弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2010年9月30日

俺の後ろに立つな

社会

 著者 さいとう・たかお、 新潮社 出版 
 
 大学生のころ、私も『ゴルゴ13』を愛読していました。といっても、買っていたのではなく、寮内のまわし読みの恩恵にあずかっていたのです。白戸三平の「カムイ外伝」も夢中で読んでいました。最近は、とんとご無沙汰しているのですが、1968年に連載が始まってから、今日まで1回も休みなしで続いているというのです。
これはすごいですね。寅さん映画を上まわります。なぜ、そんなことが可能なのか? その秘訣は、分業を取り入れた「さいとう・プロダクション」にあります。この本は、その実情を語ってくれます。その発想、そして企画を40年にわたって実行し続ける力は偉大です。
著者は19歳のとき(昭和30年)、大阪でデビューした。ときあたかも、貸し本ブームの時代。そして、昭和32年に東京に進出。手塚治虫たちがトキワ荘に集まって活動していたころのこと。そして、分業化に早くも挑戦した。その一連の作業の流れは次のとおり。
まず、脚本担当は時代の潮流からテーマをすくい上げ、それに沿った資料をかき集め、そこから物語を紡ぎ出していく、それを俎上に脚本担当と構成担当が徹底的に検証し、脚本を完成させる。構成担当は、その脚本をどういうようなコマ割で展開し、演出するかを搾り出す。それが出来上がると、いよいよ絵を描くのだが、作画担当も、それぞれに人物担当、背景担当と役割が決まっている。スタッフそれぞれが得意なパートを分担するわけだから、それぞれの才能を十分に生かした力強い作品が望めることになる。すべてが共同作業となるため、それなりのチームワークは欠かせないが、完成時には一人作業ではとうてい味わえない達成感がある。マンネリ化を引き起こさないよう、脚本は外注化する。
すごい発想ですよね。マンガを分業化し、チームで描くというのは・・・・。よほど中心にすわる人の力が大切なのではないでしょうか。
 映画と劇画の違い。劇画のコマ割りは二重構造、つまり作品に二重の効果をもたらすという独自の特徴がある。劇画の場合、一つずつのコマ割りの前に、見開きごとの展開を考えなければならない。最後のコマに工夫を要する。次の見開きページに興味をもたせるために、つなぎのシーンで終わらせるといった仕掛けが必要なのである。
 「007シリーズ」の映画を劇画化するとき、著者はそれを読んだことがなかった。原作に引きずられないためである。小説のボンド像が見えてしまうと、劇画として小さくまとまってしまう。そのことを恐れた。なーるほど、そうなんですか・・・・。
 登場人物作りは大切。いくら面白い脚本ができてもキャラクターづくりに失敗すると、面白くなくなる。そして、主人公の名前が決め手。名前は、その性格に大きく影響する。「ゴルゴ13」のゴルゴとは、キリストが十字架にかけられたゴルゴダの丘。「13」は、キリスト最後の晩餐で13番目の席にいたユダヤにまつわる数字だ。そこからイメージをふくらませ、あのキャラクターは出来上がった。私も「小説」を書いていますが、ネーミングには苦労しています。名は体をあらわします。イメージは大切ですからね。
 「ゴルゴ13」とは、できるだけ距離を置いて描くように気をつけた。そして、距離を置いていって、どんどん台詞を減らしていった。
 なまじ知識のあるものを道具立てにした劇画は描かない。知識がある分、常識から逸脱した発想が浮かんでこなくなるから。ふむふむ、これって、とても逆説的なことですよね。でも、なんとなく分かりますね・・・・。
これだけ描いてきてもネタに困ったという覚えは一度たりともない。そもそも物語と言うのは、シェイクスピアが書き尽くしてしまっている。それだけに余計なことには手をださない。我々はパターン化されつくした物語にどう味付けし、枝葉をつけるのか、それだけ考えて作業を進めたら事足りる。つまりは、アレンジだ。
それは、音楽も一緒で、旋律のパターンに限りがあって、どれも似たり寄ったりなのだが、リズムをちょっと変えるだけで、不思議なほど、別物に聞こえる。物語も、このアレンジには際限なく、これからもたくさんの作品が誕生するはずだ。
「ゴルゴ13」は身近な出来事の延長線にあるのだが、舞台を国際化すると、スケール感が加わり、スリリングな物語に変身、読者は手に汗して、その成り行きに固唾を呑む。脚本担当と著者の仕事は、そのいかにも現実にありそうな話をアレンジすること、奇想天外なストーリーでありながら、現実にあっても不思議ではない話であることが作品にリアリティーを与える。
シェークスピアが出てくるところは、恐れいりましたという感じです。大変示唆に富む本でした。さすがは読ませる(見せる)プロです。

(2010年6月刊。1300円+税)

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