弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2010年5月18日

裁判百年史ものがたり

司法

著者 夏樹 静子、 出版 文芸春秋

 日本という国を知るうえで、裁判の現実を知ることは必須だとつくづく思わせる本です。
 福岡在の高名な推理小説作家が、裁判史上著名な事件を改めて読みやすく紹介してくれました。なるほど、そういうことがあったのかと、ついつい膝を叩き、ぐいぐい文中の世界に引きずり込まれました。さすが推理小説を得意とする筆力です。
 大津事件では、時の権力が裁判官たちに直接、露骨に圧力をかけます。日本の国を救うため、法を曲げろと迫ったのです。そして、それを逆に大審院長が担当裁判官たちに権力におもねるな、法を守れと直談判したというのです。
 ともに、裁判の独立という考えが確立していなかったように思いました。といっても、現代日本の裁判官のなかには、時の権力が露骨に圧力をかけなくても、それこそアウンの呼吸で権力に迎合する判決を書いているんじゃないか、と思える判決が少なくありません。長らく住民訴訟をやってきて、残念ながら一度も勝利判決を手にしたことのない私には、そう思えてなりません。
 大津事件で命拾いしたロシア皇帝(事件当時は皇太子)は、27年後、ロシア革命のさなか、レーニンのソビエト政府によって、ひそかに家族全員とともに銃殺されたのでした。50歳の時です。
 明治天皇を暗殺しようと考えたひとがいたことは確かのようです。そして、そのための爆裂弾もつくりました。しかし、それだけのことなのです。ところが、社会主義思想をもっていた人々を一網打尽にして、多くの人をあっというまに死刑執行したのが大逆事件です。
裁判は証人尋問もないまま、公判開始から19日で結審し、死刑を宣告します。そして、判決の6日後には幸徳秋水以下、11人の死刑が執行されたのでした。恐るべき暗黒裁判です。というか、これでは裁判ではありません。政府という権力者による私刑(リンチ)であり、法服を着た私刑官でしかありません。ひどいものです。
戦前の日本に陪審裁判があっていたことは、私ももちろん知っていました。しかし、なんと陪審裁判の日本第一号が、大分地裁で始まったということは知りませんでした。昭和3年10月23日のことでした。当番弁護士制度を日本でいち早く始めたのが大分県弁護士会ですから、偶然のことでしょうが、大分にはそんな地盤があるのかなと思ってしまいました。
戦前の日本実施された陪審裁判は昭和3年から17年までの15年間で、484件。うち無罪になったのは81件。16.7%だった。
『真昼の暗黒』という映画があります。今井正監督の作品です。八海事件をテーマとしている映画です。一審の裁判長をつとめて死刑判決を書いた藤崎峻という裁判官が『八海事件―裁判官の弁明』という本を出したのだそうです。そこでは、判決で認定した時間を10分ほどずらして、それを「絶対動かないところ」と書いていたところ、なんと第二の本では「何時何分かははっきりしていない」と再訂正したというのです。自分の書いた判決文を著作で二度も訂正するなんて、酷いものです。信じられません。
ところが、その後、広島高裁で担当した河相格治裁判長は、犯行時間についてなんと秒刻みの認定をしたのです。こ、これにはさすがの私も驚きましたね。実は、まったくの間違いなのです。それを秒単位で、まことしやかに認定する高裁の裁判官がいるというのですから、世の中、いよいよもって信じられません。裁判官も間違うことがあると、軽くは見過ごせないでしょう。
こんな人は裁判官として明らかに不適格だと思います。思い込みが激しすぎる人が裁判官に少なくないのは現実ですが、そんな人は速やかに排除したいものです。そのためのシステムも一応はあるのですが、残念ながら十分に活用されているとは言えません。
裁判所がそんなシステムの存在を国民に知られないように努力し続けているからでもあります。
ともあれ、面白い本でした。
(2010年3月刊。1900円+税)

 今年初めてのホタルを見てきました。毎年、五月の連休があけるとまもなくホタル探偵団からホタル発見の知らせが地元紙に掲載されます。
 16日(日)の夜、8時過ぎに歩いて近くの小川に行くと、フワフワっと明滅するホタルの群れに出会いました。草むらにいるホタルに手を差し伸べると、黙って手のひらに移ってきて、じっとしています。懐中電灯で照らすと、体長1センチほどのホタルでした。ふっと息をふきかけて小川に戻してやりましたが、間もなく別のホタルが衣服に着地してしまいました。
 とても細い三日月の上に、近世でしょうか、すごく明るい星が輝いています。翌朝の新聞を読んで、やはり宵の明星(金星)だと知りました。風のない五月の夜はホタルの出る季節です。ホタルは、何回見てもいいものです。

  • URL

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー