客観的に見て、彼の果たした役割がどういう意味をもったのかはさておき、さわやかな読後感の残る日本人です。あの満州国で、駆け引き、打算で動く日本人ばかりではなかったことを知るのは、うれしいものです。
 工藤忠は明治15年(1882年)青森に生まれた。弘前にあった東奥義塾に入り、四年生、16歳のとき中退している。
 上京して中学に入り、剣道を学んだ。そして、朝鮮さらには中国大陸を旅行した。
 工藤は中国で生活するうちに秘密結社・哥老会の会員となった。日本人でこの秘密結社に入会できた人は珍しい。
 そして、1917年、34歳のとき、11歳の溥儀と出会った。運命の出会いである。
 このころ工藤は、陸軍の機密費から活動資金を得ていた。今の内閣機密費よりさらに巨額の機密費を軍部はもち、運用していたのです。お金こそ権力の強さの源泉です。
 1931年9月、満州事変が発生した。このころ、恐慌に苦しんでいた多くの日本人は、これで新たな利権先、就職先、入植先ができたと喜んでいた。軍が満州を制圧したころから、日本人が大挙して満州に押し寄せた。
 1931年11月、溥儀は工藤とともに天津を脱出した。このとき、溥儀は車のトランクに隠れてイギリス租界の港に行き、陸軍の船に乗り込んだ。ところが、この船には、ガソリンを入れた石油缶が一つ、ひそかに積み込まれていた。中国側に捕まったときは、火を放って船ごと溥儀を始末してしまう計画だったのだ。そのことを、工藤は後になって知らされた。
 こうして溥儀は満州に入った。このとき25歳。工藤は49歳だった。ちなみに、張学良は30歳、蒋介石は44歳であり、東條英機は47歳、満州に逃げ込んでいた甘粕正彦(大杉栄を殺した主犯)は41歳、近衛文麿は40歳だった。
 このころ、工藤は、日本陸軍にとって、むしろ煙たい存在であった。しかし、溥儀を動かす切り札として使わざるをえなかった。満州国で工藤が侍従武官・中将に任命されたことについて、陸軍は不満たらたらだった。工藤に軍歴がなかったからである。しかし、溥儀は、工藤に「忠」という名前を与えて、不満を封じた。
 満州国がつくられたとき、関東軍司令官(本庄中将)は、自ら傀儡政権(パペット・ガバーメント)をつくったと書いた本を出版していた。
 満州国皇帝に溥儀が即位したとき28歳、工藤は51歳であった。
 満州国の運営には、中国側(満)と日本側とで認識の違いがあった。外の国務院を内面指導しただけではうまくいかない。内の宮内府にも日本人をふやして、そこも完全な指導下に置こうとした。 溥儀は、常に毒殺されることを恐れていたが、工藤のもってくる食べ物については、まったく疑っていなかった。
 満州国には、国籍法がなかった。「王族協和」と言いながら、日本人が満州国籍をとるのに消極的だった。さらに、満州国内の朝鮮人の位置づけが難問だった。結局、1940年に「満州国暫行民籍法」が制定され、満州にいる日本人は日本戸籍法の適用を受けた。これが満州在住日本人の徴兵の根拠となった。
 1945年8月、溥儀39歳、工藤62歳だった。4月に日本に来て、満州に帰れないまま、工藤は日本で敗戦を迎えた。溥儀も終戦直後、飛行機で日本に来るはずが、ソ連兵に拘束されてしまった。
 戦後も、工藤は溥儀に忠誠を尽くし続けた。満州国は完全に関東軍が支配し、日本のほうが溥儀を裏切ったという思いが工藤には強かった。
 こんなに中国人に忠節をつくした日本人がいたのですね・・・。
(2010年6月刊。1500円+税)

 平泉の中尊寺そして毛越寺を見学してきました。20年ぶりのような気がします。藤原三代のミイラが保存されているというのは驚きですよね。戦国時代など、よくぞ戦火の中で滅失しなかったものです。なんといっても金箔ですからね。荒らされなかったのは奇跡ではないでしょうか。
 毛越寺(もうつうじ)は庭の復元が進んでいて、大宰府の曲水の宴ができるような水路まで再現されていました。
 小高い義経の館跡に昇って、遠くの山の大文字焼の跡を見、かつて人口10万人もいたという、今は水田になっている広大な平地を眺めました。
 国破れて、山河あり……の地に立ち、感慨深いものがありました。

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