弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2010年4月 3日

欧亜純白(Ⅰ)

社会

著者 大沢 在昌、 出版 集英社

 世界の麻薬ビジネスを扱った、スケールの大きな小説です。小説と言っても、単なる想像による創作ということではなく、統計的な事実も踏まえたフィクションですから、正直言って怖い話のオンパレードです。途中で読むのを止めようと思ったほどです。
 それにしても麻薬ビジネスといい闇の世界といい、次から次に人が殺されていくシーンは気持ちのいいものではありません。ソ連からロシアに移行して無法地帯となった国の状況を描いているように思いますが、いやいや、アメリカだってマフィアが裏社会を支配してきたじゃないかと思いなおしました。
 ところが、これを書いているとき、新聞を見ると、元警察官で暴力団対策の仕事をしている大牟田市の職員が、オートバイに乗った二人組からピストルで足を撃たれた事件が起きたことを知りました。つまり、暴力団対策なんてほどほどにしておけよ、深入りしたら命の保障はないぞという警告を暴力団がしたというわけです。
 暴力団抗争事件がまだ終結もしていないのに、一方を賛美する映画がつくられてDVDで大々的に売られています。しかも、主役は有名な俳優とか歌手です。日本の社会は、暴力団追放を叫びながらも、裏では暴力団をのさばらせているという現実があります。そうでありながら、死刑制度に国民の9割もが賛成するというのは、矛盾そのものではないでしょうか……。
 ロシア。この国の犯罪者には、無限の可能性がある。社会機構が安定していない国には、普通犯罪者がお金を稼げるほどの旨みのある産業は確立していないものだが。この国はそうではない。近代国でありながら、社会機構が混乱しているのだ。人類の歴史のなかで、敗戦を経験したわけでもないのに、このような混乱に陥った国はない。表舞台にあるべき産業と犯罪が直結している。この国では、アメリカで必要な偽装や取り繕いは必要ない。
 人とものを動かせる組織ならば、それが犯罪者の集団であっても、代替機関が存在しない以上、産業は手を組まざるを得ない。国家が敵にまわる心配もない。それどころか、この国では、犯罪者が国家そのものを動かす可能性すらある。
 麻薬がこの地上から消えてなくならないのには快楽とは別の理由がある。現金に代わる決済の手段となることだ。武器取引や反政府組織への援助物資として、麻薬が使われるのは常識である。
 麻薬は、現金と違ってその流れが発覚しにくく、金のように価値が下落することもない。しかも、インフレにも強いという利点がある。そのため、CIAはアメリカ国外での非合法な取引の支払い手段として麻薬を使うことがたびたびあった。
 麻薬犯罪の捜査において、密告はもっとも大きな情報源である。麻薬犯罪の摘発は、常に物(ブツ)の存在がものをいう。誰それが麻薬をやっている、という情報は、それこそ腐るほど入ってきても、実際に麻薬を所持しているところを押さえなければ、立件は難しい。そして、所持している麻薬の量が多ければ多いほど、捜査官の功績となる。
 密告をもとに内偵を進め、容疑者がもっとも大量の物を所持していているときを見計らって踏み込むのが麻薬捜査の基本である。だから、麻薬捜査官は一度でもひっかけた容疑者を決して手放さない。すべてを密告者に仕立て、利用する。というのも、麻薬中毒者の周囲には、潜在的な中毒者が必ずいるからだ。
 10年前に『週刊プレイボーイ』に連載されていたものですが、今日なお、状況にそれほど変化はないのではないかと思いつつ(実のところ変化があってほしいと願いはしましたが)読みすすめ、読了ました。背筋の凍る思いのする犯罪小説でもあります。現実から目をそむけたくない、勇気あるあなたにおすすめします。
 
(2009年12月刊。1700円+税)

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