弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2009年12月24日

忘れられない脳

著者 ジル・プライス、 出版 ランダムハウス講談社

 いやはや、こんな人も世の中にはいるのですね。日常のこまごまとしたことまで全部を覚えていて、忘れられないという人がいるなんて、信じられません。
 人間は「自分は何者なのか」という自己観念を形成するうえで、記憶は強く影響している。一般的に、人は膨大な記憶のなかから一部の記憶を抽出して、あるいは蓄積した膨大な記憶のかなりの部分を捨て去って、自己を規定していく。そして、その自作の物語を絶えず軌道修正し、巧妙に作り変えながら生きている。
 ところが著者は、すべての記憶を忘れることができないため、自在に自己修正することができない。自然な作り変え作業ができないのだ。
 その記憶は、さながら生活を再現するホームムービーのようだ。なにかのきっかけで記憶がよみがえる。次にどんなことがフラッシュバックしてくるのかは分からない。そして、走り続ける記憶を制止することもできない。その情景の一つ一つがあまりにも鮮明なので、楽しかったことも辛かったことも、いいことも悪いことも、記憶がよみがえるだけでなく、そのときの自分の感情も追体験させられる。当時の喜怒哀楽がそのまま乗り移ってくる。だから心を落ち着かせて生活するのが、とても難しい。
 うへーっ、すごいですよね。こんな人が世の中にはいるのですね……。
 著者は、特定の日を示されると、瞬時にその日のある時刻に行くことができる。そのとき、何をしていたか、そのころ何が起きていたか、ぱっと頭に浮かんでくる。
 これらの記憶は、日付や曜日と密接に結びついている。
 ところが、こんな著者なのに暗記はとても苦手だというのです。
 小学2年生のとき、掛け算の九九ができなくて、算数の家庭教師が必要だった。幾何学は特に苦手で、定理はまったく覚えられなかった。暗記が苦手なのは、絶え間なく浮かんでくる過去の記憶が頭の中を常に駆け巡っているため、物事に集中しにくいからだ。だから、成績はほとんど「可」であり、良と優はわずかだった。
 何でも忘れられない人が、実は暗記を苦手としているなんて、とても信じられませんよね……。不思議な話です。
 著者の記憶力の特徴のひとつは、どんなことでも優劣をつけずに、すべて保存していること。人生における出来事として、すべて同列・同格で記憶にとどめている。
 これは困りますね。やはり物事には優劣があるのですよね……。
 著者は、実は、忘れるという動作や状態自体を嫌っている。あの日に何をしていたのかをすべて思い出せることが気持ちいい。記憶の正確さは非常に重要なことなのだ。几帳面であることについて、強迫観念のようなものを持っている。
 驚異的な記憶力があり、いつでもそれを引き出すことが可能なのに、著者は日記をつけはじめた。それは、紙に書きとめると心が休まるからだ。日記をつけているときは、記憶が暴れまわる状態を自分でも驚くほど制御できる。書くことは、やはり意味があるわけですね。
 自分の記憶を他人に話すことによって他人と記憶を共有することになり、それが脳の活性化につながる。
 著者は44歳のユダヤ系アメリカ人です。いやはや、この世にはこんな変わった人間がいるなんて……。世界は広いですね。

 日曜日庭に出てエンゼルストランペットを根元のところから切ってやりました。霜にあたるとしおれて見苦しくなるのです。
 見通しが良くなったらロウバイが花盛りだったことに気が付きました。広い葉も黄色でロウができたとしか思えない小さな花も黄色です。においロウバイですのでふくよかな香りを漂わせています。
 玄関脇にチューリップを植えました。去年の球根を掘り上げると分球して小さくなっていました。捨てるのはかわいそうなので別のところにまとめて植えてやりましたが恐らく花は咲かないでしょう。チューリップの球根は10個入り280円と安売り中です。80個ほど植えましたので春が楽しみです。
 
(2009年8月刊。1900円+税)

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