弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2009年9月23日

イスラエル

世界(アラブ)

著者 臼杵 陽、 出版 岩波新書

 ユダヤ人といっても東欧、ロシア出身の「白人」からエチオピア系の「黒人」まで様々である。アシュケナジームは、ドイツ系ユダヤ人。スファラディームはスペイン系ユダヤ人。エチオピア系ユダヤ人は10万人。貧困層が多く黒い肌の色のために差別されている。そしてイスラエル人口の2割が超正統派ユダヤ教徒である。
 イスラエルには建国前からこの他に住んでいるアラブ人が人口の2割近くもいる。イスラエルの人口は737万人。そのうちアラブ人が148万人いる。740万人に対して150万人だから、アラブ人の占める比率は決して小さいとは言えない。イスラエルに居住するアラブ人はイスラエル国家と文化に決して同化しようとはしない。
 世界で最大のユダヤ人口を擁する国家はアメリカである。アメリカには650万人のユダヤ人がいる。
 イスラエルには憲法がない。憲法に変わる基本法はある。ユダヤ国家においてユダヤ教をどのように位置づけるかを巡ってユダヤ教宗教勢力と世俗勢力が激しく対立し妥協を見出せなかった。そのために憲法を制定することができなかった。
イスラエルの独立宣言はユダヤ国家であると同時に民主国家であると規定している。イスラエル大統領は国事行事を行う国家元首であるが、実権を持たない名誉職である。
 イスラエル建国後の大規模なユダヤ人新移民のほとんどではシオニズムという政治イデオロギーとは無縁の人々だった。そのため、建国前のシオニズムの考え方に共鳴してやって来たユダヤ人移民の性格を根底から変えた。
 1950年代に入ってモロッコ系ユダヤ人(ミズラヒム)が大量に移民してきた。ホロコーストの悲劇を経験しておらず、シオニズムのイデオロギーも信奉せず、モロッコ社会で培われた独自のユダヤ教信仰を持っており、イスラエル社会では異質の人々であった。このようなホロコーストを体験していない人々をイスラエル人として国民統合すべく政治的に利用されたのがホロコーストの神話であり、アイヒマン裁判であった。
 1960年代を通じてホロコーストは、イスラエルの国民統合にとって不可欠なシンボルへ昇格した。というのも、シオニズムがイスラエル国民を統合するためのシンボルとはなりえなったからである。
 1995年11月オスロ合意に調印したラビン首相は和平に反対する熱狂的なユダヤ人青年によって暗殺された。
 私は、このとき、ちょうどデンマークかどこか、ヨーロッパの都市にいました。また戦争が始まる。そんな不安へかき立てられたことをよく覚えています。
 2005年11月、労働党の党首にモロッコ出身のペレツが選出された。
 それまで労働党の支持者はキブツ居住者と都市中間層を中心にする高学歴の欧米系ユダヤ人だった。他方、リクード党は地方都市在住で、中東イスラーム世界出身の貧困層だという大まかな図式があった。それも壊れつつある。
 大きな内部矛盾を抱えるイスラエルという国を垣間見ることができました。

(2009年4月刊。780円+税)

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