弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2008年7月14日

松本清張への召集令状

社会

著者:森 史朗、出版社:文春新書
 松本清張の本は私もかなり読んでつもりですが、その著書が750冊もあると言われると、その何分の1を読んだのだろうかと不安になります。まあ、それでも私は2割くらい読んだように思うのですが、自信ありません。
 清張が作家としてデビューしたのは41歳のとき。『点と線』『眼の壁』によってベストセラー作家となり、社会派推理小説の草分け的存在となったのは48歳のとき。1992年に82歳で亡くなるまでに、著書750冊を出した。まさに驚異的な巨匠です。
 清張は、34歳のときに招集され、1家6人の家族を残して朝鮮に出征した。
 実は、清張は、20歳のときの徴兵検査で身体虚弱のため、第二乙種補充となり、兵営入りを免れた。そして、昭和18年秋に教育招集されたが、そのときの入営期間は3ヶ月だった。
 ところが、昭和19年6月に再び召集令状が届いて、朝鮮半島に送られた。すでに朝鮮海峡もアメリカ軍潜水艦によって日本軍の輸送船は次々に沈められていた。対岸の朝鮮半島にたどり着くのも生命がけの時期だった。
 この本は、なぜ34歳の妻子をかかえた第二乙種補充兵が召集されたのかを追求しています。どうやら、ここに社会派・清張の原点があるようなのです。
 清張の学歴は、尋常高等小学校卒。朝日新聞西部本社広告部意匠係の嘱託から正社員に昇格したばかり。広告の版下を書く職人だった。
 19歳の石版工・清張は、思想犯として特高警察に検挙された。文学仲間にまわっていた非合法雑誌『戦旗』をまわし読みする一員になっていた。
 この『戦旗』は80年後の今、ブームを呼んでいる小林多喜二の『蟹工船』が掲載されたりする全日本無産者芸術連名の機関誌であった。
 清張が貫いた反権力の姿勢は、特高警察によって十二分にいたぶられた体験と決して無縁ではない。
 清張は徴兵検査の結果、第二乙種補充兵だった。虚弱な体質だった。
 最長に2度目の召集令状が来たのは、昭和19年6月28日のこと。すでに34歳。兵隊では老兵である。なぜ、こんな中年兵が招集されたのか? 清張は疑問に思った。
 在郷軍人会の教練にあまり出なかった男性に対する懲罰的な意味あいが込められていた。それを「ハンドウを回す」という。反動を回すとは、大砲を撃ったときの砲身の反動から来た言葉であり、ものごとが行き過ぎた場合に逆方向に戻すという意味。
 軍隊で受けた理不尽な私的制裁は、清張を終生、強い反軍傾向をもつ人間としたのです。当然のことでしょうね。
 清張は、東大の井上光貞教授と張り合ったようです。井上光貞教授と言えば、私が大学受験生のころは、まさに日本史の権威でした。その教科書をバイブルのように大事にして暗記したものです。井上光貞教授は、清張を学者ではない単なるアマチュアとしてしかみなかったようです。それで官学ぎらい、権威ぎらい、反権力の清張はカチンときた。
 転向した反共文筆家としてもてはやされた平林たい子が清張について、共産主義者の秘書に資料を集めさせて、その資料で書くだけだから、いわば人間ではないタイプライターだと根拠なく非難したことがあった。
 しかし、清張は取材記者をつかったことはない。あくまでも独自に取材し、豊富な人脈をつかって広く資料収集につとめていた。
 実は、私も清張は何人もの調査員を雇っているとばかり思い込んでいました。
 清張は神田の古本屋(たとえば)「一誠堂書店」)に、関連する資料をごっそり注文して受けとっていた。
 清張は、多作のため、やがて書痙(しょけい)を患った。やむなく、口述筆記とした。そのため、速記者を雇った。執筆量は月に700〜800枚。昭和30年代半ばまでは 1000枚をこえていた。さすがに書きすぎるとの批判が寄せられた。
 清張は文壇づきあいは、あまりしていない。社交嫌いで、酒の飲めない体質だった。清張は、既成文壇に対しては辛辣だが、後進の新人作家には、一転して心優しき先達だった。
 文士とは小説家っていうのは、自信とうぬぼれを栄養にしていないとやっていけない。だから、普通の人間にない、鼻持ちならぬ嫌な種族だろう。
 これは清張と対談した大佛次郎の言葉です。うむむ、そうなんですか。私は、とても、そこまでは・・・。
 清張は作品タイトルの名人だ。『点と線』『ゼロの焦点』『砂の器』『張り込み』など、すごいものです。清張は巨匠すぎて、及びもつきません。でも、最近の若い人は読んでいるのかな・・・?
 1泊2日の人間ドックから明るいうちに帰宅すると、庭で蝉の飛ぶのを見かけました。7月11日のことです。やがて蝉の鳴き声も聞こえてきました。蝉が鳴くと夏本番の到来です。
(2008年3月刊。890円+税)

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