弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2007年11月28日

定刻主義者の歩み

司法

著者:中山研一、出版社:成文堂
 今年80歳となり、傘寿を迎えた著名な刑法学者の自伝です。尊敬する大阪の石川元也弁護士の紹介で、私の書評を読んでいただくようになり、この本を贈呈されました。申し訳ないことに著者の刑法に関する論文は少ししか読んでいませんが、その鋭い分析と論証に感嘆したことはありますので、ここにお礼の意味もこめて紹介します。
 著者は清水高等商船学校に学んだ時期があります。そのときに定刻主義者になりました。海軍式の生活様式を身につけたが、それは「5分前の精神」といわれるもので、何らかの行動を起こすときには、定められた時間の少なくとも5分前に現地に到着し、いつでも行動を開始できるように待機するというもの。この「5分前の精神」をいつ、いかなるときも必ず守るべきだと主張し、できるだけ実践していることから「定刻主義者」と呼ばれ、自称している。
 うむむ、これはすごいです。私も、そうありたいと思いつつ、なかなかそうはいきません。まあ、私のしていることは準備書面を期日の1週間前には提出するように務めているくらいです。
 著者は、この清水高船学校の2年生(19歳)のとき、敗戦を迎えました。それまで、毎日、タコツボを握って身を潜め、上陸してくるであろうアメリカ軍に体当たりして自爆する訓練をさせられていたのです。本気でしていたそうですし、終戦後も、天皇制だけは維持すべしと日記に書いていた軍国少年でした。
 敗戦後は静岡高校に入学し、憲法普及運動に加わり、静岡県下の中学校や女学校を回ったとのことです。
 著者は静岡から、京都大学に進学します。ところが、結核にかかり、病気療養せざるをえなくなりました。著者のすごいのは、そのあいだにロシア語をマスターしたというのです。
 やがて著者は体力を回復し、刑法読書会を組織します。
 研究会にはできるだけ休まない。研究会ではできるだけ質問し、発言する。研究会では、できるだけ報告する。そうなんですよね。ともかく出て、発言しないと何ごとも身につきません。私は自分の出たあらゆる会議で1回は発言することを自分にノルマとして課しています。ただし、黙って内職していることもあります。
 著者は国立の京都大学に30年、公立の大阪市立大学に8年、私立の北陸大学に8年在籍しておられます。数多くの著作と実績をあげられながら、各種の政府審議会の委員に一度もなっておられないというのです。これまた、すごいことです。
 末川博先生は、法の理念は正義であり、法の目的は平和であるが、法の実践は社会悪とたたかう闘争であると喝破された。
 うむむ、これはすごい、すごーい。なるほど、なるほど、まさにそのとおりです。この言葉に出会っただけでも、この本を読んだ甲斐がありました。
 いま、著者は「中山研一の刑法ブログ」というブログを書いておられます。私も、愛読者の一人です。
(2007年11月刊。1800円+税)

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