弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2008年8月21日

小林多喜二、時代への挑戦

社会

著者:不破哲三、出版社:新日本出版社
 小林多喜二の「蟹工船」が今、大変なブームになっているというので、私も最近よみ返してみました。大学生のとき以来のことですから、実に40年ぶりに再読したことになります。実に暗くて重たい小説です。いったい、どこに光明があるのか疑わしいほど、野蛮で不潔で、強欲の資本家の犠牲にされ、のたうちまわらされている人間像が次々に出てきます。いったい、こんな本のどこに今の若者が魅かれるのか不思議なほどです。
 でもまあ、今どきの無意味かつ無惨な街頭での凶悪犯罪の横行をみると、今の若者たちの置かれている状況が、今から80年も前に小林多喜二の描いた「蟹工船」(1929年)とよく似ているというわけです。これって、実に恐るべきことではありませんか。
 そして、今や「資本主義、万能とか万歳!」なんて誰も言わなくなり、その行き詰まりの解消策として日本共産党に目が向いているというわけです。まさしく時代は大きく動いているのですね。
 私も、大学生だったころですから、今から40年も前のことですが、貧困化に興味をもち、少しだけ勉強したことがあります。ただ、そのあと好景気が続き、さらにバブル時代にまで突入したため、誰も貧困化なんて問題にもしませんでした。ところが、今、再び現代日本で餓死者が続出するという、恐るべき絶対的貧困が問題とされています。ホント、信じられない事態ですよ。
 小林多喜二が本格的に仕事をしたのは、「1928年3月15日」を書いてから、東京の築地警察署で拷問によって生命を奪われた1933年2月までの5年間でしかない。
 「満州事変」の始まった1931年、小林多喜二はプロレタリア作家同盟の書記長となり、日本共産党に入党した。ところで、この社会民衆党や労働総同盟は満州事変が始まったとき、戦争賛成の立場をとった。満蒙は日本の生命線だという見地からである。いやあ、やっぱりそれはありませんよね。
 「蟹工船」は1929年9月、戦旗社から発行されたが、すぐに発売禁止となった。
 1930年3月に出た改訂普及版は発売禁止を免れ、3万5000部も出た。
 多喜二は「蟹工船」を植民地や未開地における搾取の典型的なものとして書いた。今日の多くの若者が、現代日本の大企業のなかに、そうした原始的で野蛮な搾取が再現していることを実感して共感しているのだろう。
 多喜二は、「蟹工船」のなかで、労働者の状態をリアルに書くと同時に、体験を通じて目覚めていく過程をも的確にとらえた。たとえば、労働者は北洋で日本の軍艦を近くに見て仕事をしていながら、その軍艦が戦争準備の活動をしていることを知らない。軍艦が接近してくると、船長の音頭に応じて無邪気に「万歳」を叫んだ。ストライキに立ち上がったときも、軍艦の接近を見て、大部分の労働者は自分たちの見方が来たと思い込む。その期待が裏切られ、帝国海軍の実態を体験するなかでことの本質が分かってくる。
 多喜二は、豊多摩刑務所に1930年8月から31年1月まで半年間ほどいて、多くの本を読むことができた。
 80年の日本と今の日本と共通するところがあるというのも少し怖いですよね。でも、今は、当時と違って平和憲法があり、労働基本権があり、合法的な革新政党や各種団体があります。大いに自由にモノを言うこともできるわけなんです。
 今の日本は80年と同じで、進歩していない、なんて思わないようにしましょうね。
(2008年7月刊。1200円+税)

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