弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2010年6月10日

名著講義

社会

著者:藤原正彦、出版社:文藝春秋

 中学生のころ、大学入試問題の数学(幾何)をすらすら解けたというのですから、私なんかには想像もできない天才的頭脳をもった数学者です。ところが、父親がかの新田次郎で、その血を受け継いだのでしょうか、文章も見事で、ともかく読ませます。
 東大に入って、3年生になって本郷に行ったとき、それまで自分より優秀な人間がいると感じたことはほとんど無かったけれど、初めて世の中にはずいぶん優秀な人間がいると驚いたというのです。まるでレベルの違う別世界の話ですね。
 著者は、仕事をなしとげるのに大切な三要素があるといいます。
 その一は、野心。身分相応な望みだけでは発展は望めない。野心があってこそ困難な研究に乗り出すことができる。
 その二は執着心。とにかく諦めないこと。執着心がなければ、大きなことを成し遂げることはできない。
 その三は楽観的であること。これがもっとも大切。自分を客観的に見たら人間は生きていけない。おめでたくてよい。主観的でいい。楽観的でないと脳が全開しない。楽観的でなければ、挫折したときに立ち直ることができない。
 いやあ、実にいい指摘ですよね。売れないモノカキである私も、これまで同様、うまずたゆまず、書きすすめていきたいと改めて思いました。
 この本は、著者の勤めるお茶の水女子大学で十数年にわたって読書ゼミを続けてきたものの一端が再現・公開されたものです。
 ゼミ受講生になるには2つの条件がある。その一つは、毎週1冊の文庫を読む根性があること。その二は、毎週1冊の文庫を買う財力があること。
 ゼミを再現するにあたっては、文藝春秋の20代末の女性編集者がジーンズをはいて 10歳も若づくりしてゼミに潜入し、録音テープをまわしたといいます。これまた、すごい取材方法です。
 取り上げられた本は、福沢諭吉、内村鑑三、「きけ、わだつみの声」「逝きし世の面影」「忘れられた日本人」「山びこ学校」などです。
 日本の国の昔の実際の姿に今どきの大学生が接したときの率直な驚きも再現されていて、大変面白い内容となっています。
 江戸時代260年間に切腹や戦争で死んだ人は恐らく合計で1万人以下。そのころ、世界の主要国は、どこも、その間に戦争や革命で数十万人から数百万人も死んでいる。
 武士の支配した江戸時代は、残酷どころか、世界的に輝く平和の時代であった。
 戦後、日本の経済復興がとてもうまくいったのは、理工系の人々が徴兵延期となって戦争にそれほど行かなかったから。学徒出陣したのは、主として法文系の学生だった。
 1820年代に長崎出島にいたオランダ人フィッセルは、専制主義は、この国(日本)では、ただ名目だけであって、実際には存在しないとした。
 大変興味深く読みとおしました。
(2009年12月刊。1500円+税)

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