弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2007年12月17日

広開土王碑との対話

日本史(古代史)

著者:武田幸男、出版社:白帝社
 高句麗の「広開土王碑」は、日本でもよく知られた存在です。
 広開大王といいますが、本名は談徳で、生前は永楽太王と称し、広開土境好太王とか、いろいろな名前で呼ばれる。
 著者は、この広開土王碑を現地で3度も見たそうです。1984年、1985年、  1997年です。私も一度、現地で見たいとは思いますが、恐らく無理でしょうね。
 1913年初冬に撮られた広開土王碑の写真が紹介されています。広い大平原が雪に覆われ、民家のそばに碑がむき出しのまま、ポツンと建っています。
 広開土王碑は、高句麗の広開大王(在位391〜412年)の事績を後世に示すため、山陸に埋葬した414年に中国の吉林省集安市の小丘の上に立てた石碑。高さ6.39メートル、重さ30トンの不正形柱状の自然石。
 1905年、1913年、1918年、1935年、1985年、2004年にとられた6枚の石碑の写真が紹介されています。今は、建物内にきちんと保存されているようですが、長く風雪にさらされていたことが分かります。
 この碑文の拓本が古くから出まわっていましたが、実は、石灰拓本でした。ニカワと水で練った石灰泥で崩れた字画を整え、明晰な碑字に手直しして拓出したものです。
 つまり、碑面や碑字をそのまま拓出した墨本ではない。したがって、一次資料ではない。それを無視して、一次資料と広く扱われてきた。
 現在、肝心の碑面は永久に復元不可能の部分があり、多くの碑字は今なお釈文不能である。王碑の完全完璧な釈文は望めない。しかし、先人の英知と努力を継承して、ほぼ8割が釈文され、推釈可能なものを加えたら9割近い。
 著者は広開土王碑が発見されたのは1880年のことで、それは当時の中国の懐仁県知県(知事)によるものだとしています。
 そして、日本陸軍参謀本部につとめる酒匂景信(さかわかげあき)陸軍少尉が1883年に「拓本」(墨本)を取得して日本へ帰って、広めた。
 碑面を目にした著者は、波うつような凹凸の碑面、碑面に穿たれた数えきれないほどの傷痕に驚いています。満身創痍の王碑なのです。なぜか?
 1600年間にこうむった風化作用の結果が第一。自然石は、比較的軟弱な角礫凝灰岩である。拓本の作成者たちは、たえず碑面に石灰を塗り、石灰で補修をつづけてきた。
 しかも、1880年に発見された碑石の拓本をとるため、からみついていた苔蘇に火をかけて除去した。碑石が埋もれていたとか、水難にあったというのは考えられないが、たしかに火難にはあっているというのが著者の考えです。
 1913年に碑石を実見した中野政一陸軍少佐は、拓匠が碑面の凹所に石灰を塗りこみ、字を刻って石摺りするのを見て憤慨しました。
 つまり、拓本作製者は、「碑文抄本」にしたがい、あれこれの碑字を確かめながら、碑面に石灰をぬって石灰整形をほどこしていたのです。継続して大量の石灰が塗布され、激しい風化や罹災等で損傷し、荒みきった碑面を平らに調整しつづけた。
 実は、広開土王碑については李進熙氏による日本軍が石灰で加工し、偽造したものだという説が1972年から唱導されており、私もそれを読んで、大いに動揺したものでした。
 著者は、日本軍部による偽造説をまったく根拠がないと排斥しています。
 私も、この本を読んで、なるほどと思いました。というのは、碑文の読み方が、これまで、まさにてんでんばらばらだったからです。たとえば、於と自、山と岡、黄と履、負と首・頁、土と上、碑と稗、永と衣・木・不というように、同じ字について見解が分かれ、あるいはいくつもの読み方が充てられているのです。
 この碑文が日本で有名なのは、倭が登場するからです。辛卯年(391年)に、高句麗と倭のほか、百済(百残)と新羅の両国が再出し、かつて高句麗が両国を属民・朝貢関係においたこと、わけても倭がその只中に登場して、両国を臣民にしたことが読みとれるからです。つまり、大和朝廷が日本全土を統一して、朝鮮半島まで進出していたと解するわけです。そこで、それは日本軍部が偽造したという説が出てくるのです。
 李進熙氏は意識的なすり替えを主張したが、では本来の碑字が何であったのか明らかにしない。本字があっての「すり替え」偽造のはずなのに、その本字を明らかにしないのはおかしい。著者は李氏を、このように厳しく批判しています。
 ただし、この倭とは何者なのかについて著者はこの本ではふれていません。倭を大和朝廷を中心とする日本のことと考えることはできないというのが今日の学者の多くの考えだと思いますが、いかがでしょうか。朝鮮半島と日本(とくに九州)とにまたがって勢力をふるっていた人々を倭と呼んだという考えです。
 いずれにしても大変勉強になる貴重な本で、広開土王碑についての認識を深めました。
(2007年10月刊。1800円+税)

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