弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2008年7月15日

戦争の心理学

アメリカ

著者:デーヴ・グロスマン、出版社:二見書房
 怖い話が多いのですが、人間とは何かを知ることもできる本です。そして、子どもたちを取り巻く環境がひどく危険なことに警鐘を乱打しています。耳を傾けるべきです。
 恐怖を感じるとアドレナリンが増える。生き残りの確率を高めるために増加する物質にコルチゾールがある。これが増えると、血液の凝固速度が上昇する。
 すごいですね、人間の身体って、本当によく出来ています。
 第二次大戦に出たアメリカ兵の4分の1が尿失禁の経験があり、8分の1が大失禁を経験した。激戦を経験した兵士の場合には、半分が尿をもらし、4分の1が大便をもらした。
 多大なストレスのかかる生きるか死ぬかの状況に直面したとき、下腹部に荷物が入っていたら、それは放り出される。膀胱がどうした?括約筋なんか知ったことか、と身体が言ったわけだ。全身のあらゆる資源が、ただひとつ、生き残りのためという目的にふり向けられる。な、なーるほど、そういうことなんですか・・・。
 継続的な戦闘状態が60昼夜も続くと、全兵士の98%が精神的戦闘犠牲者になる。
 スターリングラードの戦いに参加したソ連軍の復員兵士は40歳前後で死亡した。この戦いでは、長く苛酷な6ヶ月間、1日24時間たえまないストレスにさらされていたからだ。
 2003年のイラク侵攻のとき、アメリカ軍は兵士にストレス過重の徴候があらわれたら交代させ、シャワーを浴びたり軽い休養をとったりできる場所へ送ったのち、すぐにまた元の部隊に戻すという方針をとった。
 精神的なストレスから回復するのに睡眠は特効薬となる。逆に、ストレスの犠牲になりたければ、物理的に一番簡単なのは睡眠時間を削ること。睡眠不足は、精神衛生に悪影響を及ぼし、がん、かぜ、抑うつ、糖尿病、肥満、心筋梗塞の誘因となる。
 24時間、一睡もしないと、生理状態も心理状態も、法的に酒酔いとされるのと同じ状態に陥る。ベテラン兵士は寝られるチャンスは絶対に逃さない。眠りの甘さを知っているのは兵士だけ。そうですよね、あのウトウト感って、たまりませんよね。いい心もちです。
 心拍数が高まると、微細運動の抑制と近視野が失われる。落ち着いているときは簡単に思えることでも、ふだんから練習しておかないといけないのは、このためだ。そして、深い腹式呼吸をすると、心拍数が下がる。
 耳は聞こえ、目は見えていても、生き残るという最大の目標に集中していると、その目標に無関係と思われる情報は、大脳皮質が意識からはじいてしまう。感覚刺激を遮断してしまう。たとえば、戦闘中には銃声が聞こえなくなる。
 似た例として、私は列車内で読書に夢中になっているときには、車内アナウンスがまったく聞こえません。そのときは、本に大あたりして、はまっているのです。
 アメリカでは10代の青年による大量殺人がしばしば起きている。これは歴史はじまって以来のこと。この大量殺人を可能にしているのは大人であり、親であり、ゲーム業界である。子どもたちが遊んでいるゲームは大量殺人シミューレーターである。画面の人物を残らず殺し、高得点をあげるように日々、訓練されている。犯人たちはコンピューターゲームの狙撃シミュレーターをつかって、殺人に対する心理的障壁を取り除いていた。
 もちろん、暴力的なゲームで遊ぶ子どもが、みな大量殺人者になるわけではない。しかし、なる者もいるのだ。
 アメリカの学校で銃乱射事件を起こした生徒たちはみな、規律の厳しい団体活動には参加したがらず、逆にメディアの暴力表現に耽溺していた。暴力的なテレビや映画、そしてとくにコンピューターゲームが子どもに多大の影響を与えた。
 暴力的なメディアの影響は、子どもにとっては新兵訓練のようなものだ。子どもたちはテレビの前に何時間もすわり、暴力は善であり必要なものだと学ぶ。それを見、それを経験し、そして信じる。暴力という成分はいやというほど浴びているのに、規律はかけらも与えられない。テレビで見る映像は、子どもにとっては現実なのである。血や殺戮や復讐を見ると、世界はそんなところだと学習することになる。
 暴力的なメディアにさらされ、精神的に傷を負い、残酷な行為に慣らされたとしても、ほとんどの子どもは暴力をふるうことにはならない。しかし、抑うつと恐怖に悩むようにはなる。
 文字で書いたものが幼児に影響することはない。しかし、暴力的な映像は早くも生後 14ヶ月で完全に処理できる。幼児のみる映像は、目からまっすぐ感情の中枢に入り、そのこの世界観に直接の影響を及ぼす。いやあ、これって、ホント、怖いことですよね。
 コンピューターゲームに影響された新世代の殺人者は、爆弾を仕掛けたあと、すぐに立ち去らない。目標は全員を殺すこと、なのだから。
 メディアの暴力にひんぱんに接した子どもの脳は、論理的な部分の活動が減少する。事後にストレス障害を予防する決め手は、事後報告会をおこない、感情と記憶とを切り離し、喜びを掛け算し、苦しみを割り算することである。
 なるほど、よくよく日本人の大人も考えるべき指摘だと思います。ゲーセンでは「人殺し」がありふれています。多くの若者がそれに没頭している光景はおぞましいものです。
 銃で撃たれたら、まず第一にパニックを起こさないこと。撃たれたと分かるのは生きている証拠であり、これは良い徴候だ。非常に強烈な警告の一発を受けたと考えよう。最高の状態じゃないが、最悪でもない。自分にそう言い聞かせる。目下の目標は、2発目を浴びないこと。そうなんですか。こう考えるといいのですね。
 送りこまれる兵士のうち100人に10人は足手まといだ。80人は標的になっているだけ。9人はまともな兵士で、戦争をするのは、この9人だ。残りの1人が戦士で、この1人がほかの者を連れて帰ってくる。敵によって殺された兵士より、ストレスで戦えなくなった戦闘員のほうが多かった。
 白兵戦のさなかの兵士は、たいてい文字どおり正気を失うほどおびえている。矢や弾丸が飛びかいはじめると、戦闘員は人を人たらしめている脳である前脳で考えるのやめ、思考過程は中脳に集中する。中脳は、脳のなかでも原始的な部分であり、ほかの動物の脳とほとんど区別がつかない。
 戦場における人間の行動と生理面を分析したこの本を読み、人間というものを少し理解しました。それにしても暴力的メディア(とくにコンピューターゲーム)の怖さを再認識させられました。
(2008年3月刊。2400円+税)

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